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第15話 【トルス視点】しっかり確認

俺の想定より遥かに長くて扇情的だったキスがようやく終わり、俺は恐る恐る目を開けた。 その途端、真夏の空のように透き通った青が眼前を覆う。ああ、俺が好きなローグの青い瞳だ、と思うと同時にまた唇がチュクチュクと食まれた。 けれどそれは僅かな時間で、チュ、と小さな音を立てて離れていく。顔が視認できるくらいに離れたら、ローグが心底嬉しそうな表情で笑っているのが分かった。 恥じらいと嬉しさをパーセンテージで表したら、多分恥じらいは3%程度で、あとは嬉しさに振り切った感じだろう。あんなに淫靡な口付けを交わしたというのに……ゼッタに襲われそうになって、震えて泣いていたあの弱々しいローグからは想像もできない。 「どう?」 「すごかった……」 「そうじゃなくて!」 聞かれたから素直に答えたら、ローグから怒られた。 「僕、完璧に人間に戻ってる?」 そうだった。進行性の呪いは、呪いの種が残っていたら再びそれを元に進行していく場合もある。油断してる場合じゃなかった。 しかし下を見るには勇気が要る。なにせさっきせっかく巻きつけた毛布も、床に落ちたのが感触で分かっているのだ。完全に素っ裸なローグを再度見たら、さすがの俺もイチモツが元気になるのを抑えられないかも知れない。 いや、待てよ。 ローグは今、俺の背に腕を回してぎゅうぎゅうに抱きついている。とうことは裸はほぼ見えないのでは。 よし、いける! 俺はカッと目を見開き、ローグの頭を見下ろした。俺を見上げるローグの頭ははちみつ色のツヤツヤしたストレートの短髪があるばかりで、さっきまで確かにあった可愛らしい猫耳は綺麗さっぱり姿を消していた。 「猫耳がない……!」 「ホント!? 跡もない!?」 「ちょっと待て。頭頂部を見せてくれ」 「リョーカイ」 頭頂部が見えやすいようになんだろうが、ローグが俺の胸に顔を埋めてくる。いちいちやる事が可愛くて、こっちの心臓が保たないんだが。自分の中に湧き上がる煩悩を必死で体の中に閉じ込めつつ、俺は目の前のはちみつ色の頭をじっと凝視した。 うん、やっぱり髪はすとんとしてて、耳があったはずのところには盛り上がりも見られない。念のため髪を掻き分けてみたけれど、ツヤっとした地肌が見えただけだ。猫用シャンプーの仄かないい匂いもするし、俺のシャンプーテクニックも悪くない。 しっぽの方も見下ろしてみたが、つるんとした滑らかな肌があるだけで、フサッと俺に擦り寄ってきたしっぽの存在はもはや認められない。 「耳もしっぽも跡形もない。完璧に呪いが解けたんだろう」 案外ローグの言った通り『濃厚なキス』が効いたのかも知れなかった。 「ホント? しっぽも?」 「見た感じ大丈夫だ」 「ちゃんと確認してくれた?」 涙目でそんなふうに追求されると困る。ちゃんと確認するってどういう事だ。尾骶骨の辺りをしっかり目視しろとでも言うのか。どう考えても変態っぽい。 じゃあ、触るか? いやいや、それだって充分変態っぽい。 「さすがに尻の辺りをまじまじと見るのも触るのもアウトだろう。ここから見下ろした感じ、跡などない。安心していいと思うぞ」 「トルスになら見られても触られてもいい。ちゃんと確認して欲しい……」 くぅ……っ、そんないたいけな子猫みたいな目で見るな……っ! お前は俺に見られても触られても平気でも俺が平気じゃないんだ……! しかし、ローグにしてみれば猫になっていたこの数日は、きっととても不安なものだっただろう。呪いが完璧に解けたかどうかを完全に確認したいのは当たり前だ。俺だってきっと同じことを言うだろう。 本来なら我が目で確かめたいところだが、なんせ頭頂部と尻という、自分ではどうにも見にくい場所だ。信頼できるヤツに確認して貰わないと気が気じゃない。 ……そうか、ローグはそれほど俺を信頼してくれているということだもんな。 ローグがそもそも俺を慕ってくれたのだって、多分元々はゼッタから助けたという信頼が起源だ。あれからずっと、俺はローグの信頼だけは裏切らないように努めてきたんじゃないか。しっかりしろ、トルス。 「トルス、来て」 必死で覚悟を固めている俺に焦れたのか、ローグが俺の手を引く。素っ裸を見るのは俺の股間状況の悪化につながるととっさに判断した俺は、慌てて目を瞑った。 導かれるように数歩部屋の中を歩いたら、ギシ、と何かが軋む音がする。 「悪いけど、確認して貰ってもいい?」 問われて目を開けたら、ベッドの上で四つん這いになって尻をこっちに向けてるローグがいた。 「!!!!???」 衝撃すぎて声も出ない。 「早く……」 紅潮した顔でこっちを見ているローグと目があう。さすがに恥ずかしいんだろうが、それよりも呪いが解けたかの方が心配なんだと悟った俺は、いったん目を閉じて深呼吸した。 心・頭・滅・却……! 心の中でそう唱えながら目を開ける。 うわぁ、真っ白。 じゃない。しっかりしろ、俺! 心頭滅却! 雑念を振り払い、医師のような心持ちで目の前の魅惑的な尻に相対する。しかし割れ目の辺りだと言うことは概ね知っていても、尾骶骨の正しい位置など気にした事がなかった。 その辺りをしっかり見るしかないだろう。

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