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第2章_謎の香り_第10話_クラリセージ
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「う…ンぐ、っ」
ぼんやりと光る橙色の光の中で、真っ青な顔の男が一人、僕の痴態を眺めている。忙しなく体を揺らしているのは、逃げたいからなのだろうか、それともイきたいからだろうか。とても気になって仕方がない。
そうやって僕の注意が彼に向くと、後孔に差し込まれた指が僕の中の敏感な部分を強く押す。思わず体が震えるほどの強い快感が体を駆け抜けていき、目の前の彼の足元を白く汚した。
「うっ……、んふ、ン」
彼からも、留まりきれなくなった欲がたらりと溢れる。そこは塞がれていないから、放っておくと色々と出ちゃうかも知れない。上の口と同じように塞いであげたほうがいいんじゃないだろうかと僕は思っていた。
僕らのしていることを邪魔しないようにと、彼の口にはご丁寧に猿轡を噛ませてある。それは、僕とお揃いだ。僕もうるさく声を上げないようにと、いつも口は塞がれている。
鼻でしか出来ない呼吸は、なぜか酷く淫靡な響きを持つ。恥ずかしいから抑えたい。でも、出来ない。あちこちから香るこの甘い匂いが、僕を気持ちよくさせて仕方がないんだ。
この彼は、僕に抱かれるために連れて来られている。そのことを忘れていたのだろうか、僕が後ろの男にされていることを見て、最初は頬を赤く染めていた。
でも、次第にその顔色を悪くしていった。それはそうだよね、だって似たようなことを君もされるんだもんね。君はネコじゃないし、ゲイでもない。恐ろしくて仕方がないはずだ。
それに、きっと君の目には僕がかわいそうに映っているだろう。だから、それと同じことをされる自分を想像して恐ろしくなってしまうんだよね? 分かるよ、だって僕だってそうだったもの。いつの間にか、恐怖には慣れてしまったんだ。
両手を後ろで拘束され、後ろから抱き寄せるようにして大きな男に体を弄られている。酷くしてくれれば、まだいい方だ。こうして変に優しく抱こうとする様子を見られていると、羞恥で頭が焼き切れそうになってしまう。
大きく割り開かれた足は、男に片方担ぎ上げられていて、どうしたって目の前の彼に全てを余すところなく見られてしまう。恥ずかしい、消えてしまいたい、でも、気持ちいいんだ。羞恥、快楽、嫌悪……快楽。その繰り返しで、情緒は狂に狂っていて涙が止まらない。
「ううっ、んぐっ……」
僕を見ている彼の目は、絶望の色を濃くしていくのに、それでも下を見ればそこには相変わらずみっともないほどの熱を溜め込んでいる。ずっと張り詰めていて、ちょっとかわいそうだ。
そうやってピクピクと揺れている彼の熱塊をじっと見ていると、後ろの男が僕の体に舌を這わせていく。胸の先にそれが触れた時、僕は思わず腰を突き出した。
「んっ……!」
「んん? 気持ちいいのか? お前は本当にここが弱いな。……どうだ、漱。今日はいつものように舐め回すのもいいけれど、手を滑らせるコレもお前の好きな香りのモノを用意したぞ。良かったな、お前とはいつも気持ちいいけれど、これでもっと気持ちよくなれるぞ」
男はそう言ってマッサージオイルの入った小瓶を掲げ、その中身を揺らしてみせた。ラベルには小さく酢酸リナリル、リナロールという文字が見える。記載はされていないけれど、その配合は僕のためにされているものだろう。僕はセージをブレンドした香りを嗅ぐと、なぜか強烈に淫らな気持ちを呼び起こされる体質をしている。
男はそんな僕のことを熟知していて、それを使って僕を喜ばせようとしている。その手にそれを垂らしていく。それは、獰猛なオオカミが口の端から垂らす涎のように見える。ああ、僕は今から食べられてしまうんだなと思いながら、うっとりとその姿を眺めていた。
後孔から引き抜いた方の手も使って、男はそれを僕の体へと塗り広げていく。くちゃっといつもより濃い液体の音が聞こえると、思わず奥が震えた。
「ん、……っふ」
そのオイルを纏った手が脇腹を滑ると、それだけでもう中心が疼く。左手が胸に触れる、右手はまた後ろへと入っていった。このままじゃマズイ。僕は役目を負えないまま、簡単に果ててしまうだろう。それも、回復できるかどうかもあやしい。この男の相手をすると、そうなってしまうことが多いんだ。
「うう、うっ!」
僕は男に向かって被りを振った。このままじゃダメだと合図する。やらなければならない事があるんだから、それを早めに済ませたい。そう目で訴えた。
「ええ? もうダメなのか? 気持ちよくさせすぎるのも問題だな。……わかったよ。じゃあ、あいつを楽しませた後、もう一度俺とヤろう。それでいい?」
男はそう言うと、まるで大切なものを扱うように僕を抱きすくめて、首筋に優しくキスをした。そして、ゆっくりとナカから指を引き抜く。
「よーし、じゃあ俺もお役目を果たします。お願いされたからには、やり遂げないとな。おい、お前。俺が呼んだらすぐ来いよ。タイミング逃したら、どうしようもねえからな」
男の言葉に、彼はびくりと体を跳ねさせた。その動きに合わせて、透明な糸を垂らす。そのことを恥じらいながら顔を真っ赤に染め、それでも男の言葉には首がもげそうなほどに頷いてきちんと答えている。
「よーし、じゃあ始めるぞ。……漱、愛してるよ」
男の言葉に、僕の体が甘く痺れる。まるで突然スイッチでも押されたかのように、体が快楽を迎え入れる準備を始めた。
指が離れた場所に、男はそれよりも熱く昂った塊を当てる。僕は期待に体を揺らした。僅かな水音、吸い付く感覚、ズズ……と入ってくる感覚。そして息を詰める男の声。全てが叫び出しそうなほどにイイ。それが揃った刹那、僕は僕にしかない特殊な能力を発揮する。
「……よし、来い」
その声を合図に、目の前の彼が立ち上がる。怯え切った目で、僕の目の前に立った。そして、向かい合うようにして僕の上に座る。震えながら、必死にその体を僕に押し付けている。
「うう、う、んん」
「……よしよし、怖いな。でも、大丈夫だから。ほら、ここにこうして当てて、そうそう」
男は僕に入ったままだ。僕の蠢くナカにその熱を絡め取られながら、涼しい顔をして彼を指導している。
彼はここで僕に抱かれなくてはならない。今日この時しかチャンスは与えられていない。だから、失敗は許されない。
男はそれを知っていて、彼を成功へ導いてあげようとしているのだ。
——バカだな。これが成功したら、彼は……。
「……う、ううう、っ……!」
そんな僕の心配をよそに、彼は僕を自分の中へと迎え入れる事に成功した。ズプっと音が聞こえる。そして、僕の先端が何かにぶつかるのが分かった。
「ンふっ……」
思わず声が漏れる。そのくすぐるような気持ちよさに身を委ねつつ、二人の男の間で僕は役目を果たさなければならない。でも、実は自分だけではどうにも出来ない。だから、いつも後ろの男の力を借りている。
男は力が強い。その腰が動けば、僕は中から揺さぶられ、僕が穿つ彼への熱はさらに昂りを増す。そして、上に乗る彼まで上手に溺れさせてくれるのだ。彼の体の揺れまでを計算され尽くすように、二人は一人の男に高められていく。
静かな部屋の中に、薄暗い灯りと三人の肌がぶつかる音、そして吐息だけが響いている。
合間に聞こえる水音は、次第に濃度を増していく。その度に部屋の香りは濃さを増す。そうして部屋の空気が吐き気がしそうなほどに甘くなってきた頃、僕の体がその香りを放ち始めた。
「……っ!」
僕に抱かれるためにやって来た彼は、その香りに当てられる。簡単に意識が飛びそうになるのを必死に堪え、なんとか僕にしがみついていた。
でも、少し力を抜かないと、きっと上手にイけないだろう。好きでここに来たわけではないだろうから、それだけでも同情してしまうのに、このままじゃいい思いを少しも出来ないと思うととても可哀想だ。
少し手助けしてあげようかと、彼の胸の尖に触れてみる。すると、ビクンと体を跳ねさせた。それと同時にナカが狭くなる。
——あ、ダメ。僕がイきそう。
そう思ってふと気づく。今日はむしろ僕が先にイった方が都合がいいだろう。彼はそれを求めてわざわざここへ来ているのだから。
そう思い、後ろを振り返った。もっと気持ちよくなりたいのだと、目で男へ訴えかける。この男なら、きっと僕の意図を理解する。そう確信があった。
「ん? ああ、随分いい顔をしてるな。かわいいよ、漱。……よーし、二人とももう痛みも苦しみもねえな? じゃあ、口を自由にしてやろう。……ほら、目一杯喘げ!」
男はそう言うと、パッと二人分の枷を外した。僕らの口は突然解放される。自由になったそこは、一瞬思い切り空気を吸い込んだ。そうして、肺の中をクラリセージの香りで充たす。
なぜか僕に催淫効果をもたらすこの花の甘い香りは、急激に体を満たした事で僕の脳を焼き、僕と連動させられている彼は、その強い快楽に絶叫した。
「あ、っんあ、い、っ……あああっ!」
ガクガクと体を折るようにして激しく達すると、何度も跳ねた。それでも後ろの男は止まらない。僕の熱は、彼の窮屈なナカで扱かれ、後ろからいいところを押され続け、僕自身も次第に追い詰められていった。
「あっ、あ、ああっ……んんんーっ!」
思い切り声を上げると、後が辛い。だから最後は唇を噛んだ。その吐き出せなかったエネルギーが、涙となって流れてくる。それを見て、後ろの男はくすりと笑い、それを舐めとった。
「……よしよし。頑張ったな、漱」
まるで最愛の人にそうするかのようにそっと僕を抱きしめると、今度はぐったりとしている前の彼に向かって冷たく言い放った。
「おい。お前の時間はもう終わったんだ。さっさと出て、これからどうするかをよく聞いておけよ。もうお前の体は変わってるはずだ。ちゃんと言われることを聞いておくんだ。いいな?」
男が前の彼の頬を叩くと、彼はハッと気を取り直した。そして、慌てて僕をその体から引き抜く。
「……はい、分かりました。漱さん、ありがとうございました」
もう効果が出てきたのか、彼は囁くようにそう言うと、前と後ろから白い糸を引きながらフラフラと部屋を出ていった。そのドアがパタンと音を立てて閉まると、続いてその向こう側に、堅牢な鍵と扉の閉まる音が続いて聞こえる。その後には、また静寂が戻った。
「さて、漱くん。俺は一晩君を買っているわけですけれども」
ずるりと自身を僕から引き抜きながら、男はそう言った。
そうだ、僕にはもう一つ仕事が残っている。今夜の僕は、この男の恋人だ。今日は蕩けるくらいに甘い時間を過ごしたいというオーダーをされているらしい。
「どうしたらいいですか? もう一度服を着てるところからやり直します?」
僕が銀髪についた精液を舐め取りながらそう尋ねると、男は嬉しそうに微笑んだ。
「お、分かってるね。全部リセットね。それから、あの衣装着てくれる?」
そう言って男が指した先には、踊り子の衣装のようなものが置いてあった。薄布の面積は驚くほど少ないが、その上にもう一枚纏うから恥ずかしくは無いよと言われる。
「……今更恥ずかしいなんて言ってられませんけどね」
そう言った僕を、彼は一瞬恐ろしく冷えた目で捉えた。そして、
「……仕事だろ? 徹底しろよ。今からお前は、ウブなダンサーなの。……野本祈里みたいなね」
そう言って、くつくつと笑い始めた。
——悪趣味だな……。
心底そう思った。
僕が祈里に似てるからって、同じことをさせたがるなんて、一体どういうものの考え方をしているんだろう。僕には到底理解出来ない。
でも、そう思っている事がバレてしまうと、何をされるか分からない……。
——祈里、ごめんね。
そう思いながら、男の理想である自分を作り上げていった。
「……ごめんね。強がっただけだから。恥ずかしいけど、あなたのために頑張って着るよ」
そう言って、恥じらうような素振りをする。すると、男は満足そうに腰を抱いて僕を引き寄せ、もう一度優しくて甘いキスを落とした。
「さすがだね、漱。……さあ、いい夜にしよう」
男は満足そうに微笑むと、僕を抱き上げてバスルームへと向かう。その柔らかな笑顔を見て、今の選択は間違えていなかったのだと知り、僕はほっと胸を撫で下ろした。
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