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第4話猫、同衾する

おいで、って。 ええー!!! なにその魅惑のお誘い。そんなこと言って貰える日が来るとは。猫だからだけど。 トトト、とテーブルの端まで行ったら「よいしょ」と抱き上げてくれた。重くてスマン。若干肩に担がれた感もあるけど、密着感がハンパない。トルスに思いっきり抱きつけるなんて、なんというご褒美。 トルスはそのまま部屋の電気を消すと、僕を抱いたままベッドに入った。 「え、え、え、一緒に寝るの?」 「床で寝るわけにも行かないだろう。猫だから問題ない」 えーーーー!!!?? 嬉しい。でも恥ずかしい。一人で照れ照れしていたら、トルスが感慨深そうに呟いた。 「ああ、猫を抱いて眠れる日が来るとは夢のようだ……」 あ、うん、猫だもんね。 「デカいから潰す心配もないしな」 うんうん、デカ猫だもんね。 「毛並みが最高」 背中の毛を愛でるように撫でていたかと思うと、今度は毛を分けて指が肌の近くに入ってくる。綿毛のようにふかふかな部分に指を差し入れ、地肌の感触と柔らかな毛質を楽しんでいるらしい。 「暖かい……気持ちいいな……」 月明かりの中で、トルスの金色の瞳が嬉しそうに細められる。 一緒の布団で、こんなに近くで、トルスの手の温かさを感じながら眠るなんて、こんな事でもなければ一生なかっただろう。最初はめっちゃくちゃ緊張していた僕も、トルスの手があんまり温かくて優しいから、眠たくなってきた。 しかもこのベッド、トルスの匂いが充満しててとにかく幸せな気分になれるんだ。 クア、とあくびして目を閉じる。難しい事は明日考えればいい。ポス、と額をトルスの胸にくっつけて、僕は眠りにつく事にした。 明日の朝になったら、勝手に人間に戻ってると嬉しいんだけどな……。 *** まぁ勿論そんな都合のいい事がある筈もなく、僕は残念ながら猫のまま目を覚ました。 トルスはまだぐっすりと寝ていて、朝日の中、好きな人の寝顔を堪能できる得がたい機会を得た僕は、その横顔を思う存分眺めていた。 結構怖いと言われるトルスだけど、クシャッとした黒髪で顔を隠してる上に不機嫌そうに睨んでくるから怖いのであって、実は顔の造作は悪くない。睫毛が長くて鼻筋も通ってる。シャープな輪郭も美しいと思うし金色の瞳なんてうっかりすると目を奪われてしまうくらいだ。 それに、知らなかったけど、こうして寝ているとゆっくり上下する喉仏の部分も色っぽくていいし、ちょっと大きめの口と肉感的な唇もキスしたら気持ち良さそうで大変良い。 猫の間はこの距離感でトルスを見放題かぁ、それもなかなかいい……なんて思いつつ布団から頭を出して僕は驚愕した。 始業まであと三十分もないじゃん!!!!??? トルス的には大丈夫なのかも知れないけど、僕なら青くなる時間だ。トルスのほっぺたを肉球でポスポス連打して、僕は一生懸命にトルスを起こす。 「トルス! トルス!!! 起きろ、時間ヤバくないか!?」 「うう〜ん……うるさい……」 トルスの顔を連打する僕の手を寝ぼけたまま捕まえたトルスは、それが毛に覆われた可愛いにゃんこの手だと気付いた途端、バッと目を見開いた。覚醒できたようで何より。 「あ……そうか、昨日はローグと一緒に寝て……」 「それより! 時間ヤバくないか!? これがお前の普通なのか!?」 「……ヤバいな。目覚ましをかけ忘れた」 時計を見たトルスもさすがにヤバいという顔だ。僕があんな深夜に色々迷惑をかけたもんだから、トルスもリズムが崩れたんだろう。申し訳ない。 布団から飛び出て服を着替え、急いで身支度を調えるトルス。僕もとりあえずベッドから出て、テーブルの上に飛び乗った。 このヤバい時間でなんでだかキッチンにいると思ったら、平皿に水とパンを用意してくれた。遅刻しそうで自分の飯は抜いてるのに、僕の分だけ用意してくれたのか。トルスっていいヤツなんだな。 「起こしてくれて助かった。昼休みに戻ってくるから、いい子にしてろよ」 「あ……ありがとう。でも無理しないでいいから! いってらっしゃい」 トルスは嬉しそうに微笑んで、僕の頭を優しく撫でてから出て行った。扉の向こうからはダッシュする足音が聞こえたから、本当はめっちゃ焦っていたんだろう。 トルスが居なくなった部屋の中で、僕はしばらくトルスが出て行った扉を眺めていた。 ……乙女か。 自分で自分が恥ずかしくなって、ちょっとだけ水を飲んでみる。トルスがいないから自分で飲むしかないワケだけど、やっぱり上手に飲めない。 気落ちしてもう一回ベッドに戻って、トルスが抜け出たところにもぞもぞと入る。まだ奥の方はトルスの体温が残っててあったかいし、トルスの匂いが濃く残っていて幸せな気持ちになる。 人間に戻れなくて現状めちゃくちゃ困ってはいるけど、トルスを頼って本当に良かった。 この問題を解決できるならきっとトルスだろうし、半日一緒にいただけでも、トルスは思っていたよりもさらにいいヤツだったと分かったから。 そもそも僕がトルスを好きになったのは、トルスの分かりにくい優しさを知ったからだった。 トルスが才能に溢れたヤツだというのは有名で、いつだって僕達が勤める国立魔術研究所の中でも一、二を争う研究成果をあげていた。仕事仲間としては頼もしい、けれど誰とも馴れ合わずいつも無表情で雑談にすら加わらない。

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