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第18話 信頼

 闇の中、戸惑ったように彷徨っていた山野辺の手が、おそるおそる角谷の背中に伸ばされる。  だがその手が角谷を抱きしめる前に、角谷が山野辺から身体を離した。  行き場を失った山野辺の手が、寂しげにベッドに落ちる。 「…ごめん。抱きしめたりして。」  角谷が謝る。 「謝らなくていい。」  もどかしい気持ちのままに、今度は山野辺が角谷の体を抱き寄せた。  少し驚いたようだった角谷は、だが抵抗せず山野辺の好きにさせた。 「…神崎さんから、賞をとった絵のモデルは角谷の大切な人だって聞いた。」  角谷の肩に額を預け、山野辺が問う。 「…それって、ひょっとして、俺?」  一瞬の沈黙。 「…うん。」  角谷が答える。  抱き合ったままの2人は、けれどお互い虚空を見つめていた。 「あの時の帰り道、角谷が何も聞かなかったから俺からも何も言えなかったけど…。でも、ずっと気になってた。」  かろうじて聞き取れるくらいの小さな声で、山野辺が言う。 「…山野辺にはこの気持ちを伝えるつもりはなかったんだ。だから、あの時、師匠が山野辺に何を話したのかも聞かなかった。…師匠が何を言いたかったのか、だいたいは分かってたし。」  角谷も訥々と返す。  その言葉に、山野辺が顔を上げた。暗闇の中で視線が絡まる。 「伝えるつもりはなかったって、なんで…?」  角谷が苦笑を浮かべた。 「だって気持ち悪いだろ?友達と思ってた男が、自分をそんな目で見ているとわかったら。」  山野辺が、弾かれたように言葉を発する。 「気持ち悪くなんかない。そんなこと全然ない。…むしろ嬉しかった。」  今度は、角谷が息を飲んだ。探るように、ゆっくりと山野辺に尋ねる。 「嬉しい、って?なんで?」  山野辺も、覚悟を決めたように言い切った。 「だって、俺、高校の頃から角谷のことが好きだった。」 「…山野辺!」  感極まったように名前を呼ばれ、山野辺は、その勢いのまま角谷に押し倒された。  そのまま角谷が噛みつくように唇をあわせてくる。ベッドの上で角谷の両手に頭を固定され、逃げ場のない山野辺は、あっという間に角谷の舌が進入してくるのを許した。余すところなく口内を舌で愛撫され、山野辺の背が震える。  ひとしきりお互いを堪能した唇が、ゆっくりと離れていく。  2人とも息が上がっていた。  山野辺が呆然としたように、角谷を見上げて呟いた。 「…かどやらしくない。」  角谷が片眉を上げ、怪訝な表情をする。 「…俺らしくない?」 「うん。かどやはいつも冷静で、落ち着いていて、何があっても動じなくて…」  そんな山野辺の言葉に、角谷が 「ずっと好きだったやつに好きだ、って言われて、落ち着いていられるわけがない。」 不貞腐れたように言った。  山野辺は思わず笑みをこぼす。 「そっか、かどやもそうなのか。じゃ…」  安心したように山野辺が角谷の手を取り、自分の下半身へと導く。 「俺がこんなになっていても、おかしくないよね?」  角谷が、喉をゴクリと鳴らした。 「いや、明日は大事なコンクールなんだから…」  角谷が手を引きながら言う。 「こんなにがっついてる俺が言えた義理じゃないが、こんなことしてる場合じゃない。」  行為がこれ以上エスカレートしないよう、自分に言い聞かせるかのように一言一言に力を込める。  しかし、当の本人の山野辺は 「角谷は男とやったことある?」 などと、爆弾を落とす。 「…え?」 「俺は男とは経験ないから、角谷が経験あるなら全部まかせようと思うんだけど。」  角谷は呆気にとられる。 「…全部まかせるとか、あいかわらずオトコマエだな。おまえ。」  そして毒気を抜かれたように笑う。  だが山野辺は真剣に言った。 「笑い事じゃなくて。何も考えられないようにして欲しいんだ。でないといろいろ考えてしまって眠れそうにない。…甘えていいんだろ?」  笑いを納め、角谷が言った。 「…そうか。わかった。」  そして、力強く言い切る。 「全部、俺にまかせろ。」  山野辺も真剣に頷く。 「うん。まかせた。」  そしてにやりと笑う。 「というか、とっくにまかせてる。」

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