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8月31日 PM11:14 ―5

―― あのさ、誰しもがお前みたいにお金持ちで生まれてくるわけじゃないの。進路なんて大人次第な奴がごまんといんの。いい高校行かせてもらうんだから、そのままちゃんと大学行って、立派な大人になって、でも、絶対忘れんなよな?そのこと。  読み終わった瞬間、俺の、水風船みたいに膨らんでいた颯也(そうや)への想いは、割れて一気にはじけ散った。  ああ、終わってしまった。  そう思った。  彼の人生から、俺はすでに弾き出されてしまっていたんだな。と。 「…知らんし。」 「それ、覚えてるけど思い出したくない、って()だよ、優海(ゆう)。」 「……。」 …なんだよ。俺のことはなんでもお見通しってか。  だったらわかってくれよ。俺は不安でたまらないんだ。  頭脳、容姿、性格、人徳。すべてを持っていて、誰からも愛されるお前が、いつ、俺を見限って離れて行ってしまうか。  明日の結果次第でクラスが離れたら…  俺よりよほど奴が現れて、こいつが夢中になってしまったら…  一緒の学園に通っている今ですら、怖くて仕方ない。 …いや、今だからこそ、余計に怖いんだ。  一度“別れ”を経験してしまった俺は、すっかり臆病になっている。 「颯也…」 「ん?」 ―― どうしてこの学園に来たんだ?  ひとこと、言ってくれたら。 “優海がいたから。”  颯也がそう言ってくれれば、それだけで、俺は、どれだけ救われることか。 …俺だけだという証明が欲しい。 …だけど、この質問は、すでに一度確認したことがある。 『…どうしてこの学園に来た?颯也。』  颯也は少しムッとした。でもすぐにいつもの表情に戻り、 『特待制度があるって知ったから。タダで海外の大学まで行けるチャンスかも、って思って。』 と言った。 『…あ、そう…』(がっかりする俺。) 『それが、意外にも親父が背中押してくれてさあ。優海だって、俺にそのこと教えといてくれればよかったのに。』 『…いや、俺だってそんな制度があることは知らんかったし。』 『だよねえ。優海はいつでも自分のことだけに必死だから。』 『……!( ゜Д゜)』(何も言えなくなる俺。)  後で思うとこの時の颯也はめずらしくどこかツンケンとしていた。  颯也のなかにある何らかの自尊心を傷つけてしまったのではないかと察した俺は、それ以降その質問に触れることをやめた。 (きっと同じ答えが返ってくるだけ。期待するだけ不毛だ。) …俺たちが成長していくにつれ、主観や趣向は変わる。いつか終わりはくるものだ。  そう、わかっていたはずなのに。 …俺は、また期待してしまいそうになっている。  純真で無垢な優しい瞳が、俺を見つめてくれるたび… 「なに?優海。」 「……。プールん中で…しようぜ。」 「ははっ。おもろそう。でも、()みくね?」 「俺があっためてやるよ。」  颯也の胸を突き放す。 「優海?」  そのまま上半身を反転させ、温かかった颯也の膝からずり落ちるようにしてプールに滑り込む。  頭まで一気に潜ってしまえば水の冷たさは気にならなくなる。 『優海っ』  颯也が俺を呼ぶ声を水中で聞く。  真新しいプールの壁は暗い青で塗りつぶされていて、まるで海の底に潜り込んでしまったかのようだ。  透明な水面から顔を上げると、驚いて俺を見下ろす颯也の蒼い影が見える。  その上には、白い月。  ああ。きれいだ。  景色だけ見ていれば、今日は、確かに、最高の誕生日だ。  プールの水深は1.5mくらいだろうか。水面から出ている部分に夜気が触れ、ひやりとした大気が頬を撫でる。  ふちに腰掛け膝を沈めた颯也の腰を、ベルトを引っ張るようにして乱暴に引くと、ややあって、颯也はタイルの床を腰を滑らせるようにしてゆっくりと俺に近づいてきた。  床を蹴り、颯也のシャツをまくり上げて、そこに口をつける。  左腕を背中に回すと、颯也は「つめてっ」と無邪気な声をあげた。  なめらかであたたかい肌。  中学の頃から、欲しくて、欲しくて、この肌を、俺は甘いアイスを溶かすみたいにして何度も、何度も舐めあげてきた。  ジッパーをおろし、貪欲に舌を這わせる。  舌が移動するのにあわせて体を徐々に降下させ、やがて胸が沈み、肩が沈む。  両肩で颯也の腿を軽く持ち上げるようにすると、水面から顔だけ出した格好になる。  茎を右手で握りこんでから、唇を薄く開き、首を伸ばして一気に吸い込む。  俺の、ありったけの愛情を、唇と舌にこめる。  颯也を煽り、俺だけの世界へ誘い込むために。 「…ん」  ほら…熱くなってきただろ?  お前の体のことなら、俺は、誰より深く知ってるんだ。 「…ふふ…なんか、人魚にサービスしてもらってるみてえ。」  だまってろよ。お前からの“祝福”をもらうのに、俺は今、必死なんだから。 …いや、もう“祝福”だけじゃ物足りない。  俺は、お前が俺だけのものだという、“証明”が欲しい…。 「…ア…、イきそ…ッ」 「んん…いいぞ…イって、も…」  そうだ。イってしまえ。  雫になったお前の欠片を、今すぐ俺に寄越してくれ…! 「ちょ…優海、だめだってさっきお前…」  颯也の指が伸びてきて、俺の舌を、唇を遮ろうとする。邪魔だな。いいよ、そこも舐めてやるよ。指輪ごと、指先まで舐め上げてやる。 「ちがうちがう、優海どしたの、ちょっと…」  だまれよ!イけよ!俺がイかしてやるから…早く! (早く寄越せ!) 「…ん、んッ、…は…」 「優海、待ってってば」  とうとう腰が動き、するん、と、颯也の体は俺の顔に沿うようにして降り始めた。  果たして颯也はプールに沈み、俺のすぐ目の前に立つ。勢いにつられる格好で、俺は不本意のまま後退する。 「はあぁ、つめて~」  大型の犬みたいに、颯也は一度大きく身震いすると俺を見た。  息が少し上がっていたが、それでも、ゆったりとした笑顔は崩していない。 「…どうしたの優海…コーフンしちゃって、らしくないね。」  俺だけが必死な気がして泣きたくなる。それを知ってか知らずか、颯也の指先が水面から上がってきて俺の頬を撫でた。 「さっきみたいのも悪くないけど…だめじゃん…今日は俺が優海を気持ちよくさせる日なんだから。」 「……。」  ちがう。俺はお前の(あかし)が欲しいんだ!  俺じゃなきゃイけないんだって言わせたい。  お前を、せめて、体だけでも繋ぎとめておきたい。  視線を落とし、水面から突き出た颯也の体を見つめる。  濡れてしまったシャツの奥から、しっかりとした筋肉の輪郭が浮かびあがって見える。  颯也の腕が水の下からしなやかにまわってきて、背中ごと抱き寄せられた。  同時に、スウェットのなかに大きな手がいきなり入ってきて、生で握られる。 ------------------→つづく

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