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第7話 再会

「山野辺!久しぶりだな!」  …久しぶりだな!じゃねーよ。  角谷に対して複雑な思いを抱いている山野辺に対して、角谷はごくごく自然体だった。  蜂屋の話を聞いて、角谷がここに来るかもしれない、とは思っていた。が、そう思った瞬間、山野辺は妙に緊張している自分に気付いた。  来る、だろうか?  もし本当に来たら…?  ひとり葛藤する山野辺など知らぬげに、挨拶を済ませたという角谷が、ふらりと音楽準備室に現れた。  角谷に対していろんな感情を抱いていた山野辺だが、いざ再会してみると、やはり、というべきか懐かしさが胸を占め、無くなったわけではなかったが蟠りは影を潜めた。  角谷は、6年経って少し精悍な感じになっていた。  目は、鋭さを増した。  もともと寡黙で、どちらかというと周りを威圧しそうな雰囲気を纏っていた。それが顕著になったかもしれない。  ただ、昔には、山野辺に対する時ぐらいにしか見られなかったごく柔らかい笑顔を、誰に対する時でも浮かべるようになっていた。そうすると硬質な雰囲気が霧散してしまう。  大人になった、ということかもしれない。  昼休憩終了後には、明日が駅コン本番、ということで、江田は合奏を振りに行った。  その後、やらなければいけないことは山ほどあるのに、蜂屋は角谷と話したがり、必然的に山野辺もそれに付き合うことになった。  その時、角谷が蜂屋に向かっても愛想のいい笑顔を浮かべていたのが、山野辺には印象的だった。 「今日は突然時間が空いたんで、来させてもらったんですよ。」 「今日明日と師匠の奥さんがギャラリーに来られることになって。俺がいてもすることがないもので。」 「今日、安田先生に会えなかったのは仕方ないんです。突然来た俺が悪かったんですし。」 「正式な勤務は6月からですね。それまでに、もう一度きちんとご挨拶にも伺いますよ。」 「イタリアで成功したのは師匠です。俺はそんな、成功した、と言われるほどの実績はあげられていませんよ。」  角谷は、蜂屋の質問に丁寧に答えていく。  ようやく落ち着きを取り戻した山野辺は、それを横に見ながら手近な事務仕事をこなし、時折2人の会話に混ざった。 「明日が本番でしたらお忙しいでしょう?お手を煩わせてすみませんでした。」  やがて、角谷が席を立つ。 「全然、忙しくないんですよ。山野辺先生が優秀で、なんでもこなしてくださるから。」  蜂屋の調子のいい言葉に、山野辺は苦笑をこぼす。  角谷も笑いながら、それでもいとまを告げた。 「じゃ、またな。山野辺。明日の本番聴きにいくから、その後飲みにでも行こう。」 「わかったよ。」  さらっと愛想よく誘われ、山野辺は思わず頷いていた。  *****  翌日午後からの駅コンは、湊南高校以外にも何校かの学校が出演する、大掛かりなものだった。  角谷は、本当に駅コンを聴きに来た。  客席でビデオを回していた山野辺を見つけ、角谷がそこに近づく。 「上手いじゃないか。」  自校の演奏が終わり、角谷が山野辺に言った。 「特にトランペット。」 「そりゃね。頑張ってるもの。あいつ。」  部内の実力者、田井を褒められ、山野辺も悪い気はしなかった。 「でも、俺はおまえらの演奏の方が好きだったな。」  その後の角谷の言葉に、山野辺は一瞬反応できなかった。 「…あ、ああ、ありがとう。と言うべきなのかな。」  なんとか、そう返事する。 「山野辺、この後の予定は?」 「えっと、学校に戻って、ミーティングして、解散。だな。」  ビデオカメラを片付け、部員たちの集合場所へと移動しながら、山野辺が答える。 「そうか、わかった。じゃ、俺も後で学校に行くよ。何時くらいに終わりそう?」 「それなんだけど、ミーティングの後にもまだ…」  打ち合わせが、と言おうとして、視界に蜂屋のにやにや笑いが入ってきたことに気づいた。 「山野辺先生、打ち合わせなんて私と江田先生でやっておくから。安心して角谷先生と旧交を温めてきて。」 「…蜂屋先生…。」 「なんだったら、もう、今から行ってもらってもいいわよ?」  山野辺は、がっくり肩を落とす。 「そんなわけないでしょ、蜂屋先生。学校まではちゃんと戻りますよ。」 「もうー、山野辺先生ったら真面目なんだから!ねー、角谷先生。」 「ホントですよね。」  蜂屋に苦笑を返す角谷に、山野辺は、この2人、いつの間にこんなに仲良くなったんだろう、と、少しの苛立ちを噛み締めた。  *****  学校で角谷と合流した後、おすすめの店はあるか、と聞かれて少し悩んだ山野辺は、先日、田代と訪れた居酒屋をチョイスした。  タクシーで、この地域唯一の繁華街に向かう。 「今日やってた最後の曲、なんか、どっかで聴いたことある曲だった気がする。」  とりあえずの乾杯の後、角谷がそう言った。 「俺らが高2の時の学祭のオープニングでやった曲だよ。『スターリージャーニー』。当時発表されたばっかりだった。おまえ、聴きに来てくれたよな。」 「ああ、あの時の曲か。」 と納得する角谷に、 「よく覚えていたな。」  山野辺はその記憶力にびっくりしていた。 「覚えてるよ、そりゃ。なんてったっておまえの演奏初めて聴いて、おまえに対する認識を改めた時だしな。」  角谷の言葉に、山野辺は面食らう。 「え?俺に対する認識、って、どんな?」  興味半分ながらも、こわごわ山野辺が尋ねる。 「そうだな。真面目で融通がきかなくて。お人好しでノーが言えないから吹部の部長とか押し付けられて、バカ真面目に1人で抱え込んで。でも、なんとかそれをこなしてしまうから、また、新たに色々背負わされて。」 「なんだか酷い言われようだな。」 「でも、おまえは、音楽が好きだから押し付けられても、黙ってこなしていたんだな、とか。本当に音楽が好きなんだな、って、思ったよ。  何に対しても全力で黙々と向かっていくおまえを見て、俺もうかうかしてられないなと。」  たぶん、角谷は最大級の褒め言葉をくれている。山野辺はひどく居心地が悪い思いがした。 「なんだか、褒められてるのか貶されてるのか、よくわからん。」  照れ隠しのように、ぶっきらぼうに言い放つ。 「褒めてるんだよ。心の底から。  こんなに手放しで人を褒めるなんて、俺、滅多にないよ。」  角谷が、あの柔らかい笑みを浮かべている。 「そう言うおまえだって、イタリアで成功したんだろ?」  慌てて、角谷に話を振る。だが、角谷は。 「俺は…まだまだだよ。イタリアで成功した、なんて言ってくれる人もいるみたいたいだけど、俺は、まだ描きたいものが見つかってないんだよ。師匠みたいにはね。」

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