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第9話 猫、なぜか素直になってしまう
「だって……トルス、いっつも僕に塩対応じゃん」
「それは……すまん」
「猫にはいつもあんなにニコニコしてるんだから、たまには僕にだって優しくしてくれればな、って思うじゃないか」
いつもだったら絶対にこんなこと言わないのに、なぜか素直な気持ちがポロリポロリと溢れてしまう。
「……だって、トルスのこと、こんなに好きなのに」
トルスの胸にスリ、と頬を擦り付ける。
「……!」
ぎゅ、とトルスが抱きしめてくれた。しばらくそのままぎゅっとしてくれてたから、僕も嬉しくてトルスの暖かさを思い切り堪能する。この時間が貰えただけでも、猫になった甲斐があると思う。
ふぅ、と息を吐いて、トルスがゆっくりと体を離す。
僕の体をよいしょ、と持ち上げて机に座らせると、トルスは真面目な顔で僕を見た。
「ローグ、猫の姿のお前になら言えそうな気がする。大事なことだから真面目に聞いて欲しいんだが」
「うん」
「……っ、小首を傾げてしっぽを揺らすのは可愛すぎるからやめてくれ……!」
「いいけど……まさかそれが大事な話じゃないよね?」
「違う! えーと……なんか言いづらくなったな」
自分で話の腰をポッキリ折ったんじゃないかと言いたいけど、さっきのぎゅーが気持ちよかったから許してやる。とりあえず応援してやることにした。
「頑張れ」
「ああ、その、ローグがあの件で俺を信頼して気安く振る舞ってくれるのは嬉しいんだが」
「うん」
「ああいう行動は相手に誤解を与える事もあると理解しておいた方がいい」
「誤解って? 僕、誤解されるような事、した覚えがないんだけど」
「ぐ……その、抱きついたり、今みたいに気軽に好きだと言ってみたり、そういうのは誤解を与えると言っているんだ」
「恋愛感情があるって思われるってこと?」
「端的に言うとそうだ」
「じゃあ別に誤解じゃないよ。僕トルスの事がそういう意味で好き……って、ああもうっ、僕、何言っちゃってるんだ!」
「お前……! 心臓が止まるかと思ったぞ」
「違う! なんでか僕、今日は口が気持ちを勝手に喋っちゃうっていうか……告白するつもりなんて無かったのに!」
「て事は」
「うわぁん、恥ずかしい……!」
僕は机の上で丸くなって泣いた。恥ずかし過ぎる。
こんな、トルスに助けて貰わないといけない場面でこんな事言ってヒかれたら、どうしたらいいかも分からないくせに、ホント何言っちゃってるんだ、僕……!
「ローグ、お前、俺が好きなのか? その、キスしたいとか、そういう意味で?」
「したいよ! キスもハグもそれ以上の事も、トルスとならなんだってしたい……だからもー!口が正直過ぎるんだってぇ! 死にたい」
「せっかくそんな言葉を聞いたのに、死なれるのは困るな」
「……笑った……!」
トルスが、笑った。
すごくすごく嬉しそうに笑ってる。
こんなに嬉しそうな顔、猫を触ってる時ですら見た事がなくて、僕は思わず見惚れてしまった。いつもは冷たくさえ見える金色の瞳が優しそうに輝いて、吸い込まれてしまいそうに綺麗だ。
トルスは僕の頭から背中まで丹念にゆっくりと撫でると、安心させるようにまた微笑んでくれた。
「ローグ、俺もお前が好きだ。恋愛的な意味で」
「……え、……ええええ!!!???」
「そんなに驚くことか?」
「驚くよ! だってあんなに塩対応だったじゃん!」
「ローグがそんな風に思ってくれてるなんて思ってなかったからな。ローグが信頼してくれてるのに、近くなりすぎて邪な感情を向けるのが……ゼッタの二の舞になってお前を傷つけるかもと思うと怖かったんだ」
「トルスはそんな事しないよ」
「その評価はありがたいが、俺はそれほど自分を信用していない」
「それってその、僕のこと、そういう事したくなるくらい好きって意味……?」
そう直球で聞いてみたら、トルスは目を泳がせたあと、気まずそうに「そ、そうだ……」と答えてくれた。
そっかぁ、トルスも僕のこと好きでいてくれたんだ! と嬉しくなってしまう。
「トルス……! 嬉しい……!」
トルスの顔にスリスリと体を擦り付けて、精一杯の愛情表現をしてみた。
「僕が人間に戻ったら、たくさんキスして、ハグして、エッチなこともいっぱいしようね!」
「お、お前なぁ……」
もう口が正直になっちゃってるのはしょうがない。せっかくだからここぞとばかりに本心をぶちまけちゃえ、と僕は既に割り切れたんだけど、トルスはまだ若干恥ずかしそうだ。
それでも怒る気にはなれないのか、トルスは困った顔で僕の背中を撫でて……ハッとしたような顔をした。
「そうだった! まずはお前を人間に戻さないことには話にならん」
「うん。せっかく両思いだってわかったんだもん。絶対に解決しようね」
「無論だ。オレが絶対に! 全力でお前の呪いを解いてみせる」
トルスが頼もしく請け負ってくれて、僕はすごく安心した。
安心したら眠くなる。
僕は机からとすん、とトルスの膝に飛び降りて、そこでまあるくなった。ベッドに行ってもいいんだけど、せっかくならトルスの匂いだけじゃなくて、トルスの温かさも感じられるこの場所の方がより幸せに決まってる。
クア、とひとつ大きなあくびをして、僕は眠りについた。
頭上で、「もしかしたら、呪いの進行がかなり早いんじゃないだろうか……」なんて小さな独り言が聞こえた気がした。
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