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第3話 じゃあな、幸せに

俺は剣も槍も魔法も使えるが、ある意味器用貧乏だ。 低レベルのうちこそ中衛として重宝がられるが、剣や槍の腕もそこそこ、回復魔術もごく低レベルのものしか展開出来ない。俺は漠然と将来に不安を感じていた。 剣士であるカーマインと二人でやっていくにしても、カーマインと離れてソロでやっていくにしても、このままではいずれ戦力として不足を感じるようになるだろう。もっとレベルの高い依頼に対応するには回復や攻撃系の魔法をもっと高めていく必要があると思っていた。 ただ、残念ながらどの属性にも中級、上級を覚えられるほどの適性がない。そんな時、適性に関係なく学べる魔術があると聞いた。それが聖属性の魔法だった。 こんな俺でも、聖魔法ならば覚えられる。 聖魔法は回復から補助魔法、上級になれば強力で広範囲に使える攻撃魔法まで展開できるバランスのいい属性だ。一部の聖職者しか使えないその魔法を使えるようになれれば、俺みたいなハンパ者でも一人でそれなりの戦果が挙げられるようになるだろう。 それがなんと、この街にある『聖騎士の塔』の最上階に辿りつけた者は、聖龍から直々に聖属性の魔法を授けて貰えるのだという。 しかも中級の魔物を蹴散らせるほどの腕がある冒険者なら、一週間程度でも簡単な聖魔法を教えて貰えたことがあるらしい。有難い話だが、無論難易度が高い魔法になればなるほど教えて貰えるには条件が厳しくて時間もかかるらしく、戻ってこない冒険者も多いと聞く。 最上級の攻撃魔法、ホーリーを会得すれば『聖騎士』の称号が与えられるらしいけれど、塔が出来て数百年、未だ数人しかその称号を得た者はいない。これは『聖騎士の塔』の門番に聞いたから、多分正しい情報だろう。 一人になってしまえば、命も時間も惜しくはない。 じっくりと腰を据えて一層ずつ丁寧に登っていけば、レベルも上がるだろうし高位の聖魔法を教えて貰える可能性だって出てくるに違いない。 いつかカーマインと離れてソロになったら、この塔に挑もうと思っていた。 「この塔の最上階まで登れば、聖龍様から聖属性の魔法を授けて貰えるらしいんだ。俺は聖騎士を目指したい」 「へぇ、聖騎士か。カッコいいな。でもそれならみんなでチャレンジすればいいじゃないか」 「いや、一度入るとそう簡単には出られなくなるらしい。いつまでかかるか……何年かかるかも分からない」 「年!? 長っ」 「ああ。だから、待たなくていい。俺は今日でパーティーを抜ける」 「は!?」 「エリスなら無茶してケガしがちなお前を癒しながら旅が出来るだろう。……仲良くな」 「いや、待てよ! ぬ、抜けるってお前……! 急に何勝手な事言ってんだよ」 カーマインは分かりやすく狼狽しているが、それは想定内だ。 「悪いな、今まで言えなかったけど、いつかはお前から離れようと思っていたんだ。ヒーラーが仲間になってくれるなら俺も安心して離れられる」 「離れるって……な、なんで……! オレ、なんかお前に嫌なことしたか?」 カーマインはショックを受けた様子だが、完全に俺の都合だ。 カーマインには事情を話すべきだが、大きな声で言う事でもない。俺はカーマインにだけ聞こえるように、そっと顔を近づけて囁いた。 「別にカーマインは悪くない。何度か言った事があっただろう? ずっとお前が好きだった。お前のことをキッパリ諦めるにはちょうどいい機会なんだよ」 「そ、それとこれとは……!」 途端に気まずそうな顔になるカーマイン。俺が気持ちを吐露すると、カーマインはいつだって気まずそうだった。でも、もうこの顔も見納めだ。 「カーマインさーん、ライアさん!」 その時、エリスが俺たちを呼ぶ声が聞こえてきた。カーマイン越しに店内を見たら、ローブが置かれているあたりでエリスが手を振っているのが見える。愛らしい笑顔だ。きっとカーマインには彼女のような子が似合いなんだろう。 「カーマイン、エリスが呼んでる」 俺は微笑んで店内を親指で軽く指す。 「いい防具があったんじゃないか? 行って、アドバイスしてやった方がいい」 「……っ」 何か言いたげな顔をして、けれど諦めたようにため息をついたカーマインは、エリスの方へと足を向けた。 「行ってくる。どのみちこんなとこで話す事じゃないだろ。宿に戻ってからゆっくり話そうぜ」 見慣れたその背中が、うなじが、遠のいていく。 剣士のカーマインはいつも先頭に立ち、魔法と槍を操る俺はその少し右後ろっていうのがいつものポジショニングだった。もうそこに立つことはないだろう。遠くに見えるその背に、俺は小さく呟く。 「じゃあな、幸せに」 もう二度と会わない。 エリスでも誰でもいい、俺から見えないところで可愛らしい女と共に、幸せに楽しく暮らしてくれればそれでいい。 勝手に別れを告げて店を出る。俺はその足で『聖騎士の塔』へと向かった。 本当にどれくらいかかるかなんて分からないけど、一人で戦いに明け暮れてりゃ、聖騎士になる頃には俺のこの報われない想いもきちんと昇華している事だろう。

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