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第2話 猫、交渉する

特に相槌を打つこともなく、僕の話を黙って聞いていたトルスは、全て聞き終えるとハッキリと呆れたという顔をした。 話しやすいようになのか抱き上げられて机の上に乗せられている僕には、トルスの表情がよく見える。いつもは表情ひとつ動かさないことが多い癖に、こんな時だけ顔に出すの、酷い。 呆れた表情のまま、僕をじろじろと眺めていたトルスは、小さくため息をつく。 「……まぁ確かに声もローグだし、言われてみればローグの髪色と同じはちみつ色の毛並みだな」 そして、僕の顔を真剣な表情で覗き込んでから頷いた。 「やっぱり、瞳も透き通るような蒼だ」 トルスが僕の瞳の色まで認識していたことにむしろ驚いたけど、顔が近すぎてヤバい。今ペロっと舐めようと思えば出来ちゃうんじゃないか? 猫だから許され……さすがにダメか。 「本当にローグだということは認めるとして、ひと言いいか?」 コクっと頷くとトルスは心底、という声色で言った。 「解除方法も確認せずに得体の知れない魔術を実践するなんて、バカなのか……?」 「自分でもそう思ってるよ……」 「……」 その通り過ぎて返す言葉もない。俯いて悲しい気持ちで返事をしたら、頭を優しく撫でられた。思わず見上げたら、トルスの金色の瞳と目があう。なぜか葛藤しているような顔だった。 「くっ……そんなに落ち込まれると叱れない……!」 なるほど。とんでもないミスをしでかした僕をもっと叱りたいのに、猫の姿だから「可愛い」の方が勝つのか。僕の思惑通りだ。トルスには申し訳ないが、ここはもうこの姿を最大限に利用して、甘えまくってこの窮状を何とかしてもらうしかない。 トルスは可愛い猫に思う存分甘えてもらえる。悪い話じゃない筈だ。まぁ、デカいし中身は僕なわけだけど。 「猫はずるいだろう、猫は……!」 悔しそうにトルスが呻く。 「耳としっぽを下げるなよ……! めちゃくちゃバカなのに、可哀想になるだろう……!」 うわぁ、めっちゃ葛藤してる。ここは必殺、にゃんこの手の出番じゃなかろうか。机の上で握り拳を固めて震えているトルスの手に、ポフ、と前脚を置いてみる。 オレの前脚を怖いくらいじっと見ているトルス。うん、完全に効いてる。 「……ごめん、トルス」 「ああもう! 小首を傾げるな!」 「でも、本当に困ってるんだ。助けてくれないか?」 「まんまるの目で見上げるのはやめてくれ……」 困り切った顔で僕を見るトルス。知らなかった。猫の前では感情表現豊かなんだなぁ。これならもうひと押しで堕とせそうだ。 「助けてくれるなら、できるだけトルスの希望にも応えるよ。猫、好きなんだろう?」 「本当か」 いきなり身を乗り出してきた。 「うんまぁ、出来るだけ、だけど」 あまりの食いつきの良さに、ちょっとだけヒく。 「お手」 「……それは犬だろ」 言いつつも、しぶしぶお手してやったら「お手する猫カワイイ」と呻いていた。思ってたより猫への愛が過ぎる。若干嫉妬するくらいだ。 「モフってもいいのか」 「それは覚悟してる。好きなだけどうぞ」 体をまさぐられるわけだからちょっと緊張するが、ある意味トルスからの愛撫だと思えばご褒美だ。テーブルの上を数歩あるいてトルスに近づき、目の前でちょこんとお座りしたら、感動したように手で口を押さえていた。ホントに猫の前じゃ表情豊かだな。 「で、では失礼して」 震える手が近づいてくる。こっちの体が小さいからか、やけに手がデッカく見えてちょっと怖い。デカ猫の僕がそう思うんだから、普通サイズの猫ならもっとそうなのかも。今度猫に会ったら優しくしよう。 トルスの手が僕の毛に触れたかと思うと、毛並みを割って中に入ってきた。地肌に指が触れて、ちょっとゾワっとする。そしてそのまま、もふもふもふもふ、もふもふもふもふっと体を両側から包み込まれるように思いっきりモフられた。 「本当に猫の毛並み……っ」 感動してる。手つきにエロさは感じないけど……感じないけど、通常人間はこんな触り方なんて当然されないから、想像以上にめちゃくちゃ恥ずかしい。そしてやっぱり触られてる感覚は普通にある。 好きなだけどうぞとは言ったものの、こそばゆくって気持ちよくって恥ずかしい、なかなかの責め苦だ。 「とくにこの、内側のふわふわとした綿毛のようなアンダーコート…… 長毛種ならではの手触りだ……!」 指先で内側のふわっとした毛の感触を楽しんでいるんだろう、円を描くようなソフトな動きがもどかしい。 「素晴らしい手触りだ。ローグお前、バカだけど天才だな……!」 褒めるか貶すかどっちかにしてくれ。 「ニャーンって鳴いてやろうか?」 半ばヤケクソで言ったら、若干顔を赤らめたトルスは、ゆっくりと首を横に振った。 「声がローグすぎてモフるのを躊躇うからやめてくれ」 そう言いつつもトルスの指は喉のあたりを毛の流れに沿って優しく撫で始めた。さすが猫好き。触りなれてやがる。 それからしばらくトルスは無心で僕をモフり、ここが交渉の正念場である事を理解している僕は、恥ずかしいけど気持ちいいその感触にひたすら耐えた。 「……具体的には、どうすればいい」 きた!!!!! ついにトルスをその気にさせたぞ!!! 猫の僕、スゴイ!!!!

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