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第9話 大好き
「好きです」
「好きです」
「結惟様が好きです」
若が何度も繰り返すから
それを本当だと思いこんでしまっていた……。
忘れていた現実が、目の前に壁を作る。
若が、アンドロイドだということ……。
感情も、言葉も、すべてインプットされたものだって……。
第9話
大好き
僕らは硬く手を繋いで、森の中を駆け抜ける。
「結惟様、こちらへっ」
若はフワリと僕を抱き上げ、身を隠すように低い崖下へ飛び降りる。
若の体に抱きついて、息を潜めた。
「おいっ! いたかっ!?」
「いいえ、こちらへ行かれたのは確かですがどこにも……」
「まさかもうそんなに遠くへ行ってしまわれたのか……? ……捜索範囲を広げる。必ず結惟様を見つけだすのだ!」
「……若様はいかがいたしましょう……?」
「……あいつは結惟様を唆す不届き者だ……抵抗するようなら殺してかまわん……」
言葉に、僕の心臓がビクリと跳ねる。不安で若を見上げると、微笑みが返ってきた。
暫くすると、辺りは静寂を取り戻す。
「……どうやら行ってしまった様ですね」
「うん……」
若の手を借りて崖を登る。
「若……これからどうしよう……」
「とりあえず、あの道を抜けて、隣国へ入りましょう。迂回すれば検問も無かったはずです」
「……うん」
僕はうなずいて、若の手を握る。
僕は大国の王子で、若は僕の教師。
だけど、僕は若を愛してしまって……。
若も、同じように僕を愛してくれた。
それが側近の律にバレて、僕らは城を抜け出した。二人で幸せになりたくて…………。
「大丈夫ですか、結惟様……」
「うん、平気……。それより、若」
「はい」
「二人の時は敬語禁止……でしょう?」
僕はねだるように若を見る。
「……そうだね、結惟」
対等にしてくれると、安心する。
僕は若を引き寄せて、チュッとキスをした。
陽も暮れて、僕と若は野宿が出来そうな小さな洞窟を見つけた。薪になる小さな枝を拾って火をつける。
「……暖かいね」
「あぁ……」
若に寄り添うと、若は僕の背に腕を回して、更に引き寄せる。
持って来たビスケットを二人で半分こした。
いつも囲む豪華な食事や、ふかふかのベッドはない。だけど、若が隣にいてくれたらそれで幸せだった。
「結惟……愛してる……」
若は僕の耳元で何度も囁く。
「……もっと言って。……僕も若を愛してる」
もしかしたら、この幸せは長く続かないのかもしれない……。
もしかしたら、今にでも律に捕まるかもしれない。
そうしたら、僕を連れ出した若の罪は重い……。
もしかしたら………命はないのかもしれない……。
「若……若……」
考えるだけで恐ろしくて、何度もその体温を確かめる。
あたたかい温もり……。
僕の大好きな温もり……。
「……ねぇ若……抱いてよ……」
「だけど結惟、ベッドもないのに……キレイな身体に傷でもついたら……」
「いいよそんなの! ……そんなの、気にならない……」
誘うように、若の首に腕を回す。
吸い付くように舌を絡めて、唇が腫れそうなくらいキスを繰り返す。
若の手のひらが、優しく僕の素肌を撫でる。
若はいつも、壊れ物を扱うかのように僕に触れる。
……もっと強引に……。
もっと痕が残るくらいしてくれたら……。
二度と若の熱が冷めないくらいに、激しくしてくれたら……。
「んん……あ、ぁ……!」
吐き出す精液を、若はすべて口に含んで飲み込む。
「……もっとくれ、私に……結惟のすべてを……」
「うん……」
にっこり笑って、僕は若の起立したペニスの上に腰を落とす。慣れたそこが、喜んで若を受け入れる。
「……んっ……あっ、若ぁっ」
「結惟、結惟……愛してる……」
「僕っ、も……若が、いちばん……」
一番愛しい……。
自分より、ずっと……。
目の前にいるこの人が、一番愛しい……。
「結惟、可愛い……愛してるよ……全部、私のものだ……」
そう言ってくれる若の顔が、涙で見れないのが口惜しい……。
若の優しい言葉が、優しい熱が、感情がが、僕の身体に染みていく……。
若……。
明日がわからないのなら、いっそのこと、ここで死んでしまった方が幸せなのかもしれないね……。
若に抱かれたまま……このまま二人で、逝けそうな気がするんだ……。
目を覚ますと、若の姿が見えなかった。
僕は慌てて、かけていた布を捲る。
若のマント……。
「若っ、若っ!」
洞窟から出ると、若が水を手に立っていた。
「おはよう、結惟」
「……お、はよう……」
「水汲んで来たから、顔洗って。……どうしたの?」
僕は精気の抜けたような顔で若を見る。
安心して、瞳から涙が溢れた。
「よ、良かった……! 若がいないから、ひょっとしたらって……僕……」
「……ごめん結惟、心配させたね」
若は大きな腕で僕を包んでくれる。
「……もう、勝手に何処かへ行っちゃダメ……」
「ごめんごめん。もうどこへも行かないよ」
「…本当?」
「本当。約束」
小指と小指を絡ませる。
身支度を整えて、僕らはまた歩き出す。
そこへ行けば有るだろう、楽園を信じて……。
だけど、現実は上手くいかない。
僕らはたどり着く途中で律に見つかった。
歩く僕らが、馬のスピードに敵うはずない。あっと言う間に囲まれる。
「……結惟様、こちらへ」
律の声に、僕は首を横に振る。
「…さぁ早く。……若がどうなってもいいのですか…?」
ビクッと身体が跳ねる。……怖い……。
「若を……どうするつもりなの……?」
「どうもしませんよ。結惟様が大人しくして下さるのなら」
僕は涙を堪えて若を見る。
「……大丈夫です、結惟様……。さぁ、早く律の元へ……」
若は僕にキスをくれ、言った。
名残惜しい手を、離す。
兵士に誘導されて、馬車へ乗り込む。
走り出すと同時に銃声が聞こえた。
「……若……?」
僕は馬車の窓から外を覗く。見えるはずの姿が……ない。
「若……若っ!」
転げるように馬車から飛び降りた。
僕を止めようとした兵士のせいでバランスを崩し、身体が地面に叩きつけられる。
痛みなど感じない。
銃を持ったままの律の隣を抜け、血溜まりに膝をつく。
「……若……?」
呼んでも返事がない。
生温かい、赤い水が足を染めていく。
「若……若……返事してよ……」
「……結惟様、もう無駄です」
律の声なんか届かない。
「若……ねぇ、若……返事してよ、ねぇ。約束したじゃない、何処へも行かないって……約束したじゃないかっ!」
動かない若に、僕は怒鳴りつけた。
硬くなっていく身体が、完全に僕を無視する。
「若、ねぇ……目を覚ましてよ……。若、こんなの嘘だって、夢だって言って、愛してるって……言って……?」
溢れる涙は、何も変えてはくれない。
真っ黒が
僕を染めた。
「はいはい、そこまで」
パチンと律さんが指を鳴らすと、辺りの物がスッと消える。
暗がりの照明と、冷たい床。血溜まりもない。
「名演技だな、二人共」
律さんが満足そうに言う。
「……律さんも、お上手でしたよ」
ゆっくりと若が起き上がり、いつもの微笑みで、僕を見る。
「結惟様も、お上手でしたよ」
……お上手…?
「お上手って…………お上手って何だよっ!!?」
僕は立ち上がって若を睨む。
「上手って……バカにしてんの!? 僕は本当に、本当に、若がいなくなっちゃうんじゃないかって……本当に……」
「……結惟様……あの……」
困ったように伸びる若の手を払う。
「もういいっ! 若のバカッ! 若なんか嫌いっ!」
怒鳴りつけて部屋を飛び出した。
「……結惟様……」
「……あーあ……マジで怒っちゃった……」
律が困ったように頭を掻いた。
部屋のベッドに潜りこんでわんわん泣く。
いくら芝居だからって、あんなにリアル過ぎるのなんて、酷い。
僕は本当に、若が死んだんじゃないかって……。
本当に、二度と会えなくなるんじゃないかって……。
二度と抱きしめてもらえなくて、呼んでも、好きとも、言ってもらえなくなるんじゃないかって……。
――怖かった……。
そして、愛しかった。
心の底から「若が好きだ」と、愛しいと、実感してしまった。
なのに……。
「結惟様……」
頭上から、若の声がする。
「結惟様……申し訳ございませんでした」
顔を出して若を見る。困り果てた表情……。
「……謝るのなら言わないでよ……」
冷たく若に言った。
「はい……申し訳ございませ」
「違うっ!」
若の言葉を、途中で遮る。
「……違うの……ごめんなさい……」
そんな言葉が欲しかったんじゃないんだ……。
そっと若に腕を伸ばして、抱きつく。
「結惟様……?」
「若……僕……僕、若が好き」
正直に口にする。
「僕、本当に若が好き。大好き。だからもう……嘘でもいなくならないで……」
若は動かない。僕を抱きしめようともしない。
「……若、どうしたの……?」
見上げると、困った顔……。
「……結惟様……申し訳ございません……」
「……え?」
「私は……結惟様のそのお気持ちに、応えることが出来ません……」
いつもの、冷静な調子で言う。
……どうして? いつもならもっと優しいのに……。フラレた……?
途端に情けなくなって、僕は若から離れる。若は逃がすまいと、逆に僕の身体に手を伸ばす。
「結惟様!」
「やだ……離して!」
「離しません! 結惟様、聞いて下さい!」
「聞くって何を? 僕をふる理由? そんなの聞きたくない」
「違います、結惟様、そうではなくて、解らないのです!」
若は震える声で言う。
「私には、解らないのです。結惟様が好きだと言って下さる、その感情が」
「感情が解らないって……」
「……所詮、機械ですから……」
若の言葉が胸に刺さる。
そうだ……人間じゃなかったんだ……。アンドロイドだったんだよね……若……。
「私は、行動や言葉のすべてをプログラミングされています。好きや、愛してると、言葉にすることは可能です。しかし、それがどのような感情なのか解らないのです。嬉しいのか、悲しいのか、解らないのです」
「若……」
「ですから、結惟様のその感情が私には……」
「うん……もういいよ……」
溢れそうな涙を堪えて言う。
だって、僕より若の方が、ずっと悲しい顔をしてる……。
「私は……結惟様のお気持ちに、本当にお応えすることは出来ません……。しかし、貴方から離れては生きられないのです……」
「エネルギーが精液だもんね」
僕はクスッと笑う。
「はい」
「僕のが一番美味しいんだもんね?」
「もちろんです」
戸惑うことなく若は返事をする。
「……わかった。でも、やっぱり僕は若が好き……」
「結惟様……」
「だから、何処へもいかないで……僕の側から離れないで……」
「もちろんです。私はすべてをかけて結惟様をお守り致します。お側におります」
例え……それがプログラミングされた事だとしても……。
僕は……若を嫌いになることなんて、出来ない。
「若……大好き。愛してる……」
ゆっくりと唇を重ねる。
「若も言って?」
「……しかし……結惟様に失礼だと……」
「ううん。そんなことない。……ねぇ、言って?」
若は戸惑いながらも
「愛しています」
そう言ってくれた。
僕はズルい……。
若が解らないのを逆手にとって「愛してる」と言わせるなんて……。
「離れない」と約束させるなんて……。
だけどね……。
若、大好きだよ。
若が人間じゃなくても、
感情がわからなくても、
僕は若が好き。
だからずっとそばにいて……。
これからもずっと、僕の側にいて……。
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