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第13話 猫、閃く

ダメだ……! 解呪の呪文を片っ端から唱えても、全然かすりもしない。これは……! と思える反応すらない見事な空振りばっかりで泣けてくる。 猫になる魔術を分解して解呪の呪文を編み出そうなんて普通なら考えもしない高度な技術を試そうとしているトルスの邪魔をしないよう、ご飯を食べる用のテーブルの上で解呪の呪文を唱え続ける僕は、段々と絶望感に苛まれるようになっていた。 僕の豊富な魔力でも、これだけ無駄撃ちすれば底が見えてくる。 ノートに書かれた最後の解呪の呪文を唱えた頃には空が白みかけていた。 キラキラと解呪の呪文が光になって僕に降り注いではくれるけど、結局なんの効果も及ぼさずに光はキラキラの余韻を残しながら消えていった。 「うにゃあ〜……全滅だよぉ〜……」 思わず泣き言も出る。机に力なく突っ伏したら、後ろでガタッと椅子の鳴る音がした。 「今、お前……猫みたいに鳴かなかったか?」 机からテーブルまで瞬間移動したのかくらいのスピードで僕の眼前に現れたトルスの顔は、心配になるくらい真っ青だった。 「あ、ごめんごめん、今のは悲しくなって呻いただけ。鳴き声じゃないから、安心して」 「そうか……!」 心底ホッとしたようにトルスがへたり込んだ。 二度と冗談でも「にゃあ」とか言ったりするまい。トルスが心労で死んでしまいそうだ。 「ごめんね。モフモフする?」 「する……」 僕をぎゅうっと抱きしめてから、毛の中に指を差し入れてひときわ柔らかいアンダーコートの部分をモフモフ、モフモフと堪能するトルスはとても幸せそうだ。 「モフモフくらいでこんなにトルスが喜んでくれるなら、僕もう、猫のままでもいいかもしれないなぁ。解呪の呪文も全滅だったし」 ついそんな事を言ったら、トルスがバッと顔を上げる。 「バカな事を言うな! お前は絶対に俺が元に戻してみせる!」 「トルス……!」 「猫のお前も素晴らしいが、俺が惚れているのは人間のお前だ。解呪は絶対に俺が編み出す!」 「トルス、カッコいい……!」 思わずひしっと抱きついた。僕の恋人はなんてかっこよくて頼もしいんだ……! ああもう今すぐにでもチューしたい。 その時、ふと思いついた。 「トルス、チューしたい」 「はぁ? 急になにを……まぁ、そうだな、人間に戻ったら好きなだけしてやる……」 真っ赤な顔でそんな事を言うトルス。意外とウブだ。 「いや、今! 今がいい! 姿が変わる系呪いの解呪の定番、『愛する人のキス』試してないじゃん!」 「これまた古典的な……そんなモンで解呪できてたまるか」 「いや、猫になるみたいな呪い作る人だよ? シャレで解呪をそれにしてるかもしれないじゃん!」 なんちゃって。ホントはトルスとチューしたいだけだけど。 「お前のその自由な発想力と行動力は、常々評価してはいるが……」 胡乱げな目で僕を見たトルスは、呆れたようにため息をつく。 「ま、いいか。減るもんでなし」 「やった!!!!!」 トルスがやる気になってる間に、ささっとコトを済まさねば。僕はテーブルの端に歩み寄り、可愛く小首を傾げてキスをねだる。 「倒錯的だな……」 「余計な事考えないで、僕のこと愛してる、元に戻れって念じながらキスしてね」 「分かった」 そう約束してくれたのに、なかなかキスしてくれなくて、僕はつい目を開けた。 至近距離でばっちり目があってちょっと照れる。するとトルスがフ……と優しく微笑んだ。 「その透き通るような蒼い瞳、いつも綺麗だと思っていた」 急に吐かれた甘い言葉に、僕の心臓は跳ね上がった。いきなりなんのご褒美!!?? 「愛してる。人間に戻って、俺にいつもの笑顔を見せてくれ……」 トルスの金色の瞳が閉じられて、ゆっくりとその顔が近づいて来る。トルスの言葉が嬉しくて嬉しくて、僕は心の底から願った。 トルス……! 僕も、人間に戻りたい……!!! 一瞬で離れて行こうとするトルスの唇を追っかけるように思いっきり伸び上がった。 「ははは、続きは人間に戻ってからな……」 笑うトルスの目が見開かれる。 「!!!??」 僕の周りにはキラキラの解呪の光が舞っていて、もしやと思って体を見下ろしたら、素っ裸でお座りしている毛のない肢体が見えた。 「わーっ!!! わーっ!!! 見ちゃダメ!!! あっち向いて!!!」 とんでもない格好でとんでもない体勢を取ってしまっていた事にめちゃくちゃ焦る。トルスが真っ赤な顔でくるっと後ろを向いたのを確認し、テーブルから飛び降りた瞬間、ファサッとした蜂蜜色の猫じゃらしっぽいモノが目の端に映って、僕はピタリと動きを止める。 ……まさか。 嫌な予感に、さっきまで自分の一部だった物を動かしてみたら、ちゃんとファサッファサッとしっぽが動く。 「トルスー!!! しっぽが残ってるー!!!」 絶叫した。 「ええ!!?」 僕の声に驚いて振り返ったトルスも、流石に僕の半端な姿に驚いたらしい。目を見開いたまま固まってしまった。 「固まらないで! ねぇ、どうしよう! どうしたらいい!?」 「え……可愛い。ネコ耳……ネコしっぽ……」 「耳もあるの!?」 「ある。めっちゃ似合ってる」 「バカなの!?」

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