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8月31日 PM11:14 ―3

 陳腐な言い回しをするならば、カラッカラに乾いたスポンジが水をぐんぐん吸収するみたいに、記憶や知識が次々に詰め込まれていく。  そして颯也(そうや)はそれらを自在に引き出しては、みんなの目の前にぽん、と、いとも簡単に披露してみせる。  人間の脳の使用領域はわずか10%程度という説があるらしい。  なるほど颯也には、残りの90%を自在に使いこなす機能が生まれつき備わっているのに違いない。  これを本人はいたって普通のことと考えていて、そのことを自分からひけらかして自慢するようなことは決してしない。  颯也に初めて会う人間は、彼のことをまず「気さくでよくしゃべる奴だ」と思う。  少しして、次々と繰り出されるバラエティに富んだ話題の数々に、「こいつはおもしろい奴だ」と思う。  それからようやく、彼の記憶力や知識量の豊富さとその正確さ、緻密さに、目を見張るようになる。  やがて気づく。「こいつは普通じゃない」、と。  そのうえ見た目だって悪くない。  小さい頃から父親の町工場(こうば)を手伝っていて、そのせいか年の割にはがっしりとした体つきで、おまけに長身で顔が小さいのでスタイルが余計よく見える。すらりとした長い脚を動かして歩いているだけでも様になるので、地元の一部の女子連中からはアイドル視されてたくらいだった。  今だって、きれいな筋肉がついた颯也の体は、俺のゲイ(とも)たちからも定評がある。  颯也は、また、よく笑う。  黒目がくるくるしているので、整った顔立ちは一見あどけなくも見えるが、鼻筋がとおっているから童顔には見えない。  だけど大きな口を広げて笑うと顔中くしゃくしゃになって、邪気のない子供みたいになる。  それがひどく魅力的で、俺はその笑顔に昔から魅了されっぱなしだ。いや、きっと俺だけじゃないだろう。こいつのその笑顔を見た奴は、きっと颯也の虜になる。  今や颯也は、有名人どころか、学年…いやこの学園イチの人気者だ。  幼なじみの予想通りの怪物ぶりに痛快さを感じていたのは最初だけ。  それでも今はいい。幼馴染のコネクションが颯也を繋ぎとめてくれているから。  ゲイ(とも)たちが騒ぐのを尻目に、「優海(ゆう)優海(ゆう)」と慕われることに悪い気はしない。  クラスも違うし自分のクラスにも馴染みや取り巻きはできてるはずなのに、ことあるごとに颯也は俺のクラスに遊びに来る。そしてそのたび俺は、迷惑そうな顔の裏側で、いつも、密かな優越感にひたってしまう。  でも、颯也が来てまだ半年も経っていない。  こんな状況がいつまでも続くと思えるほど、俺は能天気にできてない。  常に不安で仕方ないのだ。  思えば颯也は、昔から、俺のちょっとしたストレス要因だった。  颯也が普通じゃないことは理解できていた。天才は天才。凡人は、天才の何倍もの努力をしなければならない。  だけど、どれだけ必死になって机にかじりついたとしても、颯也にだけは勝てなかった。  努力すればするほど、颯也という存在感は俺の中でさらに膨れ上がっていく。  親に編入試験へ向けたプレッシャーをかけられる以前から、俺は颯也のことが羨ましくてしかたなかった。  あくせく勉強するでもなく、仲間と毎日のように遊び、笑い、人生を楽しみながら、なおかつ常に俺の前を進む。  今、目の前にある、じわりと()に焼けた颯也の肌だって、今期の夏期講習に参加せず、地元に帰って昔の仲間と夏休みを謳歌していた(あかし)。 …それが…どこをどう見誤ってしまったんだろう。  気づくと俺は、颯也しか見えなくなっていた。  颯也のような完璧な人間を前にすると、羨望は、嫉妬を超えて一気に欲望へと昇華するものなのらしい。  颯也みたいになりたい。  颯也を見ていたい。  颯也しか見たくない。  颯也しか見えない。  颯也が、…好き…  颯也が… …欲しい…。  つまり颯也は俺の…初恋の相手。  その気持ちは、2年前の夏の午後、ついに爆発して俺の理性を呑み込んだ。  中2の今日の日、俺は、颯也に初めてゲイであることを明らかにした。  颯也がワンオクが気になると言っていたのを聞きつけ、仲間には内緒で集めていたライブのグッズなどを颯也にだけ見せてあげたくなり、部屋に呼んだのだ。  ファンクラブの写真集をきらきらした目で追う颯也の様子を見ていたら、なぜか、今しかない、と思った。  親父は海外赴任中、母さんは本日フラワーアレンジメント教室と料理教室の掛け持ちで少なくとも6時までは帰って来ない。塾は午前中で切り上げていて、学校の課題も塾の課題も終わっていたし、…なによりこの日は、俺の誕生日だった。  約1年後の編入試験に向けた受験勉強でくたくたになっていた俺の脳みそは、颯也の“万能細胞”を吸い尽くしたい、と、そんなバカげた本能に突き動かされた。 『――優海ちゃん?』  最初はもちろん戸惑われた。  でも、ここまで来たら最後までいかないと明日からが超気まずい。  しがみついて颯也の舌を必死に求めていたら、そのうち颯也がのってきた。 『…やる?』男とやるの、おもろそう。それに、 『優海ちゃんとなら、いいかも。』  颯也にとってはただの好奇心だったんだろう。でも俺はその台詞(セリフ)で完全に火がついた。  気づくとフローリングの上を裸でもつれ合っていた。 『アッ、すげ、超キモチいいッ…!』そか、男のほうがこういうのわかってるから…『ヤベまたイく…!』  颯也に褒められるたびに脳細胞が悦びで震えた。  颯也の“能力”がそうさせている気がして、俺は颯也の体液を夢中で吸い上げた。  それは俺にとっての“祝福”だった。  ずっと昔から、欲しくて欲しくてたまらなかったものだった。 『…ア…もう、やめ…ッ、おしまいだって…ウくッ…ばかまた出ちゃ…、ァ…ッ……颯也ァッ!』 『…優海ちゃん、すげー感じやすいんだな…おもろい。』  颯也はすぐに俺の真似をしたがり、飲み込みも早いうえに応用力もすごくて、俺も颯也に何度もイかせていただいた。  最後は颯也のほうが高まって、…恥ずかしながら、俺は、自分から誘っておきながら最終的には行為の中止を颯也に嘆願してしまうほどになっていた。 『…ばか…ちょっと、も…、…ッ!そこッ…ダメ…っひ…ん!』  まったくどっちが襲われていたんだか。  それでも俺は大満足の誕生日祝いをもらった気分になれたし、颯也も満足そうだった。 ------------→つづく

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