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【日常編】2.雑貨屋には今日も変な客がやってくる
【日常編】2.雑貨屋には今日も変な客がやってくる
店には、まともな客もいれば、そうでない者も来る。
「御免! この店に伝説の勇者の剣があると聞いたのだが!」
甲冑に身を包んだ若い男が、背筋をピンと伸ばし、やかましい声でラスヴァンに話しかけてきた。
「……」
ラスヴァンは無言のまま、部屋の奥に置かれた錆びた剣を指差す。
「な、なんと……錆びついているではないか!」
男が驚いている間に、ラスヴァンはカウンター裏から棒きれを手に取った。
「なぜこんな──」
バコンッ!!
「っあ゛ぱあ゛っ!!」
涙目で振り返った勇者もどきの顔面に、棒きれが炸裂する。
「あ゛ぁ゛ぁ゛……」
バタンッ。
白目をむいて倒れる客。
「……こいつじゃねえな」
ラスヴァンは棒きれで肩をとんとん叩き、元の位置に戻す。
そして、倒れた男の足首をつかみ、ずるずると店の外へ。
その様子を、花屋の花壇に水やりをしていたジェイスが目撃する。
「ちょ、ちょっと! ラスヴァン、なにしてんの!?」
「この間、鍛冶屋のジジイが……」
話によると、日頃から世話になっている鍛冶屋のじいさんに「貸し借りはしたくねぇ。何かできることがあれば言え」とラスヴァンが申し出たところ、代わりに錆びた剣を預けられたという。
曰く──
「この剣に気づくか、あるいはおまえが“只者じゃねえ”と思った奴が来たら、そいつは勇者の素質がある。そん時はうちまで連れてきてくれ。剣の錆を落として勇者に仕立て上げてやる」
つまり、勇者かどうかは、剣とラスヴァンの“目”が見極めるということらしい。
「いや、そんな……勇者って。魔王もいない世の中だよ?」
「変なジジイだ。昔から勇者に憧れてんだとよ」
「勇者ねぇ……」
ジェイスが呆れたようにため息をつく中、ラスヴァンは客の首元の甲冑を片手でつかむと、ひょいと持ち上げ、教会の前まで運んでポイッと投げ捨てた。
その光景を見たジェイスは、「勇者」どころか「只者じゃない」のはラスヴァンの方では? と疑わしげな目で見る。
「……なんだその目は。可愛いじゃねえか」
そう言ってジェイスの瞼にキスを落とすラスヴァンを、「はいはい」と誘導し、雑貨屋へ戻すジェイスだった。
―――
夕方。今日もまともな客は来なかったな──そう思っていたところに、また一人現れる。
くたびれたウェスタンハットに皮のコート、ゴツめのブーツが床に重く響く。シャツもパンツも汚れている。
(もう閉店なんだが……)
ラスヴァンは時計をちらりと見てから、入ってきた客の手元に目をやる。
男は、小さな瓶に入った色とりどりのシーグラス、パッチワークでかわいく修繕されたショルダーバッグ、そして壊れていたオルゴールを手にしていた。
──どれも、かつてゴミのように拾ってきたもの。バッグは下着屋のおばさんが直し、オルゴールは鍛冶屋が修理し、ラスヴァンが彫刻とニスで仕上げた品だった。
いつもなら即座に閉める時間だが、ラスヴァンはカウンターに肘をつき、頬杖をついたまま、その男をじっと見ていた。
男はシーグラスとオルゴールを交互に持ち上げ、光に透かしながらしげしげと眺めている。
時計を再び見る。ジェイスの方に目をやると、近所のばあさんに話しかけられていて、抜けられそうにない。
そんな中──
「すまない。こちらとこちら、どちらがお勧めかな?」
「っ!!」
気配もなく距離を詰めてきた男に、ラスヴァンも思わず肩を揺らす。
(こいつ……ただの旅人じゃねえな)
体勢を整えて、問い返す。
「誰かへの贈り物か?」
「ああ。久しぶりに会う娘へのプレゼントなんだ」
ゴツい風貌の割に、男は照れくさそうに頬を掻いた。
「……いくつだ?」
「まだ7つだよ」
「なら、シーグラスは破片で怪我をするかもしれねぇ。オルゴールにしとけ」
そう言ってラスヴァンは、小さな紙片を渡す。そこには、オルゴールの曲の歌詞が、拙い文字で書かれていた。
男は無精髭を撫でながら笑う。
「これを、プレゼント用に包んでもらえるかな」
「ああ。二千三百ミルだ」
ラスヴァンは、恋人に教わったやり方で、ラッピング袋に入れて、リボンを結び、丁寧に手渡す。
「ありがとう。娘も喜んでくれると思う」
男が優しい笑みを浮かべ、帰ろうとする──その背中に、ラスヴァンが声をかけた。
「あんた、この先にある鍛冶屋に寄っていけ」
「? ああ、わかった。いろいろありがとう」
客が店を出るなり、ラスヴァンは「CLOSE」の木札をぶら下げ、獣のような勢いでジェイスに向かって一直線。
それを見たジェイスに話しかけていたばあさんは、風のようにその場を去っていった。
―――
「さっきの客、どうだ?」
鍛冶屋から出てきた爺さんに、ラスヴァンが声をかける。
爺さんは興奮気味に言葉を返してきた。
「だめだ、家庭があるから勇者にはなれないと断られた。いい線いってたがな。
今度はもっとピチピチで、筋肉ムキムキで、独身の奴を誘ってきてくれ!」
どうやら、爺さんはまだ勇者の夢を諦めていないらしい。
「あ…あの、それはそれで、ラスヴァンが誤解されそうな気が……」
ジェイスがオロオロしながら、遠慮がちに口をはさむ。
「……なんだ、やきもちか?」
そんなジェイスを見て、ラスヴァンが片方の口角を上げて、ニヤリと笑った。
「なっ! ちがわいっ!///」
ジェイスの顔は、夕日と馴染むように真っ赤に染まっていた。
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