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第10話 猫、呪いと断定される
すごーく気持ちいい眠りから覚めて上を見上げたら、トルスは真剣な表情で魔術書を繰っていた。
うーん、下から見上げてもカッコいい。
僕のために頑張ってくれてるのに、寝ちゃうなんて悪いことしたなぁ。トルスの膝の上はぽかぽかであったかくって幸せだけど、僕だって頑張らなきゃ。
そう思って伸び上がったら、トルスが僕の両脇から手を入れて、僕をさっと抱き上げる。そのまま有無を言わさず机の上に移動させられてしまった。ちょっと寂しい。
「すまん、限界だからトイレに行ってくる」
トルスは立ち上がりはしたものの、そのままよろけた。
「足が……痺れ……」
めっちゃちっちゃな声で言ったんだろうけど、僕の耳、今人間よりかなりいいから聞こえちゃう。僕をずっと膝に乗せたままで、僕が起きるまで足が痺れるのもトイレに行くのも我慢してたなんて、トルスって本当に猫には優しい。
回復の呪文を唱えたら、足の痺れはなんとかなったみたいで、トルスはダッシュでトイレに駆け込んだ。
トルスがいなくなった机の上を見てみたら、開きっぱなしになった魔術書と僕が寝ている間にトルスが調べた事が纏められたノートが置かれている。
「うわー、トルスが纏めたノートなんて見るの初めて」
ワクワクしながらトルスのノートを見てみると、几帳面な文字で本のタイトルとページ数、必要そうな情報が羅列されてるそれは、なぜか解呪に関するものばかりだった。
「解呪?」
小首を傾げてから、ハッとする。
そう言えばトルス、「進行性の呪いだ」って言ってなかったか?
そうだ、僕が猫になる呪文を見つけたあの書物の次のページに『この魔法をかけられた者は、人の思考、人の習性を徐々に失っていき、最終的には本物の猫になる』なんて、めっちゃ怖いことが書いてあったんだった。
結局あの本に解呪の呪文は書かれていなかったんだろう。だからトルスはこうして解呪の呪文を片っ端から調べてるんだ、きっと。
それにしても僕ったら、呪いを自分にかけるみたいなアホなことしちゃったのか……。
自分で自分にガッカリする。
「ん? どうした急にそんなにしょぼくれて」
トイレから戻ってきたトルスが、僕を優しく撫でてくれる。
「トルスが優しい〜……」
おっきな手にスリスリと擦り寄って、最大限の感謝を伝えてみる。トルスはめちゃくちゃ嬉しそうだった。
「ねぇトルス、やっぱりこれって呪いなのかな」
「完全に呪いだな」
スリスリしながら言ってみたら、トルスに一瞬で断定されてしまった。
「放っといたら完全な猫になる、しかも解除方法は掲載されてないなんて、呪い以外の何物でもないだろう」
「そうだけど」
「呪いだと考えた時、考えられる解決方法はいくつかある。そのどれかを早く見つけないと手遅れになるからな。なんとかこの週末で見つけてしまいたいが」
僕よりもよっぽど焦った様子のトルス。けれども勝算はあるみたいな口ぶりなのが気になった。
「ちなみにトルスが考えてる解決方法って例えばどんなの?」
「ひとつは解呪系の呪文を諸々試して効果がありそうな物を見つけていく方法だろうな。まぁこれが一番一般的だ」
「数打ちゃ当たる方式か」
「ま、そうだな。次にべつの呪文を上書きする方法。これはべつの生き物に変化する呪文を探して元々のローグの姿に変化する、っていう案だが、実現は難しいだろう」
「そうだね。元々僕が研究してたヤツだけど、文献あさってもなかなか出て来ないんだよねぇ」
「お前ほど優秀な研究者でも難航する案件だ。一日、二日でなんとかなるとも思えんしな」
「……!」
優秀って! トルスが僕のこと、優秀って言ってくれた!!!!
喜びに打ち震える僕の前で、トルスはなおも真剣に策を論じている。
「最後にもうひとつ。これは多分俺にしかできないだろうが……かけた呪文自体を分解して解いていく方法だ。実はこれが一番可能性が高いと思っている」
「分解?」
「そうだ。どんなに複雑な呪文も呪いも、実は基礎魔法の上に成り立っている。それに何か言葉や抑揚、間や陣などを付加し新たな効果を生み出しているわけだ」
「あ、ああー確かに。なるほど」
「どの言葉や行為に何を生み出す効果があるのかを手繰れば魔法は分解できる。分解できればそれを打ち消す魔法を作れるかも知れない」
「トルスってやっぱり凄いんだな……」
僕は素直に感嘆のため息を漏らした。言われてみればその通りなんだけど、そんな事考えたこともなかった。
「理論的には可能な筈だが、猫になる呪文など、どの魔術を元にしているのかさえ見当がつかないからな。難航しそうだ」
悔しそうな顔でそう言って、トルスは僕の頬を大きな手で包み込む。そして、親指で毛並みに沿って優しく撫でてくれた。頬を撫でられるのなんて初めてで、なんだか恥ずかしくて嬉しい。
ごろごろごろ……と無意識に喉が鳴る。
「ローグ!」
ハッ! 僕、今、喉鳴らしてたよね!?
見上げたら、トルスが鬼のような形相で僕を見ていた。
「今夜は徹夜だな。絶対にお前を元に戻してみせるから……!」
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