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第7話 【トルス視点】猫は可愛い

だから今回こんな事態になって、俺を頼ってくれたのは嬉しかったが、ローグが人間のままだったらどれだけ力になれたかは実際未知数だ。少なくとも絶対に部屋に泊めたりはしない。 今は猫の姿をしているから、喋りさえしなければ猫として愛でられる。 もとより猫は大好きだ。 気まぐれで自分から擦り寄ってくる時もあれば撫でさせてもくれない時もある。可愛い姿やしぐさを見ているだけで癒されるし、キラキラした瞳で見つめられたらいくらでも餌をやりたくなってしまう。 可愛らしい猫の姿を、まさか自分の部屋で堪能し世話までさせて貰えるなんて、本当にこんな機会でもない限りあり得なかっただろう。なんせこの寮はペット禁止だ。 喋り始めるとやっぱりローグなんだが、喋らなければただのデカい猫。ローグへの邪な気持ちはなりを潜め、猫の良き飼い主として健康に保たねばという使命感が強くなってくる。猫の姿は偉大だ。 「トルス?」 やっぱり喋るとローグだな。テーブルの上に飛び乗って、距離を詰めてから見上げてくる真夏の空のように澄んだ青い瞳は、ローグだろうが猫だろうがひたすら可愛かった。 「すまん、腹が減っただろう。すぐに用意する」 手早く準備を済ませ、昨日と同じくスープを掬ってやったりしながら幸せな時間を過ごす。野良猫は食べてる時に撫でたりするのは御法度だと聞いて今まで我慢してきたが、ローグは文句も言わず撫でさせてくれるから、役得だと思って終始撫でている。 可愛い。 飯を食った後もしばらく撫でていたら気持ちいいのか眠たくなってきたのか、ローグはちょっと目を細めている。ホントにこうしてると猫だよなぁ……。 「あ」 思い出した。 「何?」 「いや、食後歯磨きできないのも気持ち悪いだろうと思って買ってきたんだった」 「へ?」 「猫用の歯磨きシートなるものがあるらしい」 「ええ!!!??」 「やってみよう。おいで」 一瞬逃げようとして俺に背中を向けたくせに、おいで、と言うとピタリと動きが止まった。耳がピクピクと動き、尻尾が迷うようにファサ、ファサ、と大きく振られている。 長毛種特有のしっぽが目の前で揺れるのがなんとも幸せな光景だ。 「おいで」 もう一回呼ぶと、ローグは諦めたようにトストスと歩いてきて、俺の腕の中へと収まった。 「いい子だな。口を開けてくれ。指を突っ込むが、優しくするから噛むなよ」 「指!?」 「ああ、このシートを指に巻いて、歯を丁寧に擦るらしい」 「ええ……」 かなり嫌そうな顔をされたが、ずっと歯磨きしないわけにもいくまい。 「お前の健康のためだ、我慢してくれ」 さすが中身は人間なだけあって、嫌そうにはしていても爪を立てたり逃げ出したりもしない。ローグは時々逃げたそうに身を捩ってはいても、声がけを丁寧に行うだけで終始協力的に歯磨きさせてくれた。 初めて猫に歯磨きできた感動で、俺はローグをぎゅっと抱きしめて囁く。 「いい子だ」 ファサッとしたしっぽが俺にスリ、と擦りつけられたから、多分褒められて嬉しかったんだろう。可愛くて抱き上げたまま頬をその毛並みに寄せて肌触りを堪能する。最高に気持ちよくて夢見心地でいたら、ローグが小さな声で俺を呼んだ。 「トルス、トルスのご飯は? 朝も食ってないのに」 そう言われればそうだった。ローグの事に比べれば俺の飯などどうでもよくて忘れていた。確かに腹は空いている。 「そうだな。時間が勿体ないから調べ物をしながら食う事にする。ローグ、まずはお前の部屋に行きたいんだが、入ってもいいか?」 「オレの部屋!?」 「ああ、お前がこんな事になった原因の魔術書はお前の部屋にあるんだろう?」 「う、うん……」 「歯切れが悪いな」 「いや、魔術書はもちろんオレの部屋にあるし、研究ノートも机の上だ。ただ……散らかってなかったかなぁと思って」 「男の部屋だからな。そこそこ散らかっていても驚きもしなければ怒りも軽蔑もしないが」 「うん……」 恥ずかしいかも知れないが、その魔術書を見ない事にはさすがに解呪の方法に辿り着きようがない。ここは腹を決めて貰うしかない。ローグもそれが分かっているからか、最終的には「分かった」と納得してくれた。 ローグを抱いたまま別階のローグの部屋を訪ねる。 本人が心配していた程には荒れていない。むしろ綺麗な……というか、生活感のない部屋だった。 鏡の前には服が落ちていて、ああ、猫になった時の抜け殻か、と納得した。水を飲もうとチャレンジしたんだろう転がったコップがあるのが哀れだ。 机や書棚にあった魔術書やノート、ローグの私物などをローグの指示を受けながら回収し、自室へと戻る。今日はここからが本番だ。 飯の準備をしてから、机に向かって腕まくりする。 早く解呪の方法を見つけ出して、ローグを人間に戻してやらなければ。 「あれ? トルス、午後は行かないのか?」 「ああ、寮で仕事できるようにしてきた」 「ごめん……」 ローグがしょんぼりと小さくなる。耳もひげもしっぽも、急にぺショリとなった。可愛いが罪だとしたら重罪に値する。猫の申し訳なさそうな顔もレアだと思いながら、俺はローグをよしよしと撫でた。

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