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第12話 指揮
夏祭り等の依頼演奏を、何件か受けていた。
曲は子どもからお年寄りまで、どこかで聴いたことのあるものを中心に選んでいる。
例えば今回は、子どもに人気のアニメの主題歌、クイズ番組やドラマの主題歌などを集めたメドレー、あとは懐メロと言われる歌謡曲など。
それらの曲の練習も、すべて演奏委員長である田井が振っていた。
田井は、県の吹奏楽連盟主催のソロコンテストで入賞する程の実力の持ち主であり、音楽に対する思い入れも造詣も深い。
昨日の土曜日の夕方、田井は初めて指揮者として本番の舞台を踏んだ。小学校の夏祭り。タクトを握ることにも慣れてきたようで、堂々とした指揮者っぷりだった。
山野辺が自らの意思で音楽室を出てから、
10日ほどが経っていた。
昨日の本番こそ顔を出したが、山野辺は、あれからずっと吹奏楽部の練習には出ていない。
毎週金曜日の夜に通うことになった指揮のレッスンは続けている。
コンクール本番では、前で振っているふりをしなければいけないから。
江田のスコアは学校に返したが、コンクール曲のスコアを読み込むことは続けている。
…必要ないかもしれないけれども。
今日も吹奏楽部は学校で練習しているはずだ。
学校には蜂屋が行ってくれている。
子どもじみた真似をしている、と自分でも思う。生徒たちから信頼されていないから、と練習に顔も出さず家にいるとは。
こんなことしてたらますます信頼を失って行くよな。
自嘲の笑みが浮かぶ。
今日で、すでに10日も無駄にした…。
1人鬱々と過ごす山野辺は、最初、自分のスマホが震えていることに気づかなかった。いつもの癖で呼び出し音は切っている。
電話がかかってきて、切れて、またかかってきて。何度か繰り返していたらしい。
ようやく着信に気付いた山野辺は、慌てて相手の確認もしないまま通話ボタンをタップした。
「…なんでさっさと出ないんだよ?」
角谷だった。
「ごめん、気づいてなかった。何か急ぎの用か?」
素直に謝る。
「急ぎというか。個展が終わって、師匠がイタリアに帰るんだ。どうせ暇だろ?見送りに行くから付き合えよ。」
「どうせ暇、とかひどいよな。…暇だけどさ。」
指揮者を降ろされそうだ、とは、角谷にも話した。
というよりも、話させられた。
現役部員たちと一悶着あった翌日、部活の時間を職員室で過ごしたまま、さっさと帰ろうとする山野辺に角谷が無理やり同行し、一緒にスーパーで買い物をして、問答無用で山野辺の部屋になだれ込んだ。
「前に約束したもんな。今日はイタリアンだ。」
角谷は、山野辺が見たこともなかったようなパスタを何種類か買い込んでいた。
あのスーパー、よく利用してるけどこんなものまで売ってるとは知らなかった。山野辺は、その店の品揃えの良さに密かに感心していた。
「で、なにがあった?」
2人で向かい合って角谷が用意したタリアテッレをミートソースで食べていた。
「…これ、なんていうパスタ?きしめんみたいだな。」
「タリアテッレだよ。…で、なにがあった?」
「…。」
話を逸らしたつもりだったが、角谷は逸らされてはくれなかった。
そうやって白状させられていると、筋道を立てて話そうとする分、第三者的に冷静に事態を判断できそうな気になってくる。
「ふーん、そういうことか。」
一通り話を聞いて、角谷はつまらなさそうに言った。
「つまんねー奴らだな。おまえら当事者が納得しているのに、一側面しか知らないそいつらがズカズカ土足で上がり込んで批判して、自分たちの正当性を主張してるつもりか?」
冷たく言い放った後で、角谷は
「…あ、それは俺もか。」
苦笑する。
「けどな、どんな事情を抱えていようと、コンクールではたった一度の本番が全てだ。その後ろにある個人個人の事情に対する忖度なんて無いんだよ。」
山野辺が言うと、角谷はしばらく考え込んだ後に、
「…なら尚更、生徒たちが納得するまでは好きにさせないとしようがないんだろうな。」
と言った。
「そいつらの代の集大成なんだし、そいつらの納得のいく形で演奏させてやったらいいんじゃないか?どんな結果が出ようとも、それはそいつらの選んだ結論から生じたものなんだから。ただ…」
ひたと山野辺を見据える。
「本番一発勝負っていうのなら、おまえもこのまま放置するつもりはないよな?」
「…なんとかしないといけないとは思っているよ。」
山野辺が角谷の問いに頷いてみせると、
「じゃ、いいんじゃないか。」
角谷が鮮やかに笑った。
その鮮やかな笑顔に。
おまえだけが悪いんじゃない。そう言われた気がした。
*****
「30分後には迎えにいく。空港まで師匠と奥さんを送るから。」
「わざわざ迎えに来てくれなくても、駅まで行くよ?」
慌てて山野辺が言うと、
「車だから。」
あっさりと角谷が言った。
「車⁈」
山野辺は素っ頓狂な声を出す。
「おまえ、免許持ってるの?」
「…国際免許は持ってるよ。じゃ、あとで。」
角谷からの電話は、そう言って切れた。
30分後、って。
慌てて身支度を整え、出かける用意をする。
とてもイタリア暮らしが長いとは思えない几帳面さで、きっかり30分後、角谷は山野辺を迎えに来た。
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