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第3章_愛と恨み_第18話_突き立てられた毒牙
⚠️CP以外のR18描写があります。地雷の方は、ご自衛お願い致します⚠️
◆◇
ふわりと清廉な空気が漂う。身体中が痛む中、俺は誰かの腕の中に包まれているような安心感に浸っていた。
明らかに身の危険が迫っている中眠っていた事も驚いたのだが、目が覚めたばかりなのにまたうとうとと微睡んでしまうような心地よさに思考を奪われていく。何かに酷く絶望したはずなのに、それが何だったのかを思い出せそうも無かった。
「……んっ、ンん、うっ」
薄暗い部屋の中で、遠くの方に誰かの苦しそうなくぐもった声が聞こえる。あれは誰の声なんだろうか。何かに巻き込まれてるんだろうか。
助けてあげなくては……。俺だってVDSの人間になったのだから、そう思うのに体は全く動く気配が無い。
「……何だよ、めちゃくちゃ蕩けた顔してんなあ、漱。そんなにイイのか? そんなに嬉しそうにしてたら、彼氏が可哀想だぞ」
ずっと聞こえていた少し高めの少年らしき声に、低く穏やかな響きを持つ成人男性の声が重なる。その音の深みは、まるで相手を包み込むような心地よさを持っていた。
少年っぽい声の人は、ひたすらに気持ちよさに浸っているらしい。聞いているだけで体が疼きそうなほどに、甘くしっとりとした声をあげている。それが分かってようやく、その声が喘ぎ声なのだと気がついた。
——あれ、ここケアルームなのか? 俺たち確か会社を出たはず……。
喘ぎ声を聞いて会社だと思うなんて、すごい事だと思って少しおかしくなってしまった。でも、身じろぎをしようとしてもうまくいかず、自分がどんな状況下にいるのかをはっきりと思い出す。
何とか体を起こそうとするのだけれど、体は痺れたように動かない。何をされたのかを思い出そうとしていると、突然激しく肉のぶつかり合う音が聞こえ始めた。
「んっ! ンぐ……、ンんん!」
その乾いた衝突音に混じって、粘性の水音が聞こえる。誰かが誰かを穿ち、それを受けている方はされるがままで、どうやら口を塞がれているらしい。聞こえる音からそれが伝わって来た。
——襲われてる……?
でも、そう判断するには違和感がある。部屋の空気に、彼が嫌がっているような感じが漂っていない。恋人ではない相手にも体を開く事に慣れているのだろうか、そう思いながらふとある事に気がついた。
——漱って言った、……よな?
抱いているであろう男が相手の名を漱と呼んでいた事を思い出し、俺は焦った。必死になって体の向きを変える。背中に大きなクッションをあてがわれ、彼らに背をける形で畳の上に座らされていた俺は、どうにか二人が見える位置まで回転した。
すると、そこには祈里にそっくりな美しい男が、大柄で筋肉質な男に後ろから押さえつけられて貫かれているのが見えていた。顔はこちらを向いている。その目は、右目だけが青みが勝っている。
——漱だ。間違いない。
祈里は、漱は純粋な子だと言っていた。長く誰かを想っていたと言っていたし、相原は漱と付き合っていたと言っている。その漱が家のために身売りをさせられているのなら、早く助けてあげたいと言って二人は泣いていた。
俺は、祈里がそうしたいなら全力で協力しようと思っていた。きっと怒りが湧いて来て、すぐに手が出てしまうだろう、そう思っていた。
「す、すぐ……?」
でも、現実にそれを目の前にしても、怒りは湧かなかった。むしろ、怒る理由がないような気がしてしまった。漱はあの男に抱かれて喜んでいる。それがはっきりと分かってしまったのだ。
彼の体の周りに、うっすらと橙色と桃色の中間のような……コーラルピンクのもやが漂っているのが見える。橙色は正のエネルギーを、桃色はわかりやすく欲情を表す。
ただのケアでもなかなか桃色のエネルギーは見えない。それは、そこに愛情がある場合にのみ現れるのだ。それなら、これはレイプという犯罪ではなくなる。俺が止めるわけにはいかないだろう。
だからと言って、今この状況がどういったものなのかを知らないといけない。俺は、昨日の帰りに何者かに連れ去られているのだ。
祈里を攫うならまだしも、祈里以外の野本家と何の関わりも無い俺を、なぜここに、野本家に連れてくる必要があったのか。それが分からない。
しかし、わざわざ会社のあるホテルの玄関先のような目立つ場所で俺を狙ったのなら、何か明確な意図があるだろう。それがまさか漱とのセックスを見せつけるため、なんていうわけが無い。俺の身には、何かしらの危険が確実に迫っているはずだ。
「……っ」
二人は貪り合うように愛し合っていた。俺は、時間の感覚が分からなくなるくらいに長くそれをただ見ていた。それでも、自分の身に何が待ち受けているかは分からず、肝を冷やして耐えていると、ようやく二人は繋がりを解いた。
「はあー、最っ高。やっぱり、お前との仕事じゃないセックスはいいな」
男の声と同時に漱の体がガックリと崩れ落ち、前のめりに倒れる。すると、男は赤く色づいた体を優しく抱き止め、背中に慈しむようなキスを落とした。
「……ごめんな」
寂しそうに呟いた声は、僅かに震えている。優しい笑顔で名残惜しそうに漱の背中にキスを繰り返しているその姿を見て、俺は混乱した。
——あの男は、野本崇と共謀して漱を商売に利用してるんじゃ無いのか?
そう思っていると、俺の視線に気がついたのか、男は俺を見てニヤリと笑った。そして、ゆったりとした動きでベッドから降りて来る。
畳の上にロータイプのベッドが備えてある和洋室に、彫刻のように見事な体格の男が立つ。和紙のランプシェードが丸味を帯びた光を生み出し、男の顔に柔らかな影を作っている。
それでも、意思の強そうなキリッと引き締まった表情は、少しもぼやける事がない。この状況下でも見惚れてしまうほどに、鮮烈な魅力と共に俺の目に飛び込んで来た。
——さっきも思ったけれど、なんてキレイな男なんだ……。
身の危険があることには変わりないはずなのに、その魅力的な体に俺は思わずゴクリと喉を鳴らした。
「おー、やっとお目覚めか、高月肇」
その唇が妖しく動き、男は俺の名を呼んだ。その動きがあまりに美しすぎて、自分の名前が呼ばれた事に気がつくまでにしばらく時間がかかってしまったくらいだ。
でも、はたと気がつく。俺はこの男を知らない。ここまで美しい容姿を持つ男と知り合っておいて、覚えていない事などあるわけがない。間違いなく初めて会ったはずだろう。それなのに、相手は俺を知っている。
「ど、どうして俺の名前を……?」
俺のその問いに、男は一瞬虚を突かれたような表情を見せる。そして、ぴたりと動きを止めた。
そのまましばらく何かを考え込んでいるようだったが、やがて何かどろりとした感情を含んだ笑いを溢す。どうやら俺は彼の機嫌を損ねたらしい。
「っはは。そうかそうか。やっぱりお前は俺なんて覚えてないよな」
そう言って肩を揺らすと、悠然とした動きで俺の前までやって来た。一糸纏わぬ姿のままで俺の目の前に座り込む。
そして、その長い指を揃えて俺の顎下へそれを沿わせた。そのままくいっと顎を持ち上げ、まるで品定めするように俺の顔を眺めていく。
その姿は、まるで俺に対する絶対的な支配権を示しているようで、何かを感じた俺の体は、背中にぞくりと電気を流した。
「うーん、そうだなあ。確かにキレイな顔をしてるよな、お前。何でだろうなあ、そんなはずはないのに、すごく誠実そうに見せるよな、お前の顔。そりゃあ、あいつもうっかり騙されるだろう。俺も今かいがいしい言葉をかけられたら、ころっと騙されると思うわ」
そう言ったかと思うと、勢いよく俺の襟首へと手を伸ばす。そして、そのままシャツとスーツの襟を纏めて掴むと、そのまま思い切り引き上げた。丈夫な縫製で出来ているスーツが、俺の首と脇を締め上げる。
「……がっ」
シャツの襟が喉へと減り込む。潰されてしまいそうな恐怖心に、今度は背中に冷たいものが伝った。あまりの息苦しさに襟元へと手を伸ばして差し込むと、男はそれを見て口の端を持ち上げ、そのまま俺を軽々と持ち上げた。
ぎりっと布が鳴る。それとともに、心臓が縮み上がるような思いがした。これから何をされるにしろ、命が危ういことだけは分かってしまった。
元々戦闘に自信が無かったからカウンセラーをしていたのに、こんな屈強な男に勝つ自信など無い。死ぬしかないのだろうかと思うと、思わず涙が零れた。
「まあねえ、俺はお前とはゆっくり会った事はねえよ。でも、俺の名前は覚えてないか? 俺は寺井仁 って名前だ。何度かカルテで見た事はあるだろう? 俺はなあ、お前のことが嫌いだ。だから殺してやろうと思ってる」
意気揚々とそう話す男は、俺を漱が寝ているベッドまで運びながら、自分の素性を明かし始めた。その話を聞くにつれ、俺は勝手に自分を追い込んでいく事になる。
「駅前通りの通り魔事件は覚えてるか?」
そう問われて、思わず息を呑んだ。
「ああ、もちろん」
そう答えながら、その答えで大丈夫だっただろうかと気を揉む。
この男は、あの事件の関係者なのだろうか。しかし、犯人は逮捕され、無期懲役の判決を下されているはずだ。だから、犯人では無いだろう。では被害者の家族だろうか。何にせよ、どういう態度を取ればいいのかが分からない。
「ビビってるなあ。まあ、聞けよ。話してる間は殺さねえよ。あの事件で捕まったのは、二木征司 。さすがに覚えてるだろう? 征司は、俺の恋人だ。お前があいつに偽の情報を掴ませてくれたおかげで、自暴自棄になって通り魔事件なんて恐ろしい事を起こしてしまった。そうじゃ無ければ、あいつはあんなことをするような男じゃない。お前が騙さなければ、あいつは今も普通に暮らしてたんだ」
次第に俺への恨みから低くなっていく男の声を聞きながら、俺は二木さんを思い出していた。
「二木さんの恋人……」
忘れるわけがないだろう。俺は彼の存在を一生背負って生きていくのだと思っている。
二木さんが、大切な人と一緒に暮らしているから頑張って生活を維持したいと言っていたのは、クリニックに通い始めた最初の頃だっただろうか。次第に彼は仕事に疲れ始め、苦しみ始めた。
荒んでいく彼に俺なりに手を差し伸べたつもりだったのだが、あれは果たして正しかったのだろうか。そして、あの時俺がとった行動は、果たして許される事だったのだろうか。それが一年間の俺の悩みだった。
「そうだ。俺たちは小さい頃からずっと一緒だった。親に捨てられても、受験の時に言いがかりをつけられて会場を追い出されても、仕事の手柄を横取りされても、ずっと二人で寄り添って励まし合って生きてきた。それがお前のせいで……。社運のかかったプロジェクトの接待で失敗するような情報を流すなんて、意図的にやったとしか思えないだろう。お前は何がしたかったんだ? なんのために征司を追い込んだ? お前らなんて、何もしなくても能力者ってだけで優遇されるだろう? それなのに、ただ一緒にいたいっていう願いを叶えていたかった俺たちを、なんで陥れないといけなかったんだ?」
それは、骨身に染みるような悲痛な叫びだった。さっきまで見ていた悠然とした男と同じ人物とは思えないような、悲しみとやるせなさに翻弄されている、ごく普通の男だった。
「で、でも……。俺だってあの頃は必死で……。別に二木さんを殺人犯にしてやろうって思ってた訳じゃ……」
「じゃあ、何がしたかったんだよ!」
男の声に、恐怖で体が竦む。隣で漱の体もビクリと跳ねた。しかし、彼はそれでも目を覚さない。これだけ騒いでいて目を覚さないということは、何かされているのかも知れない。そう気づいて男へと目を戻すと、その目はいつの間にか瞳孔が開き、白眼は血走っていた。
——まずい、正気じゃない……。
さっきまでの余裕は何だったのだろうか。そう思えるほどに、今目の前に立っている男は常軌を逸した目をしている。見ているだけで心臓が震えてしまいそうなほどの、危険な表情をしていた。
「あ、あの時、俺は二木さんにずっと情報を提供し続けていた。交渉に同席して、相手がどう話を持っていけば好意的に受け止めてくれるのかを、俺が直接見て、その反応の声を聞き分けて、感情を見分けて伝えてた。でも、それはそんなに簡単なことじゃ無いんだ。それをするだけで神経がすり減るし、そうなると命が危うくなることもある。それでも、二木さんがどうしてもって言うから、ずっと同席してた。ただ、その報酬があまりにも少なくて、割に合わなくなっていったんだよ」
あの時、俺は二木さんの評価が上がっていくのに、俺への報酬はまるで上げてくれないことに不満を示した。それでも彼は相手にしてくれず、生まれ持ったものを使っているだけなら金をせびるなとまで俺は言われた。
情報は確かに役に立っているが、俺が優秀だからそれを活かせているんだ。二木さんはそう言って、俺を見下すような目で見た。
だから俺はやり返した。センチネルでも低レベルであれば、それほどいい思いは出来ない。その事を分かっていないミュートが、本当に嫌だったんだ。
俺は二木さんに、交渉相手が結婚するらしいという情報を渡した。式場の話を振ったところ、好意的な反応があったと嘘をついた。
でも、実際はその人は婚約破棄をされた直後で、二木さんの祝いの言葉が相手を激怒させてしまった。それでも、あれほど自信を持っていたのだから、俺はすぐにリカバリーできるのだろうと思っていた。
しかし、予想に反して彼は何も出来ずにいた。そのまま関係性を回復させることが出来なかった彼は、そこから先の交渉を悉く失敗してしまい、契約は全て白紙に戻されてしまったのだ。
もちろん、会社はそのまま引き下がるわけがない。担当を変えてくれればいいと相手に言われ、その通りにした。それだけだ。
二木さんが、会社での立場が悪くなったとはいえ、首にはならなかった。だから、それで良しとするべきだったのだ。
それなのに、その後の対応についての不満を会社に訴えてしまい、上司へ噛みついた。そして、次第に評価を落としていったらしい。
正直、俺からすると自業自得な話だった。あの人が俺もクライアントも人として大事にしていれば、こうはならなかっただろう。
それをまだ俺のせいだと思っているのだろうか。それならば、悪いが呆れてしまう。そう思った。
「お前らにとっては、どうでもいい話なんだろうな。でも、ミュートの俺たちは、特に学歴も大したことのない下っ端の層の人間には、一度の失敗でも取り返すのは大変なんだよ。それを知りもしないで、簡単にぶっ壊しやがって……」
俺は何を思えばいいのかが分からなくなっていた。確かに、俺は二木さんにとって良くない事をしたのだろう。でも、あの頃の俺は、それが分かっていなかった。
俺だって大変なのに、自分だけがいい思いをしようとするからバチが当たったんだろ羽……。それくらいに思っていた。
でも、祈里と過ごすうちに、自分の非を理解出来るようになっていった気がする。そうなってからは、自分だけが幸せになっていく罪悪感に時折潰されそうになっていた。
でも、この男にそれを言っても仕方がない。知ってもらったところで、俺の罪は無くならないんだ。
「俺たちはなあ、ただ幸せになりたいという願いを持つことも難しかったんだ。何を夢見てもいつも社会に邪魔されて、そのうち今日を生き延びれればいいと思うようになっていった。ただ、生まれて初めてもった願いだけは、それだけは叶えていたかった。ただ、征司と一緒にいたい、それだけだったんだ。でも、今はもうそれが叶わない。あいつはもう目を覚ますことは無い。俺の願いは、どれほど祈っても、もう叶うことが無いんだよ。その気持ちが、お前に分かるか?」
「……それはどういうことだ?」
寺井の話が、だんだん俺の思わぬ方へと向かっていく。想像もしなかった話に、息が詰まった。いくら吸い込んでも、肺にうまく入って来ない。何かが邪魔をしている。胸が潰れそうだ……。
「通り魔を起こした時には、あいつも正気じゃ無かった。だから医療刑務所に行ったんだ。ただ、そこで落ち着いてからの罪悪感に潰されて体を壊してしまった。そして、ちょっとしたことで寝込んだ時に気が触れてしまったらしくて、診察中に大暴れをして頭を激しくぶつけちまった。それ以来一度も目を覚ましてない」
「そんな……」
寺井の話にパニックを起こし始めた俺とは対照的に、彼はだんだんと落ち着いていくように見えた。そして、俺の手に書き殴ったような紙を一枚掴ませる。
「それは征司が俺にあてたメモだ。それを見て以来、俺はお前を地獄に落とすことだけを考えて生きてきた。これさえ達成すれば、もう捕まってもいい。命なんていらない。だから……」
『仁、俺の後をついて来てくれ。一人は嫌だ』
手が震えた。いや、身体中がまるでコントロールが効かない。全身が激しく震え始めていた。
俺のしたことは、これほど取り返しのつかないことだったのだろうか。この男が野本崇と共謀して、たくさんの人の命を奪い、目の前の無垢な少年を苦しみの中に落としていたのだろうか。その原因を、俺が作っていたのだろうか。
——でも、俺だって苦しかったんだ……。
そうして自己弁護を繰り返しても、寺井のしたことを思うと恐ろしくなってしまう。
十一人の命が奪われたのだ。俺を恨んだ男が、俺への嫌がらせのためにそうしていた。そんな事実を、どう飲み込めばいいんだろう。まとまらない考えの中に、激しい苦痛が襲ってきた。
「……はは、来たな。セルフケアが可能なお前でも、一人じゃどうにもならない状態まで落としてやるよ。お前は分かってないだろうけれど、じわじわと五感に刺激を与え続けている。もうすぐお前はゾーンアウトする。もがいて苦しんで、血を吹き出して、狂え。そして、無様に死んでいけ」
寺井はそういうと、俺の目の前にハンドライトを突き出した。そして、そのスイッチに手をかける。目の前でそれを押すと、俺の脳にはその全てを焼き切ってしまいそうなほどの情報量が流れ込んで来る。
——六千二百ケルビン、八百ルーメン……。やばい、強すぎる……。
視覚刺激が強すぎるからか、体がさらに細かく震え始めた。視界が歪む。目の前にいる寺井すらまともに見ていられない。その上息が苦しくて、今にも死んでしまいそうだ。鳴り止まない耳鳴り、恐ろしい男に掴まれている肌が、不快感に悲鳴をあげる。
「や、やめ……」
「あーあ、かわいそうに。そのままじゃ苦しいよな? じゃあ、俺が助けてやるよ。ほら、センチネルやめちまおうぜ。ここにちょうどいい奴がいるだろう? こいつを抱けばいいよ。そうすればお前はセンチネルの能力を失う。楽になれるぜ」
仁はそう言うと、俺の体を漱の上へと投げ出した。朦朧とする意識の中、何を思ったのか突然目隠しとマスクをされる。情報量が減り少し楽になった俺は、何とかしてその場から逃げようと体を起こした。
「うわっ、あっ、……えっ?」
抵抗しようとした俺の手に、何かが触れる。暴れた拍子にそれを弾くと、シャラリと心地よい金属の擦れ合う音がした。その音が、俺の脳へと刺激を伝える。それは処理を間違え、歪んだ情報を伝えて来た。
「……いの、り?」
楽になったと言っても、ゾーンから抜け出せなくなっているのは確かだ。焼き切れそうな感覚は、祈里のピアスの音を拾うと、目の前の人物を祈里だと錯覚した。
もちろん、そんなはずはない。それは俺にだって分かっている。でも、もう俺の体もとうに限界を迎えていた。そろそろ意識が途切れるだろう。その俺のベルトに、誰かが手をかける。
「……哲 さん」
それは漱の声だろうか。祈里にそっくりなその声だけでは、俺の体は彼を祈里として認識してしまう。愛おしげに触れられてしまうと、どうしてもそこは喜びに充ちていった。
「ははっ、最高だな。ほーら、お前たち。目の前にいるのは、お前たちの大好きな人だぞ。思う存分、愛し合え」
寺井はそう言って、狂ったような笑い声を上げた。そして、俺たちの様子を観察するために、歪んだ笑顔を貼り付けてベッドの端に座る。その手の中には、何かがジジ……と音を立てていた。
でも、もう俺は意識を保てなくなっていた。ここで死ぬ覚悟を固めて、最後に祈りを捧げる。
——祈里、幸せであってくれ……。
そう覚悟を決めた途端、体の奥に悍ましい刺激が走った。死ぬとはこういう事なのだろうか。そう感じていると、今度はそれと入れ替わるようにして強烈な快楽が走り抜けていった。
その二つが交互に訪れることで、俺はさらに深くゾーンを潜り、そのままプッツリと意識が途絶えてしまった。
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