13 / 18

第12話 若のいない日

 普段一緒にいると、気づかないことってある。  離れてしまって初めて、  寂しい  会いたい  大好き  いつもより、そんな感情が湧いてくる。  若はいつだって、僕の側にいてくれると思っていた。  突然離れることになるなんて、思ってもみなかった……。  第12話  若のいない日 「はぁぁぁ~……」  最近の僕はため息が絶えない。 「そんなにため息ばっかりだと、幸せが逃げるぞ」  僕のフカフカのベッドに横になり、お菓子をつまみながら雑誌を読む彼。  銀色の髪が眩しい、若と同型のアンドロイド・シオン。  若と違って、口も悪いし態度もデカい。でも犬みたいに人なつっこい。不思議な彼。  なぜ彼がここにいるか。話は数日前に遡る。  その日、僕と若はいつものように帰宅した。  部屋の中には、待ってましたと言わんばかりに仁王立ちの律さん。 「若、帰るぞ。博士からの呼び出しだ。定期メンテナンスするってさ」 「メンテナンス……。あぁ、忘れていました。もうそんな時期ですね」  ……と言うわけで、一時帰ることになった若。 「早く帰って来てね」  僕が言うと、若は少し困ったような顔をした。 「……はい。出来る限りは」 「約束ね」  僕は小指を出す。 「はい。……約束です。必ず」  若は自分の小指を絡めた。  シオンがやって来たのは、若と律さんが発った日の夜。  お風呂から出ると、彼は当然のように部屋でくつろいでいた。 「よぅ」 「……よ、よぅ……?」  僕を見るなり、彼は言う。  ……って言うか、誰ですか。あなた。 「は? 律から聞いてねぇの?」 「……何も」  面倒くせぇなぁ、と彼は舌打ちをする。  何が面倒くさいんだよ……? 「俺はシオン。若と同型のアンドロイド」 「シオン?」 「若が戻るまでの間、俺が若の代わりをしてやる。ありがたく思えよ」 「はぁ……」  代わりなんて要らないのに……。なんて思うけど、言うとシオンに悪いから、黙っておいた。  ――と言う訳で、シオンとの生活が始まった訳なんだけど……。 「結惟も食うか?」  お菓子の袋を差し出しながらシオンは言う。 「要らない。……シオンこそ、飲食して平気なの?」 「ん? 平気平気。俺は人間と一緒で、食物をエネルギーにしてるから」 「えっ、そうなんだ」 「最近はそういう風に技術が進んでんだよ。若もそっちに切り替えて貰ってんじゃねーの?」 「……ふーん……」  切り替え……かぁ。  なら、もう僕の精液は必要なくなるのかな……?  何て思って、沈み込んじゃう自分が、少し恥ずかしい。  ……若、早く帰って来て……。 「……はぁ」  先程から、ため息が非常に多くなってきました。 「どうした、若」 「いえ……別に」  ふーん、と言いながら、律さんは私の前に硝子瓶を置く。 「飯でも食えば?」 「……だからこれ、不味いんですって……」  結惟様の精液が頂きたいです。  瓶の中の薬品なんて、結惟様の精液と比べる価値もない。やっぱり搾りたてが一番なんです。 「食物からエネルギーがとれるように、替えて貰わなかったのか?」 「えぇ。切り替えに丸一日かかるそうで、それから3日きちんと出来ているか確認がいるそうで……。一刻も早く帰りたいですから」  私はにっこり笑って言う。律さんはちらりと私を見た。だけど、すぐに視線を雑誌へ戻す。 「…………帰れるんだろうな?」  呟くように律さんは言う。 「帰ります。結惟様との約束ですから……」  私は笑みを返した。  コンコンとドアがノックされる。 「若、検査の結果が出たよ。真希さんが呼んでる」 「はい」  呼びにきた男性は、若と入れ違いに部屋に入る。小柄で痩せっぽちな男だ。貧弱そうにも見える。  この男こそが、結惟の父・惟織である。 「何か異常がありました?」 「いいや。何も。ただ、真希さんが話したいからって」  惟織は穏やかに笑った。纏う雰囲気は結惟に似ている。 「話が終わるまで、お茶でも飲んで待っていようか」  パンパンと手を叩くと、メイドが出て来てお茶の用意をした。もちろんこれもアンドロイドだ。  律と惟織はテーブルにつく。 「……結惟くん、だいぶ真希さんに似てきたね」 「え? あぁ……、そうですね、顔はそっくりです」  律は結惟を思い出しなら言う。 「…………若、帰れますよね?」 「もちろん。だって若は真希さんの自信作だから。結惟くんを任せられると信じてる」  惟織は紅茶を口にしながら、躊躇いもなく言った。 「そんなに心配なら会えばいいのに。……きっと結惟は喜びますよ。“死んだ”って教えられていた母が生きてたんですから」  律の言葉に、惟織は苦笑する。 「でも、真希さんには言い出す勇気がないんだよ。ああ見えて、家族の前では小心者だから。……半陰陽だと言って、結惟くんに嫌われるのが怖いんじゃないかな……」 「別にもう、その現実が受け入れられない年齢でもないでしょう」  と言うか、自分は息子を同性愛者にしたくせに。と律は思う。 「そうなんだけどね。……もう少し先かな……?」  惟織はクスクスと笑った。  顔や体格の滑らかさは女のようで、態度や口調はまるで男。  真希を目の前にすると、まるで結惟がそこにいるようだ。  無論、結惟は完全に男だが、結惟は母である真希にとても似ている。 「正常、正常。どこも悪い所なし」  真希は結果をテーブルに置きながら言う。 「本当に食物からエネルギーを取れるように替えない?」  真希の誘いに、若は「いえ」と首を振る。 「結惟様から、早く戻れと命を受けております」 「……帰れ……ねぇ」  真希はちらっと、睨むように若を見た。  若の主人は結惟だか、それ以前に、作製者である真希の許しを得ない限り、独断では帰れない。  結惟との“約束”を躊躇ったのもその為だ。 「真希様、どうかお願い致します。私を結惟様の元へ行かせて下さい」  若は真希に深く頭を下げた。 「若。お前は俺の最高傑作なんだ。多分お前以上のものは造れない。作製者が最高傑作を手元に置いておきたい気持ち、分かるよな?」 「……はい。それは重々承知の上……」 「うーん。どうしよう」  真希はまた、ちらっと若を見た。若はまだ、頭を下げたままだ。 「なぁんて。嘘」  真希は若の前に進み出る。 「顔上げろ。お前を結惟から離すつもりはない」  若は礼を言って、顔を上げた。 「お前の記憶回路を確認した。結惟に告られてんじゃん」  真希は二ヤッと笑う。 「俺には内緒にしておくつもりだった?」 「いえ。その…………。私には、そういった感情がどういうものか解りかねまして……」 「あぁ、そっか。感情回路入れてなかったか」  真希はもう一度、若の検査結果に目を通す。 「じゃあ、今度来たときには入れてやるよ。そうしたら結惟の気持ちも分かるようになるし、気持ちに従って、行動出来るようになる」 「かしこまりました」  若はまた、頭を下げた。 「だけど、結惟が若を気に入ってくれて、本当によかったよ。どっかの馬の骨に結惟をやるより、断然いい」 「……真希様は結惟様にお会いになられないのですか?」 「俺? そうだね……死んだって教えてあるから、このままでもいいや」  真希は若の記憶回路からコピーした、結惟の写真を見て笑う。  実際、結惟を抱けと言ったのは真希自身だ。謎の装置を送ってきたのも、全部。  なぜそのような行為に及ぶのか、若は聞かされていない。ただ、データ採取のため、としか分からない。 「俺に似てきたね」 「えぇ、そっくりです」 「可愛い……」  そう微笑む表情は、紛れもない母親の顔。 「お母様が生きていると分かれば、結惟様はとてもお喜びになると思いますが?」  若は言う。  でも、今はまだ、このままで……。真希はそう答えた。  若が帰ってから、実に一週間が経とうとしていた。  シャワーを浴びながら、僕はやっぱりため息をつく。 「若ぁ……早く帰って来てよ……」  一人じゃ寂しい。若の声が、腕が、体が……恋しい。  こんなに長い間、セックスしてないのも久しぶりだ。慣れた体は、セックスしないと疼いてくる。 「若ぁぁ……。エネルギー溜まりまくりだよ?」  ポソッと呟く。  ザァァとシャワーのしぶきが足元にかかる。  …………一人でしようかな……?  ふっ、と考えが頭をよぎる。  部屋にはシオンがいる。  するなら、ここしかない。  ここなら、水と一緒に流れていく。  証拠も残らない……。  僕は初めて自分で慰める為に、自分に触れた。  若に教えてもらった気持ちのいい場所を、指でクニクニと弄る。  ムクムクと頭を上げる、僕のモノ。  若は……いつもどうしていたっけ?  いつも優しく触れてくれて  僕の感じてる姿をじっと見ていて 「エッチですね、結惟様」  そう囁くんだ……。  思い出すと、恥ずかしいけど気持ちよくて。  僕は夢中で自分をしごきあげる。 「……っぅ……」  声が溢れそうで唇を噛む。  あっ……、イクっ――!  ドクンとペニスから精液が飛ぶ。  鼓動に合わせて、ポタポタ落ちると、そのまま水と共に排水口に流れていった。  ……あー……やっちゃった……。  気持ちは幾分すっきりした。だけど、一人でするのって、何だか虚しい……。 「若……早く帰って来てよぉ……」  やっぱりため息が出た。  風呂から出ると、ベッドの上にシオンの姿がない。  どこ? と思うと、シオンは鏡の横の台の上をじっと見つめている。 「珍しいね。起き上がってるなんて」  この部屋に帰れば、即ベッドに寝転がるシオンの横に並んで言う。 「……この写真……」  何かと思えば写真を見ていたのか……。 「こっちがお父さん。知ってるでしょ? で、こっちは亡くなったお母さん」  写真を指差して言うと、シオンは黙ったまま。 「お母さんは、僕が赤ちゃんの時に亡くなったんだって。だからよく知らないんだ」  そう言って、僕は水を飲もうとテーブルに向かう。 「……ふーん。そういうこと……」  シオンが呟く。 「え? 何?」  よく聞き取れなくて、僕はシオンに聞き返す。 「いや、何でもない。…………ところで……」  シオンはぴょんと僕の後ろに飛んでくると、耳元で囁く。 「溜まってんなら言えばいいのに」  驚いて、コップを落としそうになった。 「一人でヌくなんて水くさいじゃ~ん」  二ヤッと笑うシオンの顔。 「なんっ……で……」 「俺、アンドロイドですから。超耳いいもん。声くらい聞こえてますよ?」  は、恥ずかしいっ!! アンドロイドの聴覚をなめていた。  逃げ出す暇もなく、僕はシオンに抱き抱えられる。 「ちょっ、ちょっと! 僕はシオンとする気はないっ」 「そう言われても、俺、若の代わりだからなぁ」  僕は力の限り暴れてみる。もちろん無意味だけど。 「主人に命令されない限り、勝手なことしちゃダメだろっ!」 「主人? あー、心(ココロ)のこと?」  心――僕はその子を知っている。  律さんの弟で、僕と同い年。だけど頭はものすごくよくて、アメリカの大学を飛び級で卒業してる。今はお父さんと一緒に、研究に没頭してるって話だ。  笑った顔が女の子みたいに可愛い、あの心が、こんな奴の主人……? 「こんな奴って、ひどいなぁ」  シオンは僕をベッドに押し倒しながら、ゲラゲラ笑う。 「俺の主人は心だ。心には“若の代わりに結惟のところへ行け”としか指示されていない。行ってどうしろとの指示はされてないからな」 「だからって、ちょっと!」  素早い動きでパジャマのスボンとパンツをおろされる。 「ア、アンドロイドってみんなこんななのっ!?」 「みんなじゃねぇよ。俺は若と一緒、夜用ベースだからな」 「よ、夜用ベースって……。ってことは、基本的に心が相手じゃないの!? 浮気する気!? アンドロイドのくせに」 「残念ながら、俺には感情回路が組み込まれてる。人間と同じように、命令以外に自分の私利私欲で動くことが出来るんだ。若みたいに“主人以外は抱かない”なんて従順な考え、俺には無くてね。チャンスがあれば、いろいろ試してみたいのさ」  何それ?感情回路?  とにかく、もう何を言っても無駄ってこと? 「それに、若が必ず帰って来るって保証はない」 「……えっ……」 「お前は確かに若の主人だ。主人の命令は絶対。でもそれ以上に、製造者の命令に逆らうことは出来ない。スクラップにされちまうからな。つまり、製造者である博士から、再び行けと指示が出ない限り、若は帰って来られない」 「……そ、んな…………」  だって……約束……。  指切りする時若が困っていたのは、そのせい……?  ……嫌だ。  嫌だよ!  僕は若以外に抱かれたくないっ!  僕はぎゅっと目を瞑って、体を強ばらせた。 「それじゃ、いただきまー……」  シオンの吐息を感じた瞬間、それを打ち消すように、僕の上を風が通り抜ける。  ダンっ! と壁に物がぶち当たる音。  驚いて目を開けると、若がシオンの背中を壁に押し付けている。 「……シオン……あなたという人は……」 「やぁだ。若ってば帰って来ちゃったの?」  若に睨まれて、シオンは苦笑する。 「博士の許可も得ていないくせに、結惟様に触るな」  若はいつになく低い声で言う。 「ちょっとしたイタズラだろ?」 「本気だったくせに」  僕はボソッと言う。 「ほーう? 心さんと博士に報告しましょうね?」 「わーっ、ちょっとまて!心には言うな。アイツにバレると説教長くて面倒くさいんだって」  シオンは慌てながら言った。  少し遅れて、律さんが帰ってくる。僕のシオンに対する態度と、若のオーラからして、何かあったなと予感する。 「おい、シオン。お前こいつらに何したんだよ?」 「んー。何でも。じゃあ俺帰るから」  そう言って、シオンはそそくさと去って行った。 「はぁー。何か落ち着いたなぁっ」  僕は二人を見ながら、久しぶりに笑顔をこぼす。 「疲れた。風呂入って寝よう」  律さんも伸びをして、部屋を後にしようとする。 「異常はないってさ。よかったな」  振り返って律さんは言う。 「今までと同じ生活だぞ。若のやつ腹減ってるから、ちゃんと食わせてやれよ」  律さんの言葉に、僕の胸が高鳴る。  じゃあ……まだ僕の精液がエネルギーなんだ! 「はぁ~い」  機嫌よく返事をして、律さんを見送る。  パタンとドアが閉まって、若と久しぶりに向かい合う。 「お帰り、若」 「申し訳ございません。もう少し早ければ、あの様なことには…………」  若は頭を下げて言う。 「いいよ。何もなかったし。若が帰って来てくれて、本当に良かった……」  ぎゅっと若に抱きつく。  暖かくて、優しい腕が抱きしめて返してくれる。 「お腹、空いてるんでしょ……?」  僕が聞くと、若は「はい」と笑顔で答えた。  若の口の中は、この世のものではないくらい気持ちいい。さっき吐いたばかりなのに、僕はすぐに若の口内で射精する。 「……結惟様、ご自分でなされたのですか?」  精液を飲み込んだ若は言う。 「久しぶりにしては、少々薄めなので……」  うぅ……。そんなことも分かるのか……。アンドロイドの味覚をなめていた……。 「結惟様のものは一滴残らず頂きたいのに……。やはりもう少し早めに戻るべきでした」  僕の垂れたぺニスに唇を寄せながら見上げられる。 「だってぇ……一週間もしてないと……ね?」  苦笑しながら言い訳する。 「……早くしたいですか?」  若の問いに、小さな声で「うん」と答えた。  本当に恥ずかしい話なんだけど、僕にとってのセックスは、若が入れてくれて完了する。だから、入れてもらえないと、どこか満たされない。 「……っふ、あっ……」  クチュンと音をたてて、僕の中から若の指が抜ける。 「おやおや、物足りなさそうにヒクヒクしていますね」  僕のお尻の穴を見つめて、若は言う。  自分でも分かるのに……。声に出されると、尚更恥ずかしい。 「い、いいから。……早く頂戴……」  ねだると、すぐに若のペニスがあてがわれる。ググッと一気に侵入してきて、僕は詰めている息を吐きながら、それを受け入れた。 「あっ、ん……」 「嬉しいですか、結惟様。いつもより絡みついてきますが?」 「う、嬉しい……よ……」  久しぶりに感じる若の律動は、いつもよりずっと気持ち良く感じる。  やっぱりこれがなきゃ、僕はもう満たされない……。そう実感して、恥ずかしくも嬉しくなる。 「若が好き。大好き」 「結惟様……。ありがとうございます」  僕の気のせいかもしれないけど、若が嬉しそうに笑った。  早く。ゆっくり。  良いところを丹念に突き上げられて、僕のペニスから精液が漏れる。 「はっ、あっ……若、もぅ……だめだよぉっ!」  涙と汗で顔につく髪を指で撫でとりながら、若はキスしてくれる。  また、ドクン、と精液が飛んだ。  訳がわからなくなる頭で、離れないように必死に若に抱きつく。 「若が大好き、大好きっ」  何度も叫ぶ。 「結惟様……嬉しゅうございます」  若も熱を持つ声で返してくれる。  唇を重ねたまま、最後は二人一緒に果てた。  若の腕に抱かれたまま、瞳を閉じる。  僕が求めていた腕、鼓動、熱……。  若がいる幸せを感じてる。 「寂しかったんだから。……もういなくなっちゃダメ」  呟くように言う。 「はい。離れず、結惟様の側におります」 「約束だよ?」 「はい。約束です」  僕が小指を出すと、若は躊躇いなく絡めてくれた。  約束だよ。  もう僕から、離れないでね……。

ともだちにシェアしよう!