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第21話 コンクール
コンクールは朝から始まっている。山野辺たちが会場についたときも、どこかの学校が演奏中だった。
バスから降りて、出演者用楽屋口にむかう。蜂屋が生徒たちを先導し、山野辺が最後尾を歩いた。
「江田先生!」
蜂屋の大声が辺りに響く。
江田が、楽屋口に立っていた。
「先生!」
「江田先生!」
生徒たちが、わらわらとそこに集まっていく。
「全力出して楽しんでこいよ。」
江田が、集まった生徒たちに檄を飛ばす。そして生徒ひとりひとりと握手してホールへと送り込んだ。
その様子を眺める山野辺に、
「兄さん。」
声がかけられる。
振り返ると、そこに尚之がいた。
「え?なんで?」
尚之がにっこり笑っている。
「江田先生に誘ってもらった。兄さん指揮するの?なんで教えてくれなかったの?」
「え?江田先生?」
山野辺が江田の方を見やると、あらかたの生徒を送り出した江田が「俺じゃない」とでも言いたげに慌てて手を左右に振る。
…角谷か!
朝からなにか企んでいたみたいだったけれど。
「急だったから父さんも母さんも仕事で来れなかったんだ。僕1人で来たんだよ。」
「え、1人で大丈夫なのか?何かあったらどうするんだ?」
「相変わらず兄さんは過保護だな。寛解(注)してるから、この頃調子いいんだよ。…あ。」
尚之が何かに気づいたようで、慌てて山野辺の肘をつついた。
「呼び止めてごめんね。もう行って。僕は客席に行くから。」
見ると、生徒たちは全員ホールへと入ったようで、蜂屋が江田とともにこちらの様子を伺っていた。
山野辺は頷いて、
「また後でな。何かあったらすぐに連絡するんだぞ。」
「はいはい。…って、兄さんは本番でしょ?僕は大丈夫だから。」
尚之が手を振る。
「頑張ってね!」
頷いて、山野辺は蜂屋と江田の方へと歩いていった。
「山野辺先生。今日はよろしくお願いします。」
江田が、生徒の前でしか使わない敬称をつけて山野辺を呼び、頭を下げる。
「江田先生!やめてください!」
わたわたと焦る山野辺を見て、江田が笑った。
「スッキリした顔している。大丈夫そうだな。山野辺。」
「…はい!」
「全力で楽しんでこい!」
山野辺が力強く頷く。
「はい!」
受付を済ませ、出演者のリボンを受け取った。
楽器置き場に手持ちの楽器や荷物を置き、大型楽器を積んだトラックの到着を待って楽器の運搬を開始する。
コンクールの参加規定人数は55名以内。
現在、部員は53名なので全員でコンクールに参加する。全員が一軍で、補欠はいない。もっと大人数が所属するような学校ではコンクールに参加しない部員がメインとなり運搬を担当したりもするが、人数の少ないこの学校では、当然、運搬も参加部員のみで行う。
楽器の運び込みを終え、予定時間が来れば楽屋に移動。そこでチューニングを済ませる。楽屋の使用時間は本番前の30分ほどだけだ。
楽屋の雰囲気は慌ただしい。
あっという間に本番の時間となり、舞台袖に移動する。
「あっという間でしたね。」
舞台袖で待機している部員たちを眺めつつそれぞれの動きを最終確認していた蜂屋と山野辺のところに、加々見がやって来た。
前の学校の演奏が、そろそろ終わる。
「山野辺先生、こんなに我儘で生意気な俺たちの指導をして下さって、本当にありがとうございました。」
と、頭を下げる。
「…え、なに?どうした加々見?」
加々見が顔を上げた。
「山野辺先生とコンクールに出られて、俺、幸せです。兄貴に自慢してやります。」
それだけを言うと、パーカッションの待機場所に戻っていった。
「…お、おう。」
山野辺は、なんとかそれだけを返し、蜂屋と顔を見合わせた。
「…大人になりましたね、加々見。いい顔してる。」
蜂屋が呟いた。
舞台袖の扉が開かれる。
舞台上の照明は暗転している。
前の学校の生徒たちが下手からはけて行くのと同時に、上手から舞台に上がる。
大型楽器をセッティングする。
椅子の数を揃える。
楽譜をセットする。
手際よく舞台を整え、全員が椅子に座る。
舞台袖の扉が閉まり、舞台上の照明が明るくなる。
山野辺は、指揮台の横に立ち部員全員の顔を見渡した。
どの顔もきらきらと輝いている。
「プログラム17番、湊南高等学校吹奏楽部。課題曲Ⅰ番に続きまして自由曲、ドビュッシー作曲、佐藤正人編曲『3つの交響的スケッチ「海」より第3楽章 風と海との対話』指揮は山野辺良輔です。」
アナウンスが終わり、山野辺はゆっくりと客席の方を向いた。
角谷が、尚之が、江田が、客席にいるのが見えた。
山野辺は深々と一礼し、指揮台に上がった。
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(注)
寛解
病気による症状が好転または、ほぼ消失し、臨床的にコントロールされた状態(Wikipedia)
病気の症状が、一時的あるいは継続的に軽減した状態。または見かけ上消滅した状態。(コトバンク)
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