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第10話 【カーマイン視点】半年後
「やっぱり……ずっと待つつもりなんですか?」
「ああ、もちろん」
なんとも複雑な表情のエリスからの問いに、オレは迷いなく頷いた。
ライアが『聖騎士の塔』に潜ってから半年、予想通りライアは戻って来る気配なんてさらさらない。でも、そんなのライアの性格を考えたら当然すぎることだった。
塔を攻略して戻って来るライアをこの街で待つ。
半年前にそう決めてから、オレの気持ちはこれっぽっちもグラついちゃいなかった。
「いつ帰ってくるかも、分からないのに?」
何度も問われた事だ。
塔に籠る期間なんて人それぞれだ。出てくるまでに何年もかかる事だってザラだって、オレは既に知ってる。ろくに話し合う事もなく離れた相手をそんなに待つ必要があるのかって問い詰められた事さえある。
それでも、オレはライアも待つって以外の選択肢なんてどうしたって取れないんだ。
「ま、一、二年はかかるかもなって思ってるし。十年待ってダメなら諦めるさ、多分」
笑ってそう言ったら、さすがにエリスに苦笑された。
「決意は固いんですね。色々ありがとうございました」
「頑張れよ」
そんな短い会話だけを残して、エリスが去っていく。オレのもとを離れ、新しいパーティーに移って違う街へと旅立つためだ。
これは半年前から決めていた事でもある。
そもそもオレがエリスをパーティーに誘ったのは、ヒーラーで可愛くて性格が良さそうだったからではあるんだけど、色んな街を見てみたいってとこで意気投合したのが大きかった。
ライアが『聖騎士の塔』から戻るまで何年かかるか分からない。その間エリスにもこの街で一緒に待ってくれなんて言えない。街を渡る予定の別のパーティーに入った方がエリスにとっては良いかもしれない。
そう思ってエリスに事情を話してみたんだけど、意外にもエリスは、ある程度戦闘に慣れるまでペアで居させて欲しいと言う。
考えてみればヒーラーは低レベルのうちはパーティーでも活躍しにくいジョブだ。体力や防御力も低いから戦闘中は魔物に目をつけられないよう、できるだけ目立たないように隠れていて、戦闘が終わったら回復を行使する。ポーションの方がマシだと揶揄する冒険者も多く、受け入れ先に困る場合も多い。
けれどレベルが上がって筋力増強やスピードアップなどの補助系を覚え始めると、パーティー内での存在感は一気に増す。そうなるとどこのパーティーからも引っ張りだこだ。
声をかけたのはオレで、急に予定が変わったのもこっちの都合だ。どうせライアが塔から出てくるまで特に目的もない。エリスが他のパーティーを見つけるまで責任持ってサポートしようって思った。
パーティーに誘った時は、彼女になってくんねぇかななんて思ってた気持ちももちろん封印だ。恋仲なんてものになった日にゃ、他のパーティーだのなんだのって話じゃなくなるもんな。
そう肝に銘じて半年間ずっとエリスを可愛い後輩として見守ってきたから、エリスが中堅どころのパーティーにスカウトされて移籍する今日は、オレにとっては大切な仕事を成し遂げた日でもある。
エリスを死なさずに、ちゃんと一人前の冒険者として送り出せてよかった。
心底ホッとした。
なんせ後輩を導こうにも、最初の頃はオレ自身がてんで頼りなかったから。ライアが居なくなって初めて、オレはあいつが影でやってくれてた事の大きさを知った。
宿の手配も金の管理も困ったし、ダンジョンに潜る時の買い出しですら抜け漏れがでる。でもなにより困ったのは、アイツが隣にいないっていう、その単純な事実だった。
いつだって側にいて自然に目に入ってた銀髪が見えない。オレが何か思いついたら「じゃあこうしよう」って返してくれる筈の声が聞こえない。飯を分け合うのも、戦闘で互いを守るのも、くだらない事で笑い合う事さえできない。
それを日々のちょっとした出来事の中で感じる度に、地味に精神が削がれていく。
半年も経つのに全然慣れない。
オレは多分、随分とアイツに依存してたんだろう。きっと、ただ側にいるだけで良かったんだ。
エリスも去っていよいよ一人になると、気楽ではあるけれどちょっと気も抜けた。ダンジョンに潜る差し迫った理由もなくなったわけだし、今日はダンジョンには潜らず久しぶりにちょっと骨休めでもしてみるか、と特に何にも考えずに歩いていたら、目線の先に『聖騎士の塔』が聳えている。
あの場所でライアは、今日もひとりで魔物と戦っているんだろうか。
ソロでやっていくのはペアやパーティーより遥かに危険が多い。きっととっくの昔に回復系のアイテムなんて底をつきただろう。アイツが使える回復系の魔法で癒せないくらい酷いケガなどしていないだろうか。もしかして出たくても出られない、なんて事になってたら……。
次から次に浮かんでくる心配が、今まであえて考えないようにしてたある考えをオレに押し付けてくる。
もしも……もしも、どれだけ待ってもライアが帰って来なかったら?
その最悪な想像に、思わず身震いした。
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