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第12話 猫、辱めを受ける

「先に顔から洗おうな」 鼻先から額にかけて、頬や口の周り、顎、耳と後頭部、首の周りまでを丁寧に洗われたあと、息を止めるように言われて優しく流される。ピルピルっと反射的に耳が動いちゃったけど、僕は頑張って耐えた。 すぐに顔のところだけ僕のために買って来てくれた猫用タオルで拭いてくれる。目を開けるとトルスが慈愛すら感じる優しい顔で見下ろしてくれていて、なんだか幸せな気分になった。 顔のすぐ上にトルスの慎ましい乳首が見えるのも絶景だ。 警戒心が強いのか、それとも他人に興味がないのか、誰とでも一定以上の距離を置いていて馴れ合ったりしないトルスの入浴シーンを見てる……いや、それだけでなく一緒にお風呂に入ってるなんてきっと僕だけに違いない。 猫だからだけど。 いや待てよ? 僕たちはさっき思いを確かめあったんだ。もしかして人間に戻ってからも、一緒にお風呂に入ったり出来るんじゃないかな。そうしたら僕もトルスをたっぷり洗ってあげるんだ。 そう思いついたら途端にワクワクしてきた。 そんな事を考えてる間にも、トルスは僕の長い毛の中にしっかりと指を入れて地肌まで洗い、僕の小さな指の間まで丁寧に丁寧に洗ってくれている。 ああ、トルスのおっきい手で揉み揉みされてあわあわで包まれるの、めっちゃあったかくて気持ちいい……。洗われるのがこんなに気持ちいいとは思ってなかった。僕もちょっとだけでもお返しがしたい。 今なら僕、泡だらけだし。 そう思って泡でもこもこになってるしっぽを擦り付けてみた。 「うひゃぁ!!??」 不意をつかれたトルスが素っ頓狂な声を上げる。 あ、ごめん。ちょっと脇から脇腹の辺りに当たっちゃった。これは確かにくすぐったいかも。かなり体がのけぞったのに、僕はしっかり抱っこしたままなの、すごい。 「ごめん! 僕もお返しにちょっと洗ってあげられないかなって思っただけなんだけど」 「気持ちはありがたいがジッとしててくれ……! あと、頼むから喋らないでくれ……!」 なんだよもう! 悪いなーと思ったからちゃんと謝ったのに。 って思ったけど、その後おしりのあたりを思いっきり揉み揉みされて、あまつさえおしりの穴やちんちんまで洗われた僕は、羞恥に悶えるハメになった。 猫だから仕方ないけど! 猫だから洗われるのは仕方ないけど!!! なんか大切なものを失ったような気がする……! もちろん猫パンチも猫キックも思いっきりお見舞いしてやった。僕は結構なデカ猫だから、それなりに痛かったに違いない。 「怒るなって。仕方ないだろう」 「怒ってない……! 恥ずかしくて顔が見れないだけ……!」 タオルで丁寧に拭かれて、三本のブラシを駆使してブラッシングされている僕は、腹這いになってトルスと目を合わせないように頑張っていた。 「あれは必要な処置だった」 「そんなの分かってるよ! でも、あんなところやあんなところまで素手でグリグリ洗われるだなんて、僕もうお婿に行けない……!」 「大丈夫だって。俺が嫁に貰ってやるから」 イガイガのついたブラッシング用手袋をはめた手でよしよしと頭を撫でられた僕は、びっくりしてトルスを見上げた。 「お、やっと目が合った」 「い、いいいいいい、今の、プロポーズ!?」 「そうとって貰ってもいい。そう決意出来るくらいには、俺はお前に惚れてる」 優しい、けれど真剣な目で、トルスが僕を見つめている。 「本当だ。……それに、俺のために猫になってくれるくらい、お前も俺を好きでいてくれてるんだろう?」 首がおかしくなるくらい、首を縦に振った。 「でも、でも、ずっと猫のままだったら!?」 「大切に愛でて、ちゃんと一生面倒みる」 「トルス……!」 「愛してるよ」 フ、と笑みを浮かべてトルスが僕を愛しそうに撫でてくれる。嬉しくって胸がじぃんと熱くなる。人生の中で一番幸せな瞬間だと思った。 「嬉しい……! でも、人間の時に聞きたかったなぁ。そしたらいっぱいチューして、いっぱいぎゅーして、エッチなことになだれ込むのに」 「お前、直接的だな……」 若干赤くなりつつも呆れた顔をしたトルスに、鼻の頭をつつかれる。僕は前脚で鼻をコシコシと撫でながら呟いた。 「だって思った事がついそのまま口から出ちゃうんだもん……」 「そうだった! こうしてる場合じゃないな。お前の猫化が進む前に、なんとして呪いを解かなきゃならん。ローグ、今夜は徹夜だぞ」 「うん! 人間に戻ったら、うーんと愛を囁き合おうね!」 「あ……ああ」 赤い顔をしたトルスは、僕の前にさっきのノートを開いて置いた。 「ここに、解呪系の呪文を探せるだけ探して書いてある。ローグはこれを片っ端から試していってくれ」 「すごい数だな、これ全部トルスが調べたの?」 僕が寝てる間に……。すごいな、トルス。 「以前別の研究の時に見つけたものもあるから、結構色んな方向性の解呪が揃っているはずだ。解けないまでも、何か少しでも解けそうな感じがあったら、メモして……これで、足跡でもつけておいてくれ」 ハンコ台を近くに置かれて、僕はしょんぼりと耳を垂れた。せっかくお風呂に入ったのに、足、汚れちゃうなぁ。もう僕はペンすら持てないのか。

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