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第42話 恩
バン車で運ばれている中、美月は町屋に知っている限りの応急処置をし始めた。
撃たれたのは腹だった。
傷穴にハンカチを詰め押し込み、流れる血を最低限になるよう試みる。
「はぁ……、はぁ……、はぁ……」
息つぎはかなり荒い、きっと一刻も争うような場所に打ち込まれたのだろう、止血をしても滲み出る血の量は尋常ではなかった。
そして町屋が撃たれた姿を見て、自分の父親が撃たれ即死した場面が美月の中でフラッシュバックする。
もう忘れてかけていたことなのに、胸がはち切れそうなくらい不安で仕方がなかった。
だがここでそんな不安な表情を見せるわけにはいかなかった。
「町屋さんは会長の命令で俺の手助けをしてるだけだ。……殺す なら俺だけを狙えよ」
バン車の助手席に座る男が振り向くこともなく話し始めた。
「会長の命令で若頭 の手助けをしている、それすら組長 にとっては面白くないことだ」
その男は組長に可愛がられてる組員で、よく目にすることが多かった奴だった。
「オレ達だって町屋さんが憎いわけじゃねぇ。だからって若頭が特別憎いわけじゃねぇ。けどオレ達は組長がやれと言われたらやる。アンタの部下もそうだろ」
そう、自分が信じる頭 がやれと命令すればどんなとこでもするのが、この極道 の世界。
やりたくないことでもやらなければならない。
美月は心底自分にはこの世界は向いていないと思った。
「若頭、大人しく組長のところに着いてくるなら、アンタを降ろしたあと病院に連れて行ってやらなくもない」
「おい、そんなことをしていいと組長に言われてないだろ?!」
「オレ達が命令されたのは、若頭を組長のもとに連れて行くことだけだ。……お前らだって町屋さんに恩がないわけじゃねぇだろ」
美月はそう言われて、バン車に乗っている組員達を見た。
美月がまだ北白川組屋敷の自室がある頃から出入りしている、知っている顔だったことに気付いた。
美月は溜め息を吐いてから口を開く。
「分かった。組長の前までは大人しくしてやるよ」
威嚇する目付きが穏やかになる美月を見て、ようやく組員達も緊張の念を解いた。
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