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第15話 覚悟

 翌日、山野辺は合奏練習を振った。  不確かな音程、音価、リズムには次々にダメ出しをする。表に出るべきパート、裏でそれを支えるパートをはっきりさせる。みるみるうちに音楽が整理されていった。  最初は反抗的な態度をとる生徒もいたが、本番までの残り時間があまりないことに気付いた者から、的確な指示を出す山野辺に素直に従うようになった。  ここ3日ほどの個人練習では、音程や音価を揃えることの大事さを意識させていた。その効果が、合奏でも少しずつ現れてきた。  加えて、音色を揃えることにも注意を払う。 『海』は標題音楽(注)なので、映像をイメージして演奏することも意識させた。  江田の指導を、皆が少しずつ思い出していた。  山野辺と江田との付き合いは6年目になる。  江田がこの曲をどう振りたかったか、どう仕上げたかったかイメージは出来るが、そこに近づくためにはどうしたらいいのか、まだまだ模索が続く。  江田は一般病棟に移ったそうだ。  幸い大きな後遺症は見られないようで、早ければあと1週間ほどで退院できるだろうとのことだった。  ただし、まだまだ自宅療養が必要で、今すぐ学校に復帰できるわけではない。  合奏が終わったあと、ミーティングは蜂屋に任せ、山野辺は準備室に戻った。イヤホンを装着し、今さっきの練習の録音を聴きながら、スコアを見直し気付いたことを書き込んでいく。  そこに、ミーティングを終えた加々見が、田井とともに現れた。 「山野辺先生。ちょっといいですか?」  加々見の真剣な声に、山野辺は顔を上げた。  ミーティングに出ていた蜂屋も、準備室に戻ってきた。 「おつかれ。加々見も田井も、どうした?」  だが、蜂屋の言葉は、 「先生!」 田井の思いつめたような言葉に遮られ、空中に浮かんで消えた。 「先生は俺たちを県大会に連れて行ってくれるんですか?」  切羽詰まった田井の様子に、蜂屋がぎょっとしたようだった。 「田井?どうした?落ち着いて?」  蜂屋には答えず、田井が続ける。 「俺、出来ると思ってました。江田先生が曲に対する指示をたくさん残してくれていたから、それさえ守れば仕上げられると思っていました。  でも、仕上がらないんです。上手くならない。昨日よりどんどん下手になっていく。どうしたらいいのか、もう分からないんです。」  江田先生が倒れて山野辺先生が指揮をする、と聞いた時、誰かが、山野辺先生の現役の頃のコンクールの失敗の話をもち出して。  本当に任せて大丈夫なのか、って流れになって。  加々見は先生の事情知ってて。  大丈夫だって言ってたのに誰も聞かなくて。  1日置いてもう一度話し合って、やっぱりその流れになって。  みんなが、俺ならできるって言うから俺もすっかりその気になって。 「でも、もう限界です。俺の指揮では上手くならない。表面には出さないよう、自信たっぷりに見えるようにだけは気をつけてきました。でも、もうこれ以上は無理です。」  泣き出さんばかりの田井の様子に、蜂屋も狼狽えた表情をしている。  山野辺は。 「わかった。」  一呼吸おいて、意識して笑ってみせた。 「あとはこちらに任せて欲しい。信用できないかもしれないけど。」  田井の方を見て、しっかり目を合わせて話す。 「俺のせいで負担をかけたな。それでなくてもソロもあるのに。」  本番でちゃんと指揮する覚悟もなしに、指揮台に上がろうとした。  それを見透かされていたからこそ、生徒たちは山野辺を拒否したのだ。  不安なのは誰でも一緒。だが山野辺のそれは、誰にも気付かれてはいけない。  山野辺の決心が固まる。  何度も頭を下げながら、田井と加々見が準備室を出ていく。 「山野辺先生、かっこいい。」  2人が帰ったあと、蜂屋が言った。 「蜂屋先生、茶化さないでくださいよ。」  苦笑しながらも、山野辺は覚悟を決める。  もう、逃げない。   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー (注) 標題音楽 音楽外の想念や心象風景を聴き手に喚起させることを意図して、情景やイメージ、気分や雰囲気といったものを描写した器楽曲のことをいう(Wikipedia) 題や説明文によって表された文学・絵画・劇などの内容を、音で描写する音楽(意美音)

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