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第11話 猫、衝撃の宣告を受ける
決意したように僕にそう宣言して、トルスはなぜかキッチンへと向かう。僕も机をひらりと飛び降りて、トトトトト、とトルスの後を追った。
「何するの?」
「まずは飯を食って風呂に入る。集中できる環境を作るのが先だ」
「なるほど」
「今日はお前も風呂に入れるからな」
「ええ!?」
「お前、毛繕いもしてないだろう。毛がからまり始めてる」
「だ、だって自分の体を舐め回すなんてムリだよ。綺麗になったって思えないもん」
「その気持ちは理解できる。俺が同じ立場でもそうだろう。だから風呂に入れる」
「ヤダ! だって頑張れば明日か明後日には人間に戻れるかも知れないじゃん! それまで耐えればいいだけじゃん!」
「今のお前の一番の取り柄はそのふわふわとした手触りの極上の毛並みだ。俺の士気を高めるために絶対に必要だ」
「だ、だって恥ずかしい……」
どう考えたって自分では洗えない。トルスに全身くまなく洗われてしまうなんて恥ずかしすぎて死ねる。
「これは言いたくなかったが」
「な、なに……?」
「長毛種の宿命として、トイレ……」
「わーっ! わーっ!! わーっ!!! 分かった! 分かったから!」
酷いヤツだ。
自分でも薄々気づいてたし心配してた。出来るだけ毛に諸々ついたりしないように細心の注意を払ってはいるんだ。でも、拭いたりとかできないからさ……大丈夫かなって気になってはいるんだよ。
「も、もしかして僕、臭かったり……ついてたりするの?」
「そうだったら速攻で風呂に入れてる。でも気になってはいるんだろ?」
「……」
その通り過ぎて、しぶしぶ頷いた。
「安心しろ、責任もって全身綺麗にしてやる。あ、言っておくが風呂に入れてる間は喋るなよ」
「え、なんで?」
「喋らなければ『猫』だと思って洗えるからに決まっている。絶対に喋るなよ」
「なんか余計に恥ずかしくなった気がするんだけど……」
トルスが言わんとする事が分かって、なんだか赤くなってしまう。フッカフカの毛で覆われてるから、トルスには分からないだろうけど。
そんな事を言っている間にあっという間にご飯が出来て、もちろん今日も「はい、あーん」的に食べさせて貰ってる。トルスはもう慣れたのか、僕が咀嚼してる間に自分もしっかり食べていて、実に無駄のない動きになっていた。
すごい。慣れるの早い。
思いの外早くご飯の時間が終わって、いそいそと動きだしたトルスを目で追っていたら、トルスは空間収納から大量の猫グッズを取り出し始めた。
猫用のシャンプー、爪とぎ、歯ブラシ、猫用タオル、ブラシなんか手袋っぽいのと柔らかそうなのと目が粗いのと、3つもある!
たった数日のためにどんだけ買うんだよ!
それとも僕の呪いが解けないとでも思ってるの!?
大量すぎる猫グッズに、不信感を禁じ得ない。大物がないだけマシなのかも知れないけど、もし欲しいとか言おうものなら多分大量に買ってくれる気がする。
あーあ、僕、これからあのグッズたちを使って洗い倒されちゃうんだなぁ……。
ちょっと気が遠くなる。
「よし! 風呂に行くぞ!」
うわぁ、トルス、めっちゃ楽しそうな顔してる。ここまでくるといつもの塩対応が懐かしい。行きたくなくて動かずにいたら、しっかりと抱き上げられて風呂場に連れて行かれた。
「待って待って待って、そんなに勢いよく脱ぐ!?」
僕の目の前でスパーン! と気持ちいいくらい素早く服を脱ぎ捨てて、素っ裸になったトルスに、僕は思わず目を押さえた。
「風呂だぞ、当たり前だろう。恥ずかしいならそうして目を瞑っておけ。ていうかお前、もう喋るな」
抱き上げられるけど、俺はもふもふの手で目を押さえたまま動けずにいる。
恥ずかしい。でもちょっと見たいかも。
心の葛藤がすごい。
多分風呂の椅子に座った状態で、トルスの膝に仰向けで寝かされた状態でお腹をポンポンと軽く撫でられた。トルス的には落ち着かせようと思ってやった事だと思うけど、お腹なんて人間の状態でも猫の状態でも、触られるのめちゃくちゃ恥ずかしいんだからな!
抗議しようかと口を開こうとした僕に、トルスが優しく声をかける。
「お湯をかけるぞ」
「うわっ」
手桶でゆっくりと注がれるお湯は、とってもいい湯加減でなんだか思っていたよりもずっと気持ちがいい。しかも、トルスが毛の中にちゃんとお湯が浸透するようマッサージしてくれるのがなんともあったかくって癒される。
トルスの膝の間にお湯が溜まるからなのか、はたまたトルスの人肌の温度のせいなのか、濡れても意外と寒くならない。僕が巨大な猫だから、トルスの左手はしっかりと僕の背中を支えてくれていて、お湯を流したり洗ったりするのはトルスの右手の役割だ。
多分重いしやりにくいだろうに、それでも僕を冷たい床に下ろそうなんてしないトルスの優しさが嬉しかった。そんな状態で丹念に全身の毛を揉みながらお湯を僕の毛に染み込ませてくれる手はすごく温かい。
「気持ちいい……」
「そうか、洗うから目を瞑っておけよ」
「うん……」
「急に素直になったな」
ふふ、と笑ってトルスの手が僕のお腹を撫でる。そしてシュコシュコっという音とシャンプーの匂いが立ち込める。いよいよ僕、洗われちゃうんだ。
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