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第16話 忘れてくれ
こんなにも長いこと一緒にいて、裸体を充分に見たこともないのが逆に自分の思いの深さを表しているようで少し笑える。あの頃は、カーマインの裸体なんて見てしまったら、自制心が一気に崩壊する気がして怖かったんだ。
愛しい相手の肉体もろくに知らない、娼館に行った事もない。そんな俺の想像力じゃどうにも限界があって、肌を合わせる戯れ程度しか思い浮かべられない。けれどそれで充分だった。
忘れられない愛しい人に触れて、触れられて……それだけでいい。
手強い敵を倒したあと、カーマインは汗で濡れた髪を額に張り付かせて「やったな」と屈託なく笑ってくれた。俺はあの誇らしげな顔が好きだった。上気した頬も額の汗もどこか艶かしくて、本当はそのままキスしたかった。
想像の中で、俺はカーマインの唇に噛み付くようにキスをする。
きっとカーマインは驚いて抵抗するだろう。
でも、抵抗のために開いた唇の隙間から、強引に舌をねじ込んでカーマインの中に押し入っていく。あの白い歯の奥にある舌の味を確かめたい。口の中で逃げ回る肉厚な舌を無理矢理捉えて、ぬるんと舌を巻きつけた。
その瞬間、手の中が熱くなる。
吐精していた。カーマインと熱いキスをする想像だけでイケる事に笑ってしまう。これだから童貞は、と内心自分を揶揄しつつもう一回風呂に入って、今度は大人しく眠る事にした。
カーマインを忘れたいと願いながら、新しく得たこの甘美な時間が捨てられない。いつかは俺のこの愚かな心にも変化が訪れるんだろうか。
***
五階を抜け六階層に主戦場を移してどれくらい経ったのか。
だいぶ六階の魔物の強さにも慣れて来て、宿屋から遠出できるようになって来た頃だった。それまでにマッピング済のところは正ルートを辿り、三日ほどかけて六階層の中程あたりに来た時、向こうから来たパーティーからいきなり声をかけられた。
「もしかして君、ライア?」
「……誰?」
反射的に返事をしたものの、まるっきり見覚えのない顔ばかりで困惑する。本当に誰だ。
「あー、やっぱりアンタがライアか!」
「確かに銀のサラサラストレートに緑の目のイケメンだ。ソードスピアも持ってるもんな、間違いねぇ」
「いや、マジでイケメンだなぁ」
「え、ていうかなんで薄汚れてねぇの? むしろいい匂いがする」
賑やかな四人組のまだ若いパーティーだけど、本当に見た覚えもない。この言いっぷりだと、どうやら俺と顔見知りという訳でもないらしい。
「すまないが、顔見知りではないよな? なぜ俺を知っている?」
改めて聞き返すと、リーダーらしき魔術師の男がごめんごめんと謝ってくれた。人好きのする笑顔の男だ。
「塔に入る時にさ、門番たちに頼まれたんだよ。アンタの特徴と名前だけ伝えられてさ、もし塔の中で会ったら教えてくれってさ」
「そうそう。なんかアンタの相棒が、せめて生きてるかどうかだけでも知りたいんだってさ」
「君、随分長いこと塔に篭ってるんだろ? そりゃ相棒は心配だよな」
「いやぁ、会えてホントよかったよ」
めちゃくちゃ喋る四人組からもたらされる情報に、俺は目を白黒させるしかなかった。
相棒って……カーマインが俺を心配して……?
「良かったら伝言届けるよー」
そんな軽い口調でもたらされたありがたい申し出に、俺は急いで手紙をしたためた。
心配してくれてありがとう。
運良くケガもなく順調に攻略は進んでいる。
けれどまだまだ時間がかかりそうだ。
ろくに話し合いもせずに勝手なことしてごめん。
俺の事は忘れて、新たなパートナーと沢山の街を巡ってくれ。
そんなことを書いたと思う。いつ魔物が現れるかわからない中、伝言を届けてくれるという彼らをあまり待たせるわけにも行かなくて、どうしても伝えたいことだけを必死で書いた。
彼らと別れてから、ようやく落ち着いて考えられるだけの思考能力が戻ってくる。
塔に入ってから随分経って時間の感覚があやふやになっているから正確にはわからないけれど、きっと最後に会ってからもう半年……いや、もしかしたら一年近く経っているんじゃないかと思う。
まさか、カーマインがまだ俺の事を心配して、気にかけていてくれたなんて。
申し訳ないと思う気持ちのどこかで、嬉しい気持ちも確かにあった。
けれどカーマインには色んな街を渡って沢山の人を助けるんだって夢がある。俺が心配でこの街に留まっているのはカーマインの本意ではないはずだ。なんとかしてその心配を拭いたかった。
あの手紙を読んで貰えるなら、俺が一人でもなんとかやっていけてる事も分かって貰えるだろう。
待たなくていい。いや、もう待たないでくれ、カーマイン。
塔に篭ればカーマインへの報われない恋心も昇華できるかと思っていたけれど、むしろ今ではカーマインを想いながら自慰する事まで覚えてしまった。ぶっちゃけ悪化している。
本当に俺は勝手で、往生際の悪い、どうしようもない男だ。
ごめんカーマイン、さよなら、と声も届かないのに何度も呟いていた。
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