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第15話 ずっと一緒に

「私には解らないのです。結惟様が好きだと言って下さる、その感情が」  そう言ったのに……。  最近の若はおかしい。  何かが……違っている。  若に何かあったんだろうか……。  僕の知らない何かが…………。  第15話  ずっと一緒に  運転手を急かすように帰宅する。  今日は心がシオンを連れて家に来る。予定通りなら、もう着いているはず。 「結惟ー、久しぶり!」 「心こそ! 元気してた?」  挨拶と共に抱き合う。長い髪を揺らして笑う心。  少し身長伸びたかな? 僕も同じように伸びているから、よく分からない。でも表情はずいぶん男前になった。……というか、律さんに似てきた……? さすが兄弟。 「シオンも……久しぶり」  前回の事を忘れたわけじゃない。少しだけ警戒して声をかけた。 「お久しぶりです、結惟様。先日は大変失礼を致しまして、申し訳ありませんでした」  シオンはきれいな姿勢でお辞儀をしながら言う。  あれれ? 何か先日と態度が違いすぎない? 「ん? 何かしたの、シオン?」  前回のことは心の耳には入っていないらしい。半分睨むように心はシオンを見る。 「いや、な~んにも。ほら、挨拶はキチッと、だろ?」  唇に人差し指を当てて、シオンは僕にウインクする。  この前のはナイショね、ってことか。  若は黙ってシオンを見、律さんは笑いをこらえている様だ。 「……そう。てっきり僕に言えないようなことを、結惟にしたのかと思ったよ」  いまいち腑に落ちない様子で心は言う。  ……鋭いな、心……。それともシオンの行動が読まれているだけ?  僕はそんな心に空笑いを返した。  テーブルに着くと若が紅茶を運んでくる。  僕は心と向かい合って座り、きりが出したクッキーに手を伸ばす。 「で、急にこっち来たりしてどうしたの?」 「ん? いろいろと、ね」  心は視線を若に向けて言う。 「……私が、何か?」  若は穏やかに微笑んで心に返す。 「若の感情回路を作成しようと思ってね。博士からOKも出たし」  心の言葉にドキッとする。  若の感情回路を作る……? 「いろいろ相談してね。どんな回路を作るのが一番いいかな~って」 「あ……そうなんだ」  何だろう……。若の感情回路、嬉しいはずなのに、なぜか心の底から喜べない。 「相談なんかしなくても、若は真面目も真面目、超真面目!」  シオンは、まだ湯気の立つ紅茶を物ともせずにゴクゴク飲みながら言う。  ……アンドロイドって、熱さを感じないんだろうか……。  遠慮なくクッキーに伸ばされるシオンの手を心が叩く。 「行儀悪い、シオン。テーブルマナーは教えただろ?」 「いいじゃんかぁ~、心のケチんぼ」  躾る心に、シオンは口を尖らせる。 「気にするな心。クッキーくらいまだいっぱいある。な、きり」 「はい、ありすぎてこまるくらいです」  律さんの言葉に、隣にいるきりは穏やかな笑顔を返す。 「だけど……」  律さんの手が心の頭をくしゃくしゃと撫でる。 「だからいいって。それよりお前も食えよ。クッキー好きだろ? それともマフィンの方がいいか?」 「ううん、クッキーでいい。ありがとう兄さん」  心はとろけそうな笑顔で律さんに笑い返す。  昔から、この二人は仲良し兄弟だ。年が離れているから余計かもしれないが、律さんは心にとにかく甘い。心も、律さんが好きらしく、とても懐いている。  心の隣で、シオンがすご~くふてくされているけど……見なかったことにしよう。思わず笑ってしまいそうな口元を押さえた。 「きり、マフィン持って来てくれるか?」  きりは「はい」と穏やかに返事をしてしなやかに振り返ると部屋を出る。と、あっという間に戻って来た。  は、早っ!! おっとり系に見えて、さすがはアンドロイド……。  びっくりしている僕の前に、きりは皿に乗ったマフィンを置く。 「どうぞ」 「あ、ありがとう」  ニコッと笑顔。あぁ、きりの笑顔は癒やされる。  きりは心の前にもマフィンを置いて、シオンにも差し出す。 「いらねーよっ」  明らかにふてくされた声でシオンは言う。 「拗ねないの。ほら、おいしいよ?」  心はマフィンの包装を剥ぎながらシオンを見る。 「食べてもないのに、何で分かるんだよっ」 「販売元。俺、ここのマフィン好きなんだ」  にっこり笑顔にマフィンを差し出されて、シオンは引ったくるようにそれを取って口へ運んだ。  まるで子供みたいなシオンの行動。心は慣れたようにくすくす笑った。  夜、心が僕の部屋へやって来た。 「若、ごめんけど結惟と二人で話をさせてくれる?」  心は若に笑顔で言う。若は僕の方をちらっと見て、「はい」、そう返事をした。 「あ、ついでにシオンが暇してるから、遊んでやってくれると助かるんだけど」 「……はい。……あまり長くなられませんように」  若は心にそう告げて、部屋を後にする。 「……なるほどね。こりゃ困ったことだ」  心はくすくす笑いながら、持ってきたノートに何か書きこんだ。 「何が?」 「若のことだよ。最近おかしいと思わない? 妙に“人間”ぽくて」  どきっとした。  人間っぽい。……そうだ、そうなんだよ。今までと感じが違う。……機械的じゃない。 「あれ、シオンのせいなんだ。驚いたでしょ?」 「シオンが何かしたの!?」 「ちょっとね……自分が知ってる“感情の記憶”を若に教えちゃったんだ。……教えたというか、データを与えたっていうかね」 「……どういうこと?」  感情の記憶を与えた? データって……? 「シオンやきりには人間の感情データが組み込まれてる。まあ個性っていうか……そんなものなんだけど。だから若も、あんな風に嫉妬したりするんだよ。まあ元のデータがシオンのものだから、余計子供っぽいような行動に出ちゃうんだろうけど」  思い出すように心は笑う。 「他人と二人っきりになるのも気に入らないとは、相当だね」  僕はどう返していいか分からず困った。 「で、結惟は……どう思う?」 「な、何が?」 「若があんな風に“人格”を持つこと」 「あ……」  人格を持つ……。ずっとあんな風でいるってことだよね……。 「いいんじゃないかな……」  笑って答えた、つもり。無理な笑顔だったのかもしれない。 「本当に?」  心に聞き返されて、少し戸惑う。 「って言っても、今よりも随分大人っぽい性格にはする予定だけどね」  ウインク付きで心は言う。 「今の若の性格は、シオンがベースになってるから、子供っぽさが混じってるんだよね。……イメージ的には、きりみたいな、落ち着きがあって、もう少し真面目な……そんな感じがいいかなって思うんだけど」  自分の考えを述べながら、もう決めたように心はノートに書き込みをする。  僕はきょとんとしてそれを聞いていた。 「ベースが夜型だから、それには貪欲で……好みはどうしようかな。あ、人とかもだけど、食べ物とかもね。ねぇ、結惟はどういうのが好み? 血液型で言うと何型?」 「え……えっと……」 「あ、ちなみにシオンはB型イメージ。きりはAB型だったかな」 「え、えっと……」 「若はやっぱりAかなぁ。確か作った人はA型だったよねぇ」 「えっ? 作った人って、お父さんじゃないの?」 「若は博士と和奏の合作だよ。博士が指揮して、作ったのは和奏。ほら」  僕の前に一枚の写真が差し出される。  何年前の写真だろう? まだ若い律さんが写っている。  その横には、若とシオンによく似た二人。 「これ……」 「二人がまだ人間として生きていた頃だよ。元々、二人は兄さんの友達だったんだ。博士の下で一緒に研究してたんだよ」  驚きで写真をまじまじと見つめてしまう。  そこに写るのは、無表情な男の人。金色の髪とは対照的な、重い黒色の髪。嘘でも、穏やかな雰囲気とは言い難い姿勢。  どこかで見たことがあるような気がする。でも、思い出せない。 「この人が、若の製作者?」 「そう。今はもう亡くなってるけど。実は僕は和奏のこと、よく知らないんだ」 「えっ」 「和奏は、人見知りが激しかったとかで、ずーっと研究室に籠もりきりだったって聞いたよ。だから僕も殆ど会ったことなくて……結惟は知ってるんだよね? 博士が小さい頃会わせたって言ってたけど」 「えっ……えと……」  僕は返答に困った。いつ会ったんだろう、やっぱり思い出せない。 「シオンのことは知ってるから、元々の性格をあまり変えずに感情回路作ったんだけどね」  もう少し落ち着いててもいいと思うんだけど、元がああだから。と苦笑する。 「もし結惟が和奏のことを覚えてるんだったら、それをベースに、と思ったんだけど……」 「ごめん……ちょっと思い出せなくて……」  自分の記憶力の無さを心底笑いたくなる。じゃあしょうがないね、と心は言う。 「あの……心、この写真さ」 「あげないよ。シオンが写ってるんだもん」  欲しいと言う僕の言葉を最後まで聞かず、容赦なく心は写真を取り上げてしまう。 「……けーちー……」  唇を尖らせる僕を横目に、心は写真を丁寧にしまいながら話を続ける。 「で、若の感情回路だけど、結惟はどうしたい」 「……うーん……」 「最悪“いらない”って選択肢もあるよ」  え、と心を見る。 「あんまり乗り気じゃないならね。何も今組み込まなきゃならない回路でもないし、絶対無くちゃならないものでもないし。結惟がいらないなら、いいよ」  ……いらない…………んだろうか……。  若が感情……人格を持つことで、今の生活が変わってしまったら……?  もし、感情を持ったとして今とまったく違う人のようになってしまったら……?  僕は答えを返すことも出来ず、ただ黙り込んだ。  心が部屋を出て行ったと思ったら、若が代わりにやって来た。 「あれぇ、心は?」 「結惟様とお話中だ。私には、暇なお前の相手でもしておけと」  若は近くにあった椅子に腰掛けながら言う。 「え~っ、つまんね~。俺もその“オハナシ”に混ざりてぇよ」 「私でも出て行けと言われるものに、どうしてお前が混ざれる?」  軽く鼻で笑われた。あー、なんかムカつく。つーか、結惟が居る前とは大違いじゃんコイツ。 「お前二重人格だろ。AB型かっ!?」 「知らん。そもそも血液なんて必要ないし持ち合わせてもいない」  ……ですよね~? も~っ、コイツ絶対性格悪いし。 「あーあー……心早く帰って来ねぇかな?」 「……そう言うな。しょうがなく遊んでやるから」 「何だよもぉ~、ムカつくなぁ」 「すぐに怒るな。疲れる。ほら、オセロでもするか?」  どこから出したのか、若はいつの間にかボードを手にしている。 「……いいぜっ! 俺絶対負けないからなっ」 「……なぁ若」 「ん?」 「どっか悪かったりする?」  俺の唐突な質問に、オセロを裏返す若の手が止まった。 「……質問の意図がわからないな」  冷めた声。やっぱりコイツ二重人格だ。結惟の前でだけ真面目ぶる。 「俺さ、心に怒られちゃった」 「それはお前の行動に問題があるからだ」 「そうじゃなくて……あ、そうかもしれないけど」  どっちなんだか、と若は呆れたように苦笑する。 「お前に“感情”教えたこと。壊れたり、おかしくなったらどうすんだって怒られた」 「そうだな。お前のバカが移ったら困りものだな」 「……やっぱりお前ムカつく。嫌い~」  唇を尖らせる俺の前で、若はふっと目を伏せた。 「嫌い……か」 「?」 「“感情”を出すようになってから、結惟様が戸惑っていらっしゃる。嫌い、ではないのだろうけど、どこか壁があるような気がする」  そう言う若の表情がどことなく暗く見える。 「結惟様が必要とされる“感情”と、お前から与えられた“感情”は違うんだろうか……。……やっぱりお前のせいだ」 「はぁ?」 「このまま結惟様に嫌われでもしたら、お前のせいだからな」  若が本気の目で睨んでくる。そんなこと言われたって、知らねーよ、俺。 「……結惟様に必要とされなくなったら、俺はどうすればいいんだろうな……」  オセロを置く音の方が大きいくらいの弱気な声。 「大丈夫だって。結惟ちゃんはそんな人間じゃねーよ」  励ましてやりたかったのに、笑うことも出来なかった。  ――結惟がいらないなら、いいよ  心が言っていたことが、僕の頭の中をリピートする。 「……結惟様?」  名前を呼ばれて我に返る。シャープペンを握ったまま、ノートの上で手が眠っていた。 「大丈夫ですか? もうお休みになられますか?」 「あ、うん。……そうだね」  僕はノートを閉じて洗面台に向かう。トロトロと歯を磨いて、ベッドに座った。 「……ねぇ、若」 「はい」 「若は僕のどこが好き?」  いきなり聞いた。若は特に驚きもせず、「お優しいところです」と、そう答えた。 「結惟様はお優しい。私のような者も、人と同じように扱って下さいます」  若は穏やかに、幸せそうに笑みを浮かべた。  僕は……やっぱり分からなくなる。  言ってることはこれまでと変わっていない。だけど、どこからがインプットされたもので、どこからが本心なのか分からない。  質問に答えるために、感情が働いたのかすらわからない。  感情は、シオンがデータを移したせいで、一時的なものだと心は言うけど。  ただ、若が感情回路を持つことで、違う人格になってしまったら……?  もし、若に嫌われてしまったら――。  そう考えると、とても怖くなる。  元々、自分に自信があるわけじゃない。自分の長所なんて分からない。きっと、若と並んでいたら不釣り合いな自分。  だから“もしも”を考えると……。 「……結惟様、何か悪いことを申し上げてしまいましたでしょうか……?」  俯く僕に、若の心配した声が届く。 「ううん、違う。何でもないんだ」  僕は不安を隠すようにわざとらしく笑って、布団を被った。  しんと静まり返る廊下を、心はゆっくりと歩いた。  なるべく音を立てないようにというのもあるが、所詮は完全に気配を消すことなど出来ない。  ましてや、アンドロイドの前でなんて到底無理だ。 「こんな夜中に何をしているの、若?」  心はなんの躊躇いもなく、部屋の中にいる彼に声をかける。  月明かりが薄く差し込む部屋の中で、若の影がゆっくりと揺れた。 「ここは博士に送るデータを管理している場所だよ? 君に用はないと思うんだけど」  心の言葉に、若は表情一つ変えようとしない。 「最近、送られてくるデータがおかしいんだ。結惟の情報だけ、明らかに落ちてる。やっぱり君の仕業だったんだ」  二人とも、その場から動こうとしない。見合ったまま、止まっている。 「……何が気に入らない? 教えてくれないかな?」 「…………あなた方は、私を監視しに来たのですか?」  若が静かに口を開く。心を見つめる瞳には、温かみが全くない。 「監視? 僕はただ、博士に言われて来ただけだよ。“若の感情回路を作りたいから、結惟に相談してきてくれ”って」 「……そうですか」  若にとって、腑に落ちない答えだった。 「あの後、君が感情回路を持つことについて、結惟は何か言ってた?」 「いえ、得には」 「そう」  心は一言だけ返した。若は視線を逸らすように、心から顔を背ける。月明かりが作る影が更に小さくなった。 「私の“感情”は作り直す必要があるのですか……?」  若の問いかけに、心は首を傾げる。 「シオンに与えてもらった“感情”は、一般的に人間が必要とする“感情”とは違うのでしょうか……?」 「それは違うんじゃないかな。だって感情回路は“個性”や“性格”みたいなものだもの。シオンと若は一緒なアンドロイドじゃない。もちろん、きりもね」  心は当たり前のように言い返した。若はもう一度、心を見る。 「僕は、生きていた頃のシオンの性格をベースに、シオンの感情回路を作った。兄さんも、ベースになる個性と理想とを合わせて、きりの感情回路を作ってる。結惟だってそうしたいんじゃないかな? たとえば、和奏の“性格”とかが分かれば……」 「それはいけません!」  心の言葉を遮って、若は声を上げた。 「和奏の性格を、ベースにしてはいけません。……結惟様に、嫌われてしまいます」  そう続いた声は、自信を無くしたように小さい。 「なぜ?」と心は聞く。 「……分かりません。ただ、私の記憶の中にそうインプットされています。私は、和奏とはまったく真逆のアンドロイドだと」  ふと、心は写真に写っていた彼を思い出す。確かに、今の若と当時の彼とは雰囲気からして逆だ。  結惟はあの写真を欲しがった。手に入れて、どうする気だったんだろうか……? 若に写真を見せたのだろうか……? 「……若はどうしたいの?」 「どうしたい……とは」 「感情回路が欲しい? それとも要らない?」 「私は……私は、結惟様が必要とされる私で居られるなら、どちらでも構いません」 「その本人がはっきりしないからなぁ」  心は困ったようにため息をついた。 「以前、結惟様は私に感情がないのを嫌がっていらっしゃる様でした。しかし、シオンに感情をもらってからというもの、結惟様に避けられているような気がしてならないのです。それは、私が感情を持った事によって醜くなってしまったからではないかと思います。結惟様を愛するだけでは飽きたらず、すべてを求めてしまう。体だけでなく、心も。結惟様を私だけのものに出来たら、どんなにいいだろうと……。そう思ってしまうようになり、結惟様のデータにも手を加えるようになりました。誰にも見せたくないのです。私だけの結惟様でいて欲しいのです……!」  若の声が震えていた。  怒りなのか、恐怖なのか、はっきりとは分からない。  たけど、彼の中で何かが確実に“壊れて”いた。 「……やっぱり、勝手なことするから……」  心は小さな声で呟いた。  シオンが少しでも若に“感情”のデータを与えてしまったことで、二人の関係が確実におかしくなっている。 「わかった。もう一度博士と話をする」  心はそう伝えて部屋を出た。  どうしようかと思いながら、静まり返った廊下を歩く。  足元に灯る淡い光の中、シオンの気配を感じた。 「寝たんじゃなかったの?」  心は真っ直ぐ自分の部屋へ向かいながら聞いた。 「心が部屋を出たことくらい感づくって」  気がつけば、いつの間にかシオンが後ろを歩いている。 「…………なぁ心」 「何?」 「若のこと、ごめん」  いつになく元気のない声。反省している証拠だ。まぁさっきの話を聞いていたのなら、無理もないか。 「心、俺どうしたらいい? 謝った方がいいかなぁ?」 「謝るって誰に? 謝ってどうにかなる問題でもないだろう?」  冷たくあしらうと、シオンはその場で立ち止まってしまった。  振り返ってみれば、俯いて何か必死に考えているみたいだ。いや、ただ単にどうしていいか分からず、固まっているだけか。 「シオン。いいからこっちおいで」  呼び寄せて、手を繋ぐ。 「結惟が若に“感情”を求めたのは正しい。だから若が“感情”を欲しがるのも当たり前なんだ。博士だって、若に感情回路を入れるつもりだった。若が突然“感情”を持って、結惟が慌てるのも無理はないんだ。遅かれ早かれ、きっと二人はこうなっていたんだよ」  怒ってはいない。子供を慰める親のように、心は優しくシオンに言った。  大人としてのマナーが全然足りなくて、子供のように素直なシオン。だけど妙にお節介で、勢い任せでこうやって後悔する。  シオンは昔から変わっていない。生きていた頃も、今も。 「シオン、大丈夫。博士が何とかしてくれるから、心配しなくていいよ」 「でも……」 「いいから。もう気にしなくていい。……あんまりしつこく言うと、その記憶消しちゃうよ?」 「ダメダメ! それじゃ反省できないじゃん!」  焦るシオンに、心は笑いながらキスをした。  ふと目を覚ますと、隣にいるはずの若の姿がない。 「……若?」  蚊の鳴くような小さな声で呼んだ。  返事がない。  こんな夜中に、どこへ行ったんだろう……。  それとも、また止まってしまったんだろうか……?  不安が胸を埋める。 「――若っ!」  部屋を見渡しても姿はない。  探しに行こうとドアに手をかけると、向こう側から勝手に開いた。 「結惟様、どうかなさったのですか?」  穏やかな笑みが僕を覗き込む。  僕はゆっくりと手を伸ばして、若にすがりつく。 「よ、よかった……。居なくなったのかと思った……」  温かい若の腕が、僕を抱きしめ返す。 「若のバカっ! 何で黙って居なくなるんだよっ!」 「申し訳ありません。……心配させてしまいましたね」  若は僕を抱き上げると、ベッドへと連れて行く。 「……どこへ行っていたの?」  聞くと、若は困ったように目を泳がせた。 「僕には言えないような所? 誰かと会ってたの?」 「……心さんと……ちょっと、話を……」  心と? ……と言うことは、感情回路についてのこと? 「……すみません」  若が目を伏せて謝る。 「……若は……どうしたいの?」 「何を……ですか?」 「感情回路のこと」  僕がその言葉を口にすると、若は困ったように眉を寄せた。 「私は……私は結――「僕は若の自由でいいと思う」  若が僕に決定権を委ねる前に、僕から若に決定権を委ねた。……卑怯。だとも思う。 「今は、自分の気持ちが分かるんでしょ?」  若がはっとして僕を見た。 「シオンに、データ貰ったって……何で教えてくれなかったの?」  若は珍しく口を紡いだまま、目を合わせようとしない。  そんな若が嫌だった。いつもなら、目を逸らさす、ちゃんと僕を見てくれるのに……。  ベッドを軋ませて、僕は若に抱きついた。  抱きついて、唇を重ねた。 「……――怖い……」  離れた唇から、本心が漏れる。  くぐもった声になったのは、涙を含んでしまったから。 「怖いんだ……、若が変わっていくのが、僕の知らない人になっていくのが。平気で僕を置いて行くのが。僕から目を逸らすのが。拒絶されてるみたいで、若の何を信じていいのか、分かんなくなる!」  若の服を掴んで叫んだ。  涙が溢れて止まらなかった。情けないことを言って、若にしがみついて……。  ――なら、要りません。  小さな若の声がした。  若の手が僕の頬を優しく撫でる。  見上げると、唇が重なった。  若は、驚くほど穏やかに笑っていた。 「私の感情が結惟様を不安にさせるなら、私はそんなもの必要ない」 「でっ、でも、そうすると若はただのアンドロイドに……」 「いいんです。ただのアンドロイドでも。結惟様に嫌われるくらいなら」  にっこりと笑う。  胸が、ジクリと痛んだ。  僕が不安になるなら、感情も持たない、ただの機械でもいい、と若は言った。  僕はすごく失礼なことを言ったんじゃないか……?何だかんだと一人よがりで……。 「ち、違うんだ……その……い、要らないんじゃなくて……持つ方がいいのかもしれないけど、でも……」  僕は一体なにを言いたいんだろう。  上手く言葉が出ない口を塞がれて、柔らかなベッドの上に倒された。 「……結惟様は、私のどこがお好きですか……?」 「っえ?」 「結惟様は私のことを“機械的”だと仰った。だから私は人間の“感情”に憧れた。シオンに感情を教えてもらって、あなたの理想に少しでも近づけたと思った。だけど、あなたは私から逃げていく……私が欲すれば欲するほど、遠くなっていく……」  僕の唇を貪りながら、若は一人言のように言葉を並べる。 「私は……私は本当に……あなただけが……」  目頭に熱い雫が落ちてきた。  それが若の涙だと気付くのに、時間はかからなかった。  熱くなり始めた僕の身体を知ってか、若は優しく僕の衣服に手をかける。  無言で始めようとする若を、少し怖いと思った。  そんな気持ちを振り払う為に、自分から口を開いてキスをねだる。  いつもより乱暴に舌を絡め取られ、唇を吸われる。  若の指が乳首を撫でて、素直に身体が震えた。  ねっとりとした舌で舐めて、つついて、若は僕の反応を楽しむ。  下半身が疼いて、起立するペニスを若の腹に押し当てた。  クスと若が笑う。 「……結惟様は、私が好きですか?」 「……え?」 「答えて下さい。そうしたらコレ、扱いてさしあげます」  僕のぺニスの先に触れて若は言う。 「あっ、ん……」 「言うまでは扱きませんので」  ヒタヒタと先走りの蜜で遊びながら僕を見る。 「好き……だよ」 「それだけ?」 「……だいすきだよ。ずっとそばにいてほしい」  答えると、濡れた手のひらに包まれた。 「ん、はぁっ」  包んで、扱いてもらってるのに足りなくて、自然と腰が揺れた。 「いきなりねだらないで下さい」  若の優しく細められた瞳の奥に、獣が見えた気がした。 「今夜はゆっくりといただきますので」  その宣言通り、若は意地悪く僕に触れる。  いつもならばすぐに与えてもらえる快感が、もう幾度となく先送りにされている。  イク直前に、若が手を離してしまう。  お尻の穴をいじられても、好きなところには触れてくれない。  前も後ろもドロドロなのに、一向にはぐらかされる快感……。 「わかっ……も、イきた……い……」 「嫌です。もっと欲してくれないと」  涼しい顔で笑って、カリの先に爪を立てる。 「んぁぁ……」 「それとも、自分で出して飲ませて頂けますか?」  若は僕を抱き起こして座らせ、股間に顔を寄せた。  でも、ぺニスを咥えてはくれない。代わりに僕の手がそれに導かれた。 「早く。イキたいんでしょ?」 「あ……」 「出来ないはずないですよね? 私が居ない間、一人で済ませたんですから」  ニヤリと若が笑う。その表情にさえ、僕の身体が震えた。  ゆっくりと手を動かす。  若は遊ぶように、揺れる先にチロッと舌を這わしたり、唾を落とした。  それが気持ち良くて、自然に扱く手が早まる。 「ぁ、も、イク……イクから飲んでっ!」  精液が飛び出すより先に、若が先に口付けて、一滴も落とさず吸い取った。 「は、あ……ぁ……」  腰がガクガク震えて、座っているのがしんどかった。  下からは若が満足そうに見上げている。  どうしよう、本当に若の前でしちゃった……。  突然込み上げる恥ずかしさ。どうしていいか分からずに戸惑う。 「……もっと、見せて下さい」 「えっ」 「結惟様をもっと見たい。お手伝いしますから、もっと私に見せて下さい」  若は僕を四つん這いにさせて、自分で尻の穴を弄れと言った。  そんな恥ずかしいこと嫌だと、拒む僕の指先を舐めて、ゆっくりと穴へ押し込み、引き出す。  自分で自分の中を弄るなんて初めてで、怖かった。  でも若が導く手は止まらないし、元気を取り戻したぺニスも気持ちよさを物語っていた。  そこへも、空いている手を誘導させられて、僕は必死に腰をくねらせた。  でも、普段若に可愛がってもらってる分、僕の小さな指じゃお尻の穴は全然満足しない。 「わ、若っ……指……」 「はい? どうして欲しいですか?」 「若の、指も……入れて」  お尻を振ってお願いする。  分かりました、と小さな声が聞こえ、切ない圧迫感と共に若の指が押し入る。  僕の中で二本の指が別々の動きをする。  若は僕の好きな場所を掠れるように触れて、逃げる。 「ふ……あ、ぁ……へ、変に、なりそう……」  思わず呟く。 「可愛らしいですよ。お尻の穴もぺニスも自分で気持ちよくなされて……とても淫乱だ」  こんなの、僕じゃない……。  そう思っても、慰める手は勢いを増すばかりで、恥ずかしさに涙が滲んだ。  若はそんな僕を愛しむように、背中にキスの雨を降らせる。 「ぅ……ぁ……イク……」  独り言のように小さな声を上げて達した。  手に零れる生暖かい精液と、ヒクヒク痙攣する穴。  イッたばかりなのに物足りなくて、僕は精液で汚れた手のひらを若の股間へと伸ばした。  欲しいものを包み込んで、自分の穴へ導こうとする。 「……欲しいですか?」  若が優しく尋ねる。 「うん、欲しい……から、はやくっ……」 「私でいいんですね?」  どういう意味だろう……?  深く考えることが出来なくて、夢中で頷く。  緩く口を開く穴へ、若は一気に入ってくる。  圧迫感を逃そうと、大きく息を吐いた。飲みこんだ中が、ヒクンと疼く。 「……温かい……」  何度も入れてきたはずなのに、若はそこが初めてのように言葉を漏らした。  気持ちいいところを散々刺激されて、声も小さく嗄れ始めたころ、やっと若と向き合う。  力の入らない両手で、若の唇を引き寄せた。 「結惟……」  耳元で名前を呼ばれて、くすぐったくて気持ちよかった。 「あなたに会えて、よかった」  動きは止めない。だけど静かな声で若は言う。 「結惟に会えて、そばにいれて、必要とされて……本当に幸せだった……」 「……若?」  どうしたんだろう……まるでお別れの言葉みたい……。 「俺は、結惟の為だけにこいつを作った。俺が結惟を愛したように、こいつも結惟を愛するように……ずっとそばで、守り続けられるように……このアンドロイドを、結惟に――」 「…………わかな……さん?」  直感だった。  今言葉を述べたのは、若じゃない。若の身体を借りて、製作者である和奏さんが僕に伝えたんだ……。  若は幸せそうに笑いながら涙を零した。  僕もなぜだか涙が止まらなくて、  胸がいっぱいで苦しくて、  「愛してる」  そう返したかったのに、言葉が出て来なかった……。  翌日の朝、若は僕の横で静かに動きを止めていた。 「まぁた電源落ちてるんじゃないのか?」  律さんは笑って若の背中を見た。 「……ん? 上がんねぇ?」 「え? 故障?」  何でだ? と原因を探る律さんと心を、僕は遠くから見ていた。  心臓がドキドキして、怖くて動けなかった。  息が出来ないほど苦しくて……。心が目線でシオンに指図した。 「……結惟、向こう行っておこう?」  シオンの手が僕に触れる。 「い……やだ……」 「二人に任せておけば大丈夫だって」 「……じゃあ……何で起きてくれないの……?」  僕の問いかけに、シオンが困る。 「だって、昨日までちゃんと生きてたんだよ! 笑って、名前呼んで、抱きしめてくれたのに!」 「結惟、落ちつけって」  泣きながら怒鳴る僕を見かねて、律さんが駆け寄ってくる。 「……僕のこと愛してるって、そばにいるって言ったのに」  律さんは何も言わず、優しく抱きしめてくれる。 「若……起きてくれないなんて……若、し、しん……ゃったら…………」  涙が溢れて、止まらなくて。  律さんの胸にしがみついて、声を上げて泣いた。

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