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第9話 夢見心地の一夜
元気そうな男女が満面の笑顔で迎えてくれた。
二人ともカーマインを思い出させるふわふわの赤毛で、けれどその髪からはぴょこんと可愛らしい猫耳が飛び出している。同じく真っ赤なしっぽも楽しげに動いていて、顔つきも二人そっくりだから、ああ獣人の姉弟なのかなと思った。
年は俺とそう変わらないように見えるが、獣人は人よりも結構長命な種だと聞く。実際の年齢はわからない。
「あーっ! それ、一層の?」
「ボアとラビットだ! 食材は断然一層がいいんだよねぇ。売ってくれるの?」
二人の勢いに押されて、ただ頷いた。食わずに持ってきて正解だったらしい。
「あ、ああ……あの、一層で聖龍に出会って……三層に宿とよろず屋があると聞いて来たんだが」
「一層で聖龍様に会えたの!?」
「それはレアだな、よほど丹念に塔を探索したんだな」
二人から感心されてしまった。本当に聖龍は塔の探索を丁寧に行った者の前に現れるんだなと納得する。俺の常なら無駄とも思える探究心がこんな所で役に立つとは。
「買取と宿も頼めるか?」
「もちろん!! あ、あたしサク、こっちは弟のロンね」
サクと名乗った女の子の方がボアとうさぎをヒョイと持ちあげる。すると弟だという男……ロンが俺の荷物を持ってくれた。
「部屋に案内するからさぁ、とりあえずお風呂に入っときなよ。ご飯作っとくから、売買とかはその後でゆっくりやろーよ」
地上よりも遥かにサービスのいい宿に、俺はただ驚くばかりだった。
一週間ぶりの風呂を堪能……というか、個室にシャワーも湯船もあるなんてハイクラスの宿屋っぷりに、むしろ実は俺は死んでいて、都合のいい夢でも見ているんじゃないかと不安になる。
それでもやっぱりシャワーは気持ちいいし、備え付けの石鹸は香りも良くて泡立ちも申し分ない。湯船に浸かれば手足の先までじーんと暖かくて体中から疲れが抜けていくようで、夢でもいいか、と思うようになっていた。
風呂から出て改めて部屋を見渡してみたら、カーマインと一緒に泊まっていた部屋よりもよほど広く、清潔でしっかりしたベッドが置かれている上質な部屋だった。
聞いていた食事込みの宿泊代からすると随分とサービスがいい。
今すぐベッドに飛び込みたい気もするが、飯と換金は済ませておかないとならないだろう。荷物を開けて換金したい物を準備してから階下に降りると、随分と豪華な食事が用意されていた。
「すごいな……」
「今日はおにーさんが食材持ち込んでくれたから豪華だよー! お酒も飲む?」
「じゃあ、果実酒で」
サクさんがサラダを運んでくれながら嬉しい事を言ってくれる。さすがに気を抜きすぎかとも思うが、毒を喰らわば皿まで、だ。信用してとことん気を抜いて過ごさせてもらう事にしよう。
「新鮮な野菜なんて久しぶりだ」
「でしょー。冒険者の人たちは皆野菜とか果物を喜ぶもんね」
「確かに果物も嬉しいな」
シャキシャキとした瑞々しい野菜。香り高く果汁が溢れ出るフルーツ。乾燥させた物を水で戻しただけでは絶対に得られない食感と味に素直に感動した。
「誰が作ってるんだ? すごく美味い」
「ロンだよー。ロンの方が手先が器用なの。アタシはもっぱら食材調達担当!」
「へぇ、この果実酒もとても美味い。甘すぎなくて好きな味だ」
「それはねぇ、ファルポって果実を漬け込んだものだって言ってた。生で食べるとすっごく苦いのに、お酒に漬けるとほんのり甘くなるんだって。不思議だよね」
そんな他愛もない事を話していた時だ。
「うぃーす、遅くなったわー」
「うわっ、今日の飯、豪華だな」
2人連れの冒険者達がまったりした様子で入ってくる。そして即座に俺の方を見て愛想良く笑いかけてきた。
「おー、新入り? 久しぶりじゃない?」
「どこの階層まで行ったんだ?」
「え、まだ一層がやっと終わったとこで、明日から二層に挑もうと思っている」
「一層!?」
「なのになんで三層のここに!?」
問われて素直に答えたら、思いの外びっくりされた。
「聖龍様に教えられたらしいよー。一層で聖龍様に会えるなんてレアだよねぇ」
「うっわマジか。俺らなんか四層で初めて会ったってのに」
「ていうかまさかソロ? 大丈夫なの? 上層の魔物、めっちゃ強いぞ?」
俺の代わりにサクさんが答えてくれたけど、心配までされてしまった。一層で聖龍に会うのは本当にレアな事だったんだ……と思いつつ、本当に普通の冒険者っぽい人達が入ってきた事に安心する。
その晩は割と遅くまでお酒を飲みながら宿の人や後から入ってきた冒険者達と情報交換をしていたけれど、あの人たち以外の泊り客は結局いなかった。こんなにも便利な宿に泊り客が少ないという事実に、丹念に塔を探索する冒険者は思っていたよりもかなり少ないという聖龍の言葉が真実だと思える様になっていた。
けれど俺は俺だ。カーマインもいない今、誰の目も気にする必要がない。存分に時間をかけて探索しよう。
そう決めて眠ったベッドはとてもふわふわとして柔らかく、夢を見ることもなくぐっすり眠る事ができたのだった。
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