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第13話 あなたとデート

 若は、人間の感情がどんなものか、解らないって言う。  だけど……時には、人間みたいな行動をとることもあるんだ。  感情に任せて動くような……。  第13話  あなたとデート 「よしっ!」  僕は山と積まれた本を見て、気合いを入れる。  今日は図書委員会の仕事。後輩の秀樹くんと本の整理をする。 「未返却の本も沢山ありますね」 「うん。呼びかけはしてるのにね」  僕は苦笑して秀樹くんに言う。 「とりあえず、本棚に片付けましょうか」  両手に沢山の本を抱えて、一つずつ丁寧にしまっていく。  高い所はどうしても背伸びしなきゃならない。  上手く入らなくて、落ちかけた本を若の手が止める。 「大丈夫ですか?」 「うん。ありがとう若」 「お手伝い致しましょうか?」 「大丈夫だよ。あと少しだし」  若と話していると、秀樹くんがやって来る。 「高い所の本貰いますよ、先輩」 「いいの?」 「いいですよ。先輩は入れやすい所から、どんどん入れて行って下さい」 「じゃあ……これお願い」  お言葉に甘えて、僕は秀樹くんに本を渡す。 「代わりに低い所の本貰うよ」 「いいんですか?」 「うん」  僕が受け取った本を、そのまま若が取る。 「お持ち致します」 「ありがとう若」  僕が笑顔で若にお礼を言うと、 「やっぱりいいです」  と秀樹くんは怒ったように若から本を取り上げる。 「……どうしたの?」 「いいえ。惟織先輩は図書委員じゃないので、手伝わせるのは悪いかと思って」  顔は笑顔なのに、怒ったような声。  でも、確かに若に手伝ってもらうほどの量じゃないし……。 「若、やっぱり外で待ってて。すぐに行くから」 「ですが……」 「大丈夫だから。ね?」 「……かしこまりました」  若は渋々図書室を出て行く。  僕らは黙々と片付けをする。でも大半は秀樹くんがしてくれて、僕は随分楽させてもらった。 「ありがとう秀樹くん」 「いいえ。全然平気ですよ」  片付けが終わって笑い合う。 「じゃあ、若待たせてるから……」  出て行こうとすると、秀樹くんが僕の腕を掴んだ。 「待って先輩。……今度の日曜日お暇ですか?」 「日曜日? ……うん、予定は入ってないけど……」 「なら、これ……一緒に行きませんか?」  秀樹くんは美術館の限定チケットを手にして言う。それは僕のすごく見たかったものの展示会。だけど予約制で人気があるからチケットが手に入らなくて諦めていた。 「先輩、見たいって言ってましたよね。たまたま両親の都合が悪くなって、俺に譲ってくれたんです。だけど、行く相手もいなくて……」  一緒にどうですか? と誘ってくれる。 「僕でいいなら行ってみたい」 「だけど入場は二人までなんです。俺と先輩でいいですか?」  二人だけ……。若は連れて行けないんだ……。  何だかデートみたい……どうしようかな……。 「ちょっと考えてもいい? 明日の返事じゃ駄目かな?」 「いいですよ。待ってます」  秀樹くんはニコッと笑った。  帰りの車内。  僕はさっきのことをどう切り出そうか迷っていた。 「あの…………若」 「はい?」 「あの、今度の日曜日なんだけど……」 「先ほどお話されていた件ですか?」  若は全部分かっているような口振り。僕は驚いて若を見る。 「すみません……耳が良いもので全部聞いておりました」 「あ。そっか……」  僕はそれ以上、言葉に詰まる。  さっきの会話、若はどんな気持ちで聞いていたんだろう……。 「お出かけなされてもよろしいのでは? 結惟様が見たいと思われていたものなのでしょう?」 「うん。……行って来てもいいかな?」 「勿論。楽しんでいらして下さい」  若はまったく気にしてないような笑顔で言う。  他人とデートするようなものなのに、若は何も思わないの……? 「……分かった」  僕は何だか悲しくなって、ムッとして言った。 「……今日は一人で寝たい」  結惟様にそう言われたのは初めてです。  そう言われても、どこで夜を明かしていいか分からず、律さんの部屋へお邪魔することに。 「つーかさぁ、結惟怒ってんじゃん。何したのお前」  缶ビール片手に律さんに言われる。 「それが……結惟様が日曜日にお出かけしたいと申されたので、どうぞと申し上げたらああなりまして……」  私にも結惟様が怒る理由が分からないのです。  仕方ないので、その経緯を律さんに説明すると、 「そりゃデートじゃん」  と律さんは言った。 「デート……ですか?」 「そ。恋人と一緒にお出かけすること」 「恋人……」  そうだったんですか……。結惟様と秀樹さんは…………。 「まぁ、それに近いもんだな。それに、デートに“行って来い”なんて、お前に言われたら嫌だろうなぁ……」  結惟ってば、お前にベタ惚れだし。浮気して来いって言ってるようなものだし。  律さんはそう話し続けていたのですが、残念ながら私の耳には届いておりませんでした。  私にとって、恋人だったという事実の方が驚きだったのです。  結惟様と秀樹さんがそんな関係だったとは……。  翌日、結惟様は秀樹さんにお返事をしに参られました。  しかしながら、私はついて行くことは出来ません。図書室の外で、ただ結惟様が出て来られるのを待つ身。  ……虚しいとはこのような状態を言うのでしょうか……。 「帰ろう」  出て来られた結惟様の小さな背中を、ただ見つめるだけしか私には出来ませんでした。 「……明日は9時に待ち合わせだから、いつも通りに起こして」  お風呂上がりに髪を乾かしてくれる若に言う。 「かしこまりました」  鏡に映る若は優しい笑顔で答える。僕はやるせない気持ちで鏡から視線を外した。 「…………行くな、とは言わないんだね……」  気持ちがそのまま小声になって出た。  ドライヤーの音もあるし、普通の人には絶対に聞こえない。  でも若は耳がいいから……。 「……言って欲しいのですか?」  そう若が口にする。 「結惟様が望まれるのなら、お止めすることも可能です」 「何だよっ、その言い方っ!」  僕は頭にきて立ち上がる。  若は顔色一つ変えずに僕を見た。その態度にすらイラついて、僕は若を睨む。 「……申し訳ございません」  若はゆっくりと頭を下げる。 「……若は、僕が他の誰かと二人きりで出掛けても、気にならないわけ?」 「結惟様が二人きりで出かけたいと申されるのなら、私はそれ以上干渉することは出来ません。ただ、相手に強制的に誘われてとなると……」 「もういいっ!」  若の話を怒鳴り声で遮る。 「……そんな機械的な言葉なんて、聞きたくない」 「………………」 「もう寝る。部屋から出て行って」  冷たい態度で若を突き放す。若は少し困ったように眉を寄せた。だけどいつも通り、 「お休みなさいませ」  そう頭を下げて部屋を出て行く。 「…………何だよ、バカっ」  小さな声を吐き出すと、ベッドにうつ伏せる。  ……分かってる。若はアンドロイドだ。  機械的な事しか言えないし、僕の命令に従うようにインプットされているんだから、僕の言うことに逆らわないのは分かっている。  だけど、悲しいんだ。  若の口から発せられるマニュアル的な言葉が……。  何をしても変わらない態度が、僕と若との間に溝を作る。  所詮、人間と機械の恋なんて…………。 「……っく……若ぁ……」  冷たい涙が枕を濡らした。  月の光が眩しい。  結惟様の側にも居れず、今夜は本当に行く場所がない。  屋敷の屋根の上に座り、ぼーっと月を眺めてみる。  桜が咲いたとはいえ、夜の空気はまだ肌に冷たいのだろう。無論、私には真の冷たさは分からない。 「おい、何してんだよっ」  頬にピタリと瓶が当たる。 「……シオン」 「何? ビックリしてくれないの?」 「お前の気配なんて、何キロメートル前からも分かる」 「あ、そ」  シオンは私の横に腰を降ろす。  博士からの預かり物、と薬の瓶を差し出してきた。私はそれを受け取ると、開封して薬を飲み込む。 「それ、めっちゃ不味くない?」 「うん……」 「俺、それ飲めないんだよね。ヤバくなったら飲む前に、心を襲っちゃう」  シオンは笑いながら言った。  出来たら私だって、こんなもの飲みたくない。……結惟様も、私がこれを飲むのを嫌っていらっしゃる……。  しかし、今は……。 「って言うか、若は何でこんな所に居るんだ? もしかして俺を迎えに来てくれたとかぁ?」 「まさか。何故お前なぞ、わざわざ迎えに来なければならない?」  当たり前に返すと、シオンは「冷たい言い方」と呟いた。 「……じゃあ何? 追い出された? 結惟ちゃん怒らせたとか?」 「………………」 「うわっ、図星だっ! やーいやーいっ!」  ケラケラ笑われる。  シオンの言うことに間違いはない。反論もない。 「…………何やっちゃったんだよ、お前としたことが」  私が何も言わないことをどう感じたのか、シオンは真面目に聞いてくる。 「お前完璧だろ? 博士の最高傑作なんだからさ。そんなお前が何でまた……」 「完璧なんかじゃない。……いや、完璧だから……か……。……結惟様に、機械的だと言われた」  うつむいたまま言う。 「機械的って言われても、しゃあないじゃん。アンドロイドだし」 「それはそうなんだが……。……シオンだったら、心さんが他人と二人きりで出掛けたとしたらどうする?」 「他人と? 俺の知らない奴? デート?」 「……まぁ、そうだな。デートだ」  正直、それはよく分からないのだが、律さんがそう言うのだから、そうなのだろう。 「嫌だ。絶対行かせない。行かせたとしても追跡する。心に手出すようならシバく」 「……それが、人間の感情というものなのか……」  完璧であるはずの私に、唯一欠落しているもの。  いつも結惟様がお怒りになる理由。理解することの出来ない、人間の感情。 「あ? お前、感情回路入ってないっけ?」 「あぁ」 「そっか。ならマニュアル通りになっても仕方ないよなぁ。それで怒られても困りもんじゃん」 「だが、結惟様の言われる事に間違いはない」  はっきりと言い返す。何よりも、結惟様が一番正しいのだ。私にとって、結惟様が仰ることがすべて……。 「……すごいよなぁ、そういうのって。俺は心が言うこと、全部正しいとは思えない。かと言って、俺も正しくはないんだけどさ……」  シオンは目を細めて月を見上げる。  吹き抜ける風が、シオンの銀色の髪を揺らす。 「感情……ってさ、お前が思ってるほどきれいなものじゃないよ。逆にきたないくらい。私利私欲って本当に尽きなくて、満たされると、それ以上のものが欲しくなる。満たされないと満たされるまで、時には不道徳なことまでする。うまく感情をセーブしていかなきゃならないし、セーブし過ぎても上手くいかない。難しいもんだよ。正直何でこんなめんどくさいもの付いてんだろうって思う」 「…………」 「若は欲しい? 感情回路?」 「……もし、それで結惟様のお気持ちを理解出来るのなら……」  真剣に聞くシオンに、私も真剣に返す。  なら……、とシオンは私の頭を引き寄せると、互いの額をくっつけた。  途端に、ビリッと体内に電波が流れる。私の記憶回路に、いくつかの情報が流れ込んでくる。  信頼  心配  嫉妬  そして、あたたかなこの感情は………… 「俺が記憶してる愛情、少しだけ分けてやる。ただ永久的な記憶にはならないから。とりあえず事が治まるまで覚えていて」  人なつっこい笑顔でシオンは言う。 「……ありがとう」  私は初めて穏やかに、本当に礼を言えたように感じた。  次の日、僕は前向きな気持ちで秀樹くんに会った。  若が止めてくれないのは、確かに悔しい。でも、それはしょうがないんだ。だから、そんなことで怒る僕の方が悪い。  結局、秀樹くんと会うことにOKを出したのは自分だから、秀樹くんに断るのも悪い。なら、今日くらい、一日楽しんでしまおう。  若には帰って謝ろう。そう思った。  美術館を見て、ウィンドウショッピングをして、疲れたからご飯を食べて……。  楽しい一日って、過ぎるのが早い。 「秀樹くん、今日はどうもありがとう、楽しかった」  帰り際、僕は秀樹くんにお礼を言う。 「そんな、俺の方こそ……」  秀樹くんはにっこり笑う。 「……じゃあ、また学校で。バイバイ」  背を向ける僕の手を、秀樹くんは引き止める。 「先輩、……先輩は、惟織先輩とどういう関係なんですか?」 「えっ……?」 「俺……俺、結惟先輩が好きです」  ……えっ……?  一瞬、言われてることが分からなくて、言葉が返せない。 「惟織先輩と何でもないなら、俺と付き合って下さい!」  秀樹くんは僕の手を握ったまま、頭を下げた。  どうしよう……。何て言えばいい? いい言葉が出てこない……。 「駄目です」  固まる僕の体を引き寄せて、若は言った。 「結惟様は私の大切なお方。やはり、あなたにお渡しすることは出来ません」  はっきりと通る声。抱き寄せてくれる力が、いつもより強い。 「若……」  いつからいたの? 迎えに来てくれたの……?  怒っていた僕なのに、こんな些細な事が嬉しい。 「ごめん、秀樹くん……。若、帰ろう」  僕は若の手を取ると、秀樹くんに謝った。  若が迎えの車へと案内してくれる。そこには律さんも待っていた。 「申し訳ございません、結惟様」  部屋に帰ると、若は一番に謝罪をしてくる。 「結惟様には悪いと思いましたが、ずっと後をつけさせて頂きました」 「若……」 「お二人のデートを邪魔する気は無かったのですが、気になって仕方なかったのです。律さんも、後をつけると言い出されましたので……つい……」  ずっと頭を下げたまま、顔を上げようとしない。 「いいんだよ、別に。僕と秀樹くんは恋人でも何でもないんだし」  僕は笑って言う。 「恋人……ではないのですか?」 「当たり前でしょう。だって、僕が好きなのは若だもん」  照れくさかったけど、正直に口にする。 「結惟様……」  僕を見る若は、幸せそうな笑顔を浮かべた。 「数日間の数々の無礼をお許し下さい」 「そんな……若が悪いわけじゃないよ。僕が一人拗ねていただけだから」  正直に若に謝る。まさか謝られるとは思わなかったのか、若は驚いていた。 「ごめんね、ずっと部屋から追い出したりして……。お腹空いてない?」  エネルギー補充をずっとしていなかったから……。まず、それが必要だってことすら、忘れていた。 「薬を飲みましたので……結惟様がお嫌いなのは分かっていたのですが……」 「ううん。僕こそ、ずっと放っていたから……」  エネルギー補充、しようね。と若を誘った。  若の指はいつものように優しい。  でも時々、僕の肌に爪を立てる。  少し違った快感に、身体は反応する。 「……っ、若……何か怒ってるの……?」 「……いえ?」  怒ってなどおりません。そう言いながら、若は跡がつくくらい、きつく僕の肌を吸う。 「怒ってはいません。ただ……悔しいのです。結惟様の体に、私以外の者が触れるのが……」 「それって、秀樹くんのこと……?」 「それも含め、すべてです」  ……どうしたんだろう。今日の若はやっぱりいつもと違う。まるで嫉妬のよう……。  考え事をしていると、何の前触れもなく、若は僕のペニスを掴む。 「っあ、んんっ……」  器用に扱かれ、起立する。  先端を指先で撫でられ、ビクンと身体が震えた。若は何も言葉を発さず夢中で僕のペニスに吸いつく。 「……あっ……イ、クっ…………!」  暫く欲を吐いていなかった僕は、随分と早く熱を吐く。若は貪欲に、何度も愛撫を繰り返してくる。  後ろにも指が入り、いつでも受け入れることの出来るよう解される。 「若っ、も、もう…………入れてっ……」  指だけじゃ物足りない。  僕もまた、若を求める。欲すると、若はすぐ僕の中へ入ってきた。  若の吐息が耳にかかる。 「結惟様……」  僕の中を出入りしながら、若の声が僕を呼ぶ。 「すべて、手に入れられたらいいのに……」 「……え?」 「結惟様の、心も、身体も、すべて私のものになってしまったらいいのに……」  苦しそうに若がそう告げる。  胸の奥が熱くなった。  僕だって、同じことを考えてる。  若のすべてになれたら。  若がすべてになったらいいのに……。 「若……だ……」  大好き、と動く唇が塞がれる。  どうして……? 言わせてくれないの……?  唇が離れる。  吐息と共に漏れる言葉。 「愛しています……、愛しています、結惟様……」 「若っ……」  ……夢を見てるんだろうか……。  それとも、いつの間にか、あの異次元空間にいる……?若の口から、そんな言葉が聞けるなんて……。  若……若っ……! 「愛してる、僕も、若を愛してる……」  涙を流しながら返す。若の指先が、僕の涙を拭って、顔を隠す髪を払った。 「結惟様……永遠に離れません。何があっても、側におります。私が結惟様をお守りします」  優しく優しく、若は笑った。  夢なら、このまま覚めないで……。  若に愛されたまま、このまま……――。  着信を知らせるメロディーが鳴って、律は携帯を手に取る。  相手は彼の弟、シオンの主人である心だ。 『ごめん兄さん、着信に今気がついて、遅くなっちゃった』  結惟と同い年とは思えないほどに落ち着きのある彼。しかし声は十分幼い。 「いや、シオンに礼を言おうと思って」 『シオンに? ……あぁ、昨日薬届けたこと?』 「それもあるけど、若へ愛情の記憶教えたこと」 『えっ、何それ?』  受話器の向こうからは疑問の声。 「何だ、シオンから聞いてないのか……?」  律は最近の事も含め、心に説明をする。 「……ってな訳なんだけど、アイツ結構嫉妬深いみたいでさ。横で見てて笑えたよ」  膝に乗せた飼い猫の背中を撫でながら笑う。 『ふーん……そうなんだ』 「ま、興味あるなら見に来いよ。いつまであの記憶が持つかは分からないけどな」 『うん、わかった』  律への電話を切って、心はベッドの上で寝転がるシオンに目を向ける。 「……通りでおかしいと思った。昨晩お腹いっぱいにさせたはずなのに、何で今日もお腹空くのか。薬届けるくらいなら、さほどエネルギーも使わないはずだし。……何で記憶を分けたこと、僕に黙ってた?」  問いただそうとする口振り。言葉は優しいものの、その声は少しの怒りを帯びている。 「だって、心に言うと“そんな危険なこと勝手にするな”って怒るじゃん」  ぶ~っ、とシオンは頬を膨らませる。 「当たり前でしょ! 自分で考えて行動することに慣れてない若に、勝手に新しい情報与えて、解らないまま暴走したらどうするの!?」  長い髪が逆立つんじゃないか、というくらいの怒りオーラ。  面倒くさーい……とシオンは思う。 「あ~、ハイハイ。分かりました。すみませんでした。分かったから、説教はいらないよっ」  プイッ、とそっぽを向くシオンにため息ばかり深くなる。  まったく。コイツはアンドロイドの分際で、主人への忠誠心が全部と言っていいほど欠けている。まるで子供のような態度に、心は苦労を重ねていく。 「……あのねぇ、記憶回路っていうのは、個体差があるんだから、下手に近付けると記憶が交換されたり、ショートすることだってあるんだから……気をつけて。シオンに何かあったら……心配なんだから」 「はいはい。もうしませんよ。しません変わりにさぁ、行こうよ」 「えっ?」 「アイツらの所っ!」  口の端を上げて、シオンは言う。 「心だって、若のこと気になってんだろ?感情回路のベース作るのは心なんだしさ。観察しに行こうぜっ」 「行こうぜ、って…………」  でも、確かに気にはなるし、若の日頃の行動から、若に見合った感情回路を作りたい気持ちはある。 「……まぁ、博士のOKが出たら……」  とか言いつつ、旅行バックどこだっけ?と記憶を巡らせる心だった。

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