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第14話 僕のコイビト

 もし、僕が女だったら……?  そんなこと考えたこともなかった。  でも、もし僕が女だったら?  若と寄り添って歩けた?  手を繋いで、笑い合えた?  何の迷いもなく、  何の問題もなく、  大好きと言えた……?  第14話  僕のコイビト 「嫌だったら嫌!」 「坊ちゃま! いつまでもそんなわがままでは困ります!」 「嫌なものは嫌だ! 僕はパーティーなんて興味ないんだから!」  朝っぱらから執事の爺さんに怒鳴ると、結惟は若を連れて学校へ向かった。  つーか何だぁ? 何もこんな年寄りの爺さんに、朝から怒鳴ることないじゃん。  結惟にしては珍しいな……。 「……何があったんです?」  肩を落とす執事を見かねて、俺は声をかける。 「律さん。いや、これはお恥ずかしい所をお見せ致しました」 「俺でよければ話聞きますよ?」  巻き込まれるのはちょっと面倒だとは思う。だけど、さすがにこんな爺さんを放っておくほど、冷たい人間にはなれない。 「それが……坊ちゃまがどうしてもパーティーに出席したくないと申されまして……」 「パーティー?」 「はい。年に一度の事なのですが、粟島家に縁の深い方々がお集まりになられます故、坊ちゃまにも、粟島家の次期当主として、ご出席頂かねばと思うのですが……」 「次期当主としてねぇ……」  なんか笑える。頼りない当主だよなぁ。  っても、惟織さんも頼りないっちゃ頼りないか。どちらかと言えば、嫁である真希さんの方が、よほど当主らしい気はする。 「そもそも、何で結惟はそんなに嫌がってるんですか?」 「はぁ……。それが、出席なされるとどうしても世継ぎの話になるようでして、婚約者はまだいないのかと聞かれるのが嫌なようでして……。私も確かにそれは思うのですが、そういった話は、もとより、その……旦那様が何とも……」 「あぁ。博士は女性関係は皆無ですから」  俺としては、性格はさておき、あんな美人な奥さんがいること事態不思議だ。 「元々、奥様のお家柄は粟島家には不似合いなものでございまして、決められた仲でも御座いませんでした。旦那様には幾つもの婚約話が持ち上がりましたが、すべてお断りなさって、奥様とご一緒になられたので御座います。旦那様のお父上様は不愉快だと申されていらっしゃいましたが、私はお二方のお幸せそうなお姿を何度も見ております故、それはそれで良かったと感じております」  爺さんは懐かしむように目を細めて笑う。 「旦那様も、坊ちゃまには決めた相手を作らず、自由にしてほしいと望んでいらっしゃるのが私には分かるのですが、世間はそれを良しとは思わないのが現状で御座います」  この人は結惟のことを本気で心配しているんだろう。だからちょっとした事でも、気になって仕方ないんだ。  チリン……と鈴を鳴らして、俺の愛猫が肩に乗ってくる。 「分かりました。俺が何とかしましょう!」 「大丈夫なのですか?」 「ええ、任せて下さい」  俺は胸を張って答えた。  僕の帰りを、律さんは仁王立ちで待っていた。引きずられるまま部屋に入ると、一人の女の子が立っていた。  まっ白な肌とは対照的に、艶めく黒い髪。桃色の頬。  身長は高いとは言えない。中学生くらいだろうか……?  だけど幼すぎない仕草。  総じて言えば、可愛い。 「初めまして、結惟様。きりと申します」 「え、あぁ……初めまして、結惟です」  ぼーっと見ていた僕は、急に話かけられて慌てて返事をした。 「どうだ? 可愛いだろ?」  律さんは自慢気に言う。 「ええ、とても可愛いらしいですね」  若はこの子を知っているんだろうか? 初めて会ったような口振りじゃない。 「ま、本当ならもっと大人でもいいんだけど、結惟の婚約者役には丁度いいだろ」  ……はい? 今、何て? 「きりは、結惟様の婚約者として、頑張らせて頂きます」  ニコッと可愛いらしく、上品に微笑む。 「……ちょっと待って。何の話?」 「何って。今夜のパーティーに連れて行くには丁度いいだろ。婚約者役として」  当然の如く律さんは言う。  婚約者……として……!? 「い、いいっ! いらないっ! 婚約者なんていらないっ!」  完全に拒否すると、律さんは僕の頭をペシッと叩いた。 「“役"だっつってんだろ。なんちゃってだよ、なんちゃって!」 「や、役?」 「当たり前だろ。誰がきりをお前なんかにやるかっ!」  あ、何か今ちょっとバカにされた。  だいたい、この子何者……?  きりさんはちょこちょこと可愛いらしく寄って来ると、律さんの手を握った。 「きりは律さんのアンドロイドなんですよ」  若が後ろから教えてくれる。 「えっ!? こんなに可愛いのに、律さんのアンドロイドっ!!」 「何だよ、文句あるのか?」 「い、いえ……」  ないわけじゃないけど、言う勇気もない。  だってだって!あの律さんには勿体無いくらい、純情そうな子なんだもん!  きりさんは僕を見て、クスクス笑った。 「ごめんなさい、一人百面相なされていらっしゃるのが可笑しくて……」 「え? あぁ……へへ……」  僕は照れ臭くて赤くなる。  夜、じいやの言う通りパーティーに出席した。  気は進まないけど、きりさんを連れて行く分、いつもよりは楽だろう。  もちろん、若と律さんもついて来てくれる。  って言うか…… 「若、カッコイイっ!」 「左様ですか?」  若は目を細めて笑う。紫掛かったの光沢を放つ、黒いタキシードに身を包む若はいつもよりずっと素敵に見える。  普段からスーツを着てるんだから、きちっとした服装は見慣れてるはずなんだけど、こういう服装もたまにはいいな、なんて。 「結惟様もお素敵でいらっしゃいますよ」 「え? そう? ……もう少し身長があったら決まるんだろうけど……」  言葉を濁す僕を、若は優しい目で見る。 「しっかりと、きりをエスコートして下さいね。私は後ろから見守っておりますので」  ドキッとした。同時に胸がチクリと痛んだ。  そうか……僕、きりさんをエスコートしなきゃならないんだ。若と並んでは、居られないんだよね……。  きりさんをエスコートしながらも、僕は若のことが気になって仕方ない。  ちらっと若を見ると、その度に若は笑顔を返してくれる。  隣では、それに気づくきりさんが、クスッと笑う。 「気になられますのね」  周りに聞こえないよう、小さな声で言う。 「あ……ごめん」 「いいえ。構いませんわ」 「……きりさんは、律さんのこと気にならないの?」  僕が聞くと、きりさんは「え?」と首を傾げた。 「なぜです? だって、すぐそこに居るのに、何を気にするのですか?」 「え……いやぁ……いろいろと……」 「結惟様の婚約者役をしろと言ったのは律さんですわ。私はただ仰ることに忠実なだけ。何かあったら、ちゃんと助けて下さいます」 「……そうかぁ……」  信頼、ってやつなのかな?と思ったりする。  僕が思ってる以上に、律さんときりさんは深い関係なのかもしれない。  そう思って、また若と律さんを振り返る。  すると、いつの間にか女性に囲まれた二人の姿。  がーんっ!! 「きりさんっ! きりさんあれ見てよっ! あれでも信じるっ!?」  え? ときりさんも振り返る。だけどすぐに正面に向き直った。 「あら、たくさんの女性に囲まれるということは、それだけ魅力的だということですわ。結惟様は心配していらっしゃいますの? 若さんが浮気するんじゃないかって」  ドキッとした。  だってだって、若カッコイイんだもん! 心配にならないわけないよ! 「若さん、意外に信用されてないのですね」 「そう言うわけじゃ……」  きりさんはまた、クスクス笑う。 「結惟様、アンドロイドにとって主人という存在は絶対。主人の信頼があって、初めて私たちには存在意義がある。不要と言われるその日まで、私たちの命は主人の元にあるのです」 「…………」 「簡単に言えば、信じる気持ち、相思相愛が大切ということですわ」  そんな穏やかな笑顔で言われても……。さっきの重い話がその言葉で纏まるんでしょうか? 些か疑問が残る。 「ですが結惟様、今は私、あなたの婚約者(役)ですのよ」 「え、あ……そうですね。すみません。……では、踊って頂けますか?」  僕はきりさんの手を取って、ダンスをする人たちの中に入って行った。 「何だ、結惟の奴、ちゃんとエスコートしてんじゃないか」  言い寄ってきた女性たちを丁寧に追い払って、律さんは言う。  見ると、いつの間にか結惟様ときりが、人の波の中で踊っている。 「結惟の奴、パーティー嫌いだとか言っておいて、しっかり踊ってんじゃん」  律さんは楽しそうに笑ってみる。 「……そうですね」  私は幾分、複雑な気持ちで二人を見る。  そんな私を知ってか知らずか、律さんはからかうように言う「何だ若、嫉妬か?」と……。  ……嫉妬……? 誰に? きりに……? 「……いえ、違います」  私はクスリと笑った。  きりは律さんのアンドロイドなのだ。結惟様にも、そんな気がないことは分かっている。  主人との信頼関係があってこそ、私たちの関係は成り立つ。私が心配していては、成り立つものも成り立たないだろう。  ただ……ただ、もしも私が女だったら。今ここで、結惟様と並んでいれたのだろうか……。  一緒に踊っていたのだろうか……。  もしくは……もしくは、結惟様が女性であられたら――そんな失礼なことを、ほんの少しでも、考えてしまったのだ……。  いつから、私はこんな嫌な奴になってしまったんだろう……。 「私は、大丈夫です……」  律さんにしか聞こえないくらい小さな声で言った。  それを誰かに言い聞かせるように――。  久しぶりに会った古い付き合いの人達に別れの挨拶をして、僕はみんなより遅れて車に戻る。  運転手が開けてくれたドアから車内へ入ると、きりさんの代わりに見慣れない男の子。  中学生……かな? 僕より年下だと思う。甘えるように律さんに寄りかかっている。 「お帰りなさいませ、結惟様」  若がお茶を出してくれる。 「おう、お前やれば出来るじゃんか」  律さんが僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。 「出来るよ、エスコートくらいっ! ……きりさんは先に帰っちゃったの?」  聞くと、あの男の子が声を上げた。 「あの女の子は僕だよ。僕があの子になってたの」 「えっ!?」 「本当の姿で会うのは初めてですよね? 初めまして、りっちゃんのアンドロイドのきりです。きりって呼び捨てで呼んでね」  よろしく、と差し出された手の大きさは、あのきりさんと同じ。 「きりは変形型アンドロイドなんだよ。老若男女、動物でも、なんにでも変幻自在。そういう特異能力がついてる」 「へぇぇー……」  アンドロイドって、ちゃんとタイプがあるんだ。若とシオンしか見たことないから、みんなあんな風なのかと思ってた。  もう一度きりを見ると、やっぱり可愛いらしくニコッと笑った。  家に帰る頃には、もう日付が変わりそうな時刻だった。  お風呂から上がると、若はいつものように髪を乾かしてくれる。若が髪に触れてくれると、心地良くて落ち着く。 「はぁー、疲れたぁ」 「お疲れ様でございました。楽しめましたか?」 「うーん、久しぶりに会う人とかいたから……楽しめたかな?」  僕は笑いながら言う。 「それはよろしゅうございました」  若はいつものように穏やかな声で言う。 「若も疲れたでしょう? ……途中、女の人に囲まれてたからびっくりしちゃった」 「律さんが上手く断って下さいましたよ」 「若かっこよかったもんね。何となく集りたい気持ちも分かるよ」  苦笑しながら言うと、若は少し悲しそうな顔をした。 「それよりも、私は結惟様の隣に居られなかったことが残念です」 「えっ……」  若は僕の髪を梳く手を止める。 「きりを羨ましく思いました。もし……もし私が…………」  若は最後まで言わず、言葉を切った。 「すみません。何でもありません」  そう言って、若はまた僕の髪を梳く。  何? 何て言おうとしたの? もし私が……? 「……もし僕が女の子だったら、若にエスコートしてもらえたのにね」  冗談混じりに言う。  すると、スッと伸びてきた若の腕が後ろから僕を包んだ。ドキンと胸が高鳴る。 「……私が……きりのようであれば良かったのです。結惟様は結惟様のままが、一番……」  耳元で、嘆くように言う。 「若が女性だなんて、勿体無いよ、そんなの」  苦笑して言うと、若はさっきよりきつく僕を抱きしめた。 「…………ねぇ若、お腹、空いてない……?」  抱きしめてくれる腕に、手を重ねながら言う。  この状況を、何とかしなきゃ、と思った。  何でだろう……。  このままじゃ切なすぎて、涙が出そうだった。  気持ち良ければ、涙が流れるなんていつものこと。  だけど、今日はそれだけじゃない。  時々見る若が、悲しそうな顔をしているから……。 「わ、若……何かあったの……?」 「……なぜですか?」  若はいつも通り、優しい笑顔を向ける。  悲しそうに見えるのは、僕の気のせいなのかな……?  腕を伸ばして、若の背に手を回す。グッと若のペ二スが深くに届いた。 「結惟様……愛しています」  最近よくくれる言葉。  ……それは本当? 若は人間の感情が解らないんじゃなかったの……?  愛してるの感情が、解らないんじゃなかったの……? 「若、大好きだよ……」  呟くように言うと、若は僕の体を抱き上げて、座位の体制をとった。 「……嫌です」 「え……?」 「大好きでは……嫌です。愛しているでなければ、結惟様の一番でなければ、嫌です」  僕の体を揺すりながら、若はそう口にする。 「あっ、あ……愛してる、愛してるからっ!」  落ちないように必死にしがみついて叫ぶように言う。  ……どうしたの、若?  まるで何かに嫉妬しているみたい……。  どうして涙が溢れるの?  気持ちいいから?  悲しいから?  嬉しいから?  それとも……。  今の若が、恐い……?  解らないよ……若の言葉が、気持ちが……。  苦しい吐息と共に、僕らは同時に熱を放った。

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