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第4話 主人のいない犬

 気づかなかったんだ。  若はアンドロイドだから、修学旅行に行けないこと……。  僕は、てっきり一緒に行けるんだとワクワクしてたのに……。 「楽しんでいらして下さい」  出発の前夜、エネルギー補充を終えて、若は言った。  髪を撫でてくれる手が優しい。  若……。  若を残して一人出かけるなんて、心配だよ……。  第4話  主人のいない犬 「じゃあ……行ってくるから……」  車に乗り込んで、僕は切れ悪く言う。 「はい、お気を付けて」  若は笑顔で返してくれた。 「……あの、若」 「はい」 「あの……、……やっぱり何でもない」 「左様ですか。……では、私はここで」 「うん……あ!」  僕は思いついたように声を上げる。 「どうなさいました?忘れ物ですか?」 「うん、忘れ物」  若を引き寄せて、唇にチュッとキスをした。 「……結惟様……」 「じゃあ行ってきます!」  僕は運転手に指示すると、車を発進させる。 「若~、行ってきま~す」  窓から身を乗り出して手を振り続ける。 「浮気は、浮気はしちゃだめだよ~!」  ついでにさっき言いたかった言葉も叫んだ。  どうせ顔見えないし。面と向かってじゃ言いにくい……。  手を振り返す若の姿が、小さくなって、小さくなって、そして見えなくなった。 「おーい、いつまで手ぇ振ってんだー?」  隣にやってきた律さんに言われた。 「いえ、見えなくなるまで」 「もうとっくに人間の目には見えないって」 「ですね」  律さんと屋敷の中へ帰る。 「結惟、何だって?」 「行ってきます。だそうです」 「そりゃ当たり前だ。他には何か言ってなかったか?」 「そうですねぇ……」  遠のく結維様が、心配そうに叫んでらした……。 「浮気はしないで。と」  言うと、律さんは大笑いした。 「……何が面白いのか、私には解りません」 「あ? あー……要は他の奴を抱くなってことだ」 「私は元々、結惟様以外を抱く気は有りません」 「そうだよな。……まぁ、人間ってのは要らないことまで心配する生き物だからなぁ」  律さんが言った。  結惟様がお戻りになるまで5日。  その間はあまりエネルギーを使わないよう、省エネモードでいよう。恐らく4日間は大丈夫だ。 「若ぁ、薬大量に用意しといたから」  律さんが袋を差し出してくる。 「……出来たら飲みたくないんですがね……」 「は?」 「不味いんです、コレ」  にっこり笑って言う。  結惟様、どうかご無事で……。早く帰って来て下さい……。  最初3日間は調子がよかった。  4日目に、動きが鈍いのを感じた。 「いいから薬飲めって」  律さんは、無理矢理私の口を開き、薬を流し込んだ。 「…………不味い」 「我慢しろ。後2日だ」 「2日……長いですね……」 「じゃあ寝てるか? 睡眠モードに切り替えてやるぞ?」 「あぁ……それでもいいですか?」 「かまわねぇよ?」  律さんに“睡眠モード”に切り替えて頂く間、私はぼーっと考え事をした。 「あぁ……そうだ。ボトル缶にでも、結惟様の精液を保存しておけばよかったです」 「そりゃ止めろ。」 「駄目ですか? 名案なのに……」 「……つーか、人間がそれをやったら、本当の変態だぞ?」  律さんの言葉もよく聞かず、私は久しぶりに深く瞳を閉じた。 「あ、こんな所で切り替えて、どうすんだよ俺……」  律は自分の部屋だったことも忘れて、切り替えたことに後悔した。若は机にうつ伏せたまま動かない。当たり前だけど……。 「どーすっかなぁ? このオブジェ……」  頭を抱えた律のそばへ、一匹の黒猫が寄ってくる。そのまま、ぴょんとテーブルに飛び乗ると、律と同じように動きを止めた若を見つめた。 「――――か? 若?」  呼ばれて目を開けると、パジャマ姿の結惟様が立っていらした。 「結惟様……お帰りなさいませ」  重い身体を起こすと、結惟様は私に飛びついて来られる。 「若ぁ、良かったぁ!」 「だから、睡眠モードにしてあるだけだって言っただろ。聞け!」  律さんがコツンと結惟様の頭を叩かれた。 「ごめんね若っ! しんどくなかった? すぐエネルギー補充しようね!?」 「あぁ……それは助かります」  結惟様に手を引かれながら、律さんの部屋を後にする。 「……あー、やっとオブジェがなくなったなぁ」  若の伏せていた机をなでながら律は言う。  すぐにエネルギー補充しようね!? だって。 「……なんつう誘い文句だよ?」  結惟の言葉を思い出して、俺は腹を抱えて笑った。 「よかったなぁ若。単純で天然なご主人様で……?」  まだ人間として生きていた頃の、若の写真に呟いた。  ムードなんてそっち退けで、若にエネルギーを注いだ。 「久しぶりの結惟様です……」  口元を拭って、若は言う。 「元気出た?」 「はい」  若が穏やかに笑う。僕は安心した。 「結惟様も久しぶりのせいか、濃いですね」 「う……、と……僕のについての感想はいいから……」 「左様ですか? ……私は濃い味も好きですよ。結惟様のものならどちらも好きです」  爽やかに言ってくる若が不思議だ……最近はけっこう慣れたけど……。 「……まだまだ足りないよね?」 「はい」 「……だよねぇ。……って、わっ!?」  苦笑してると、若に押し倒される。 「足りないので、もっと結惟様を下さい」  ドキドキするような口説き文句、ずるい……。それに対して、思わず「はい」と言ってしまう自分も、悲しい……。 「あっ……! わかぁっ、もうダメだよぉっ……!!」  涙で顔を濡らしながら若に訴える。けど……。 「今夜は眠らせません」  上機嫌に言われて、僕はまた腰を奮わせる。 「あんっ……もぉやだぁ!!」 「そう言いながら、応えて下さる結惟様が好きです」 「ゃあんっ……!」  僕自身に対しての若の告白も、朦朧とした意識の中ですぐに塵と化した……。

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