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第3話 猫、初めての食事

「結構色々あるんだけど」 「言ってみろ。お前の態度によっては俺も出来るだけ希望に応えよう」 ギブ&テイクみたいに言いつつも、僕の背中を撫でる手つきはとても優しい。トルス、お前の猫への優しさを信じてるぞ……! 「まずは、やっぱり解呪方法を一緒に探して欲しい」 「それは当然だろうな。それで、次は?」 「仕事……急病のため休むって伝えてくれる? 研究したいけど、この手じゃ本もめくれないんだ」 「正直に話す気は無いのか?」 「こんな情けない事言えないよ。幸い明日休めばあと二日はもともと休みだろ。それでも目処が立ちそうにもなかったら諦めて相談する」 「……分かった」 「最後に、これが一番切実でさ」 「ああ」 「……本当に申し訳ないんだけど、率直に言うと生きるための手助けをして欲しい。ご飯とトイレは本当に困ってる」 「食ってないのか」 驚いた顔をするけど当たり前だ。食堂にも行けないし、自炊する気なんてさらさら無かった僕は、部屋にそのまま食べられそうなものも置いてなかった。お湯も沸かせないからコーヒーすら飲めなくて、ひもじい上に喉もカラカラだ。 「この手じゃ食事の用意も出来なくて」 「バカ、早く言え」 ガタッと音を立てて立ち上がったトルスは、収納庫の前で一瞬悩んだ顔をして、僕の方へと振り向いた。 「……人間の飯でいいんだよな?」 「多分」 僕にも分からない。あの書物を読み込む前に呪文を唱えてしまったから、どれくらい猫として気をつけなければいけないのか定かじゃないんだ。 「猫が食ってはいけないものはとりあえず避けておく。それ以外は数食程度ならさほど問題もないだろう」 キッチンに立ったトルスはものの数分でトレイを持って戻ってきた。僕の目の前に置かれたトレイには、野菜や肉を挟み込んだホットドックとポタージュスープが置かれている。 空きっ腹に匂いが染み渡るんだけど。めっちゃ美味そう。 「ありがとう。トルスって自炊派だったんだな」 「自炊派って程でもない。これなら研究しながら食えるからな」 言いつつ、トルスは大きなスプーンでスープをすくって、僕の鼻先へと差し出した。 「え? 食べさせてくれるの?」 「さすがにまだ猫のように食うのは難易度が高いんじゃないかと思ったんだが」 「ありがとう! ちょっとだけ、どうしようかなって思ってた!」 口を近づけてみたら、やっぱり吸い込むのは無理で、あれこれ試して結局はスプーンから舐めとるくらいしか出来なかった。猫の先輩に舌の使い方を教えて貰いたいくらいだ。 「ぬるめにしたが、熱くないか?」 「ちょうどいい。すごく美味しい」 「そうか、良かった。あり合わせで悪いな」 トルスは嬉しそうに微笑む。さっきからずっとスプーンを持ったまま、スープを掬っては僕に差し出してくれている。しかも幸せそうな顔で。さらに猫舌への配慮までしてくれていたなんて。 「そろそろ固形物も食ってみるか?」 「うん。美味しそう!」 今度はホットドックを持ち上げて、僕の鼻先に持ってきてくれる。指一本動かさずにメシ食えるってすごいな。猫の中でもこれはなかなかの待遇なんじゃないだろうか。 ああ、空きっ腹にパンの香ばしい匂いと肉の匂い、たまらない……! 無心ではくはくと食べていたら、あっという間になくなってしまった。 「もっと食うか? 材料はあるから作れるが」 「いや、もう満腹。すっごく! 美味しかった」 「そうか、良かった」 トルスは優しい笑顔で僕の後頭部から背中にかけてをゆっくりと撫でる。優しい。 お腹が満たされて、トルスが協力してくれそうだという安心感も得た僕は、途端に眠たくなってきた。やっぱり精神的に疲れていたんだろう。思わずクア、とあくびが出た。 「トルス、申し訳ないんだけど、いったん僕の部屋に来て、トイレのドアを開けたり水や食料を分けてくれないか? 当座はそれで凌げると思うんだ」 「お前の部屋? 助けも呼べないくせに何を言う。ここにいればいいだろう」 「いやでも、僕が居たら落ち着かないかなって。すでに結構邪魔してる自覚はあるからさ」 「猫だから問題ない」 マジで!? 研究してる時に話しかけた時のコイツの塩対応ったらちょっとヒくレベルなのに、猫の魔力、スゴイな。 「お前はイタズラしたり魔術書を破ったりわざと邪魔したりしない、賢い猫だろう?」 まぁ、中身は人間なんで。こくんと頷くと、優しく頭を撫でられた。 「理想の猫だ。実は猫を飼ってみたかったんだ」 完全に猫として扱われてる……! 驚きで持ち上がったしっぽが脱力してパタリとテーブルを打った。 「可愛い……!」 悶えてる。もしかしてコイツ、猫の姿で可愛くおねだりしたら、割となんでもやってくれるんじゃないだろうか。 テーブルの上に置かれた腕に、ちょこんと前脚を乗っけてトルスを見上げる。 「じゃあ、迷惑かけると思うけど、よろしくな?」 「任せておけ。俺も理想の飼い主になれるよう努力しよう」 趣旨が変わってきてない!? と思うけど、もう明日でいいか……。なんか疲れた。 「む、あくびが出ているな。眠いのか。もう深夜だからな……」 猫は夜行性だけどね。でも眠い。 「おいで」 え、と思って見上げたら、笑顔のトルスが両手を広げていた。

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