5 / 21
第5話 猫、過去を振り返る
研究を邪魔しようものなら不機嫌な表情で圧巻の塩対応。実力は凄まじいがコミュニケーション能力に難がある。
僕より二年先に国立魔術研究所に入所したトルスの評価はそんな感じだったと思う。
僕とトルスが所属する国中のエリートが集まった研究開発部では、個別に研究室を与えられ各自テーマを持って研究にあたるから、共同研究でもしない限り、定期的な研究発表の場くらいしか確実に顔を合わせる機会なんてない。
だから僕も、入って二年くらいはたまに偶然顔を合わせてすれ違いざまに挨拶するくらいで、トルスの印象は無きに等しかった。
それが変わったのは、僕が国立魔術研究所に入所して三年目になったすぐの春のこと。
トルスとは違って人付き合いも大切にする僕は、共同研究の誘いにものったし、たまに誘われる「メシ食いに行こうぜ」にも快く対応していた。顔が広くなると困った時にアイディアを貰えたり、貴重な資料や素材を分けて貰えることもあるからだ。
その日は図書室で調べ物をしていたら、ゼッタさんと会った。
いくつもの大きな研究成果をあげている高名な魔術師だというのに、入ったばっかりのペーペーな僕にも優しく色々な事を教えてくれる優しい先輩だ。
「ローグ、君、古代魔術を調べていただろう。奥に面白い魔術書を見つけてね、興味があるなら教えるけど」
「興味あります! ありがとうございます……!」
喜んでついていったら、奥の目立たないスペースに隠されたように置かれているその一角は本当に珍しい古書が多くて、僕は夢中になって古書の背表紙を眺めては取り出して少しだけ読んでみる、という動作を繰り返していた。
「なんて可愛いんだ……」
「え?」
何か聞こえた気がして振り返ろうとした瞬間、いきなりズボンが引き下げられて僕の大切なところが乱暴に握り込まれ、後ろから強く圧迫されて上半身が書棚に押しつけられた。
「ヒッ……」
ひきつれた声が出る。
「もう我慢できない。この白くて小さい、可愛いお尻に、思いっきりぶち込みたい……!」
お尻の穴に、何かが触れた瞬間、僕は恐怖で思いっきり叫んでいた。
「いやあぁぁぁぁぁ!!!!」
体の中で魔力が急激に高まって、暴走した。
体の中に収まりきれなかった魔力が溢れ出て、爆発する……! と思った時、トルスが魔力をかき消して暴発を止めてくれたんだ。
たまたま図書室で調べものをしていたトルスは、僕の悲鳴と異常な魔力の高まりに危険を感じて、駆けつけて来てくれたらしい。トルスがいなかったら、僕は自分とゼッタさんと大切な古書もろとも、消し飛んでいたかも知れない。
状況を瞬時に察したトルスはなんとゼッタさんを殴り倒して気絶させ、震えて動けない僕のズボンをサッと穿かせてくれてから、「大丈夫か?」と聞いて来た。
その時の安心感を何と言えばいいのか。
僕はその広い胸に縋りついて大泣きした。あんな怖い目にあったの初めてだった。外気に晒されてた下半身が隠されてることが、こんなに守られてる気になるなんて知らなかった。
ヒック、ヒック、と泣きながら、僕は必死で訴える。
「ア、アレ握られて、お、お尻の穴、触られたぁ……!」
「む……そ、そうか、ええと、助けを呼ぶから、ちょっと待ってろ」
「ヤダ……! 怖い……!」
今助けてくれて、ズボンも穿かせてくれたトルス以上に信じられる人なんていない。トルスが困っているのは伝わってきたけど、それでもトルスに傍にいて欲しかった。
逃げられないようにトルスの背中にガッチリ腕をまわして縋り付く。そこにバタバタと足音が聞こえて、沢山の人が駆けつけてきたのが分かった。
「大丈夫か、何があった!」
「異常な魔力の高まりがあったが……これは、どういうことだ?」
「どういう状況?」
困惑の声が聞こえる。けれど僕は、周りの人達が怖くて仕方なかった。だってゼッタさんだって、さっき急に襲ってくるまでは、本当に優しくしてくれたんだ。誰を信じていいのか、僕にはもはや分からなかった。
「ゼッタが、彼を襲おうとして……彼の魔力が恐怖で暴発しかけたようです。幸い近くにいたので、俺が暴発を阻止しました」
「そうか! それは本当にお手柄だった」
「君がいなかったら考えたくもないことになっていただろう、感謝する」
「はぁ、それは当然の事なので別に。出来ればコレをなんとかして貰えるとありがたいんですが。あの……余程怖かったようで……」
トルスが言葉を濁す。多分僕の事を言っているんだと思うけど、この安心する体を手離す気にはなれなかった。
結局僕はその日、この部屋でトルスと一緒に寝たんだった。懐かしい。
男も女も、偉い人も、色んな人が来て説得されたけど、どうしても僕がトルスから離れようとしないものだから、結局は僕が落ち着くまで、トルスが預かることになったらしい。
僕を連れて部屋に入ったトルスは、大きなため息をついて言った。
「ああもう、なんなんだ、お前! 他人は怖いんじゃないのか」
「トルスは怖くない……」
トルスの服の端をずっと握っている僕をちょっと引き剥がしてラフな服に着替えたトルスは、諦めたようにベッドに寝っ転がる。
僕はトルスと離れたくなくて、ひよこのように後をついていって、ベッドの傍に佇んだ。
ともだちにシェアしよう!

