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第8話 【トルス視点】トルスに相談して良かった!

「別に気にしなくていい。それと、お前の姿を変える術についての研究は共同開発として申請してきた。俺が解呪を研究するから問題ないだろう?」 「それはもちろんいいけど」 「そうしておけばお前と一緒にこの部屋で研究を進めることも可能だし、お前の休み問題もなんとかなる。なにより堂々とこの件について調査できるからな」 「そんな事ができるのか!」 ローグの耳がピン! と立った。嬉しそうにしっぽがパタパタとテーブルを打つのが可愛い。 「いいアイディアだろう? さすがに一刻も早く解呪方法は知りたいだろうし、時間をできるだけ割ける方法を考えたんだ」 「ありがとう!  僕、トルスに相談して良かった!」 素直な反応に思わずこっちも頭を撫でざるを得ない。その期待に応えたい。 集中して古代魔術の本を解読できるよう俺はいつも研究に没頭するときに作る昼食セットを手早く作り、机に向かった。そこへ、ローグがぴょんと飛び乗ってくる。 思わず撫でて、ハッとした。 「ローグ、申し訳ないが研究中は俺の視界に入らないでくれ」 「えっ!」 そんなあからさまに悲しそうな顔をしないでくれ。悪い事をしている気分になる。 「可愛すぎてつい撫でたくなるというか……つまり、気が散るんだ」 「そっかぁ、残念。じゃあさ、こっちのテーブルでいいから、僕にもなにか魔術書を貸してくれないか?」 「その手じゃ読めないとか言ってなかったか……?」 「うーん、でも、トルスに任せっきりってのは申し訳なさすぎるよ。時間がかかっても、僕も何か調べたい」 そう言われて、悩む。 確かに俺もローグの立場だったら、人に任せて自分はお昼寝、ってわけにもいかないだろう。重くて紙質がざらっとしている魔術書を広げてやったが。残念ながら全然うまくめくれない。こうやってみると人間の手ってなんとも器用に出来てるんだな。 ローグは自分の足先と紙の質を見比べて、なんとかめくれないものかと工夫している。やっと一枚めくれたかと安堵したが、次の一枚はとっかかりが少ない断面だったみたいで、またなかなかめくれない。鋭い爪の先をページの隙間にさしこもうとてプルプルさせて頑張っている姿はけなげだ。 だがさすがに、これでは仕事にならないだろう。 「仕方がない、少々気は散るが、二択といこう」 「二択?」 「そうだ、机にもう一冊魔導書を置いてやる。合図をくれたら俺がめくってやろう。これが案①だ」 「案②は?」 「膝に抱いてやるから、俺が読んでいるものを一緒に読めばいい。これなら俺は気が散るのを最低限にできる。ただ、お前はまだ読み終えていないのに、と言うフラストレーションがあるかも知れないな」 トルスのお膝に抱っこ! そんなの二択にするまでもない。 「②がいい! 絶対大人しくするから!」 「そ、そうか。まぁ、じゃあ、おいで」 トルスの「おいで」好きだなぁ! テンション爆上がりでひらりと膝に飛び乗ったら、「うっ」という呻き声が上がった。そうだった、僕、猫としてはだいぶ重いんだった。 「ごめん」 「大丈夫だ、気にしなくていい。ほどほどの重みがあるほうが落ち着く」 優しいトルスの言葉に感動しつつ、僕は目の前に置かれた魔術書の山を見る。 「それでローグ、その『猫になる呪文』はどの魔術書に書かれていたんだ?」 「その一番分厚い、ぼろぼろの魔術書」 非力な僕じゃ気軽に持ち歩くなんて不可能で、表紙を開けるのもちょっと気合が必要な魔術書。年季が入った風体で、紙もヨレヨレだ。製紙技術が未熟な時代に作られたのか、一枚一枚の紙が厚いから、ページ数自体は見た目ほどは多くない。 「どのあたりだ?」 「真ん中より後ろだったと思う」 「そうか」 重い表紙をどすんと開けて、トルスがざっくりと内容を目で追いながらページを繰っていく。 「あ、ここ」 分かりやすく猫の絵が描かれたページ。呪文を見つけた時の感動が甦ってくる。 「なるほど、この呪文か」 近視気味なのか、少し本に近づいて細かい文字を読もうとするトルスと、伸び上がって本を読もうとする僕。二つの頭が仲良く上下に寄り添ってひとつの呪文を読み解こうとする。 「まさに共同研究って感じだな!」 「……お前、意外に呑気だな」 嬉しくてついそう言ったら、トルスに呆れた顔をされた。でも嬉しいんだから仕方ない。 「くすぐったいからしっぽを振るな。犬か、お前は」 「ごめんごめん、でもしっぽってどう制御すれば良いのかいまひとつ分からなくて」 でもニコニコ嬉しいのはここまでだった。 「……マジかよ」 「ええ〜さすがにそれはヤダ」 続くページに書いてあったのは『この魔法をかけられた者は、人の思考、人の習性を徐々に失っていき、やがて最終的には本物の猫になる』という恐ろしい一文だった。 「どう見ても進行性の呪いだろう! ちゃんと読めよバカ!」 「だって! 猫になれるっての見つけて嬉しかったんだからしょうがないじゃん! だいたいトルスが猫好きなのが悪いんだろ!」 「それは関係ないだろう」 「あるよ! だってトルスに可愛いがって貰いたかったか……ら……」 待って。なんで僕、こんな事ペラペラ喋っっちゃってるの? 「俺に……? 可愛いがってもらうために、猫になったのか?」

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