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第6話 予兆
このところ、なぜだか角谷を思い出す場面が多くある。その度ごとに、山野辺は当時の角谷への想いまでも再認識させられていた。
田代との飲みからそろそろ1週間が経とうとしている。
あのギャラリーに角谷がいるのなら、一度会いに行ってきちんと話をしたいとも思い、だが、会うのが何か怖いような気もして…
明日は土曜日。確か個展も始まっているはず。部活の後なら、出かけるにはちょうどいいかもしれない。
高3の学園祭。メイクを任せていた時、一瞬感じた角谷の熱。
田代との思い出話は、当時の感情を鮮やかに蘇らせた。
そうだ、あの時。
キスされるかと思った、あの時。
不思議と嫌悪感はなかった。むしろ、ああ、そういうことだったのか、と、自然に受け止めていた。
だが角谷は、あれきり、そういう感情を表に出さなくなった。あくまで仲の良い友達、その一線を頑なに守ろうとした。
そんな角谷に、山野辺は、ある種の寂しさを覚えていたのかもしれない。
飲みの時に交換したLINEで、田代から、角谷と連絡がとれた、と連絡が来た。
なんでも、今回の帰国は師匠の個展の手伝いのためだけではないそうで、個展が終わってもしばらくは日本にいる、とのことだった。
だから、急ぎで飲みの席は設定していないけれど、今度ゆっくり飲みに行こう、と書かれていた。
それに、わかった、と返事しながらも、どこか面白くないと感じている自分がいることを、山野辺は自覚していた。
なぜ、田代はいつも自分より先に角谷と連絡をとっている?なぜ、いつもいつも田代から角谷の消息を聞かなければいけない?
「なるほど、拗ねてる訳か。」
田代のにやにやしたが笑いが、記憶から蘇った。
*****
翌土曜日。私立であるため、午前中に組まれている授業を終えた山野辺は、江田と昼休憩を音楽準備室で過ごし、明日に迫った駅コンの本番スケジュールについて、打ち合わせをしていた。
そこに、蜂屋が興奮した面持ちで飛び込んできた。
「せんせー!イケメンだった!」
開口一番、蜂屋が叫ぶ。
「…あの、蜂屋先生?」
蜂屋のあまりの興奮ぶりに、江田は関わり合いたくない、と目配せだけで山野辺に伝えてくる。
しようがないので、山野辺が蜂屋を引き受けることにした。若輩者なんだから仕方がない。
「蜂屋先生、どうされました?」
なるべくゆっくり問いかける。
蜂屋は、山野辺をはたと見据えて、
「安田先生のかわりの美術の先生ほんとにイケメンだったんです!」
一息に言い切った。
「…えっと、新しい美術の先生?」
「そう!」
「どこか外国で成功したっていう?」
「そう!イタリアなんだって!」
「で、その先生とお会いになったんですか?挨拶か何かで来られた、ってこと?」
「挨拶、っていうより様子を見に、って感じらしいわよ。少し時間が空いたから、って。卒業生だもの、全然OKよね!そうなの!それで、偶然、職員室でお会いしたのよ!」
「…ということらしいですよ、江田先生。」
大体の事情がわかり、山野辺は江田と顔を見合わせた。江田も苦笑している。
「あと、国語教師として言わせていただくと、全然OKという表現は…」
蜂屋の言葉に苦言を呈した山野辺の言葉は、蜂屋の興奮しきったおしゃべりにかき消される。
「あ、そうそう、そのイケメン先生、やっぱり山野辺先生のことご存知だったわよ。吹奏楽部の練習している音を聞いて、懐かしいな、なんておっしゃって。
でね、私と江田先生と山野辺先生で顧問してます、って言ったら、僕、山野辺と同級生だったんですよ、ってー!」
ハイテンションな蜂屋のおしゃべりに、何かひっかかるものがあった。
俺と同級生?イタリア?絵画で成功?
「…蜂屋先生、その、新しい美術の先生のお名前は、なんとおっしゃるんですか?」
山野辺は、自分の声が震えているのを不思議な気分で聞いていた。
「えっとね、確か、角谷先生。」
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