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第21話 可愛い相棒
長い長い日数をかけた八階層の探索が終わり、あとは聖龍様に会って宿屋の拠点に戻るだけ。ついに俺は、明日から九階層に挑戦する事を決意した。
今しがたまで探索していた八階層は、広さや入り組み方こそこれまでとさほど変わらなかったが、魔物の強さとトラップの凶悪さは七階層とは比較にならない程で、何度もヒヤッとしたものだ。
正直キューが俺の使い魔になってくれていなかったら死んでいてもおかしくなかった場面がいくらでもあった。
キューは四階層完全クリアの褒美として聖龍様がくれた使い魔だ。かれこれ半年くらいは一緒に行動しているかも知れない。
俺と一緒にいるからかレベルも上がるらしく、最初は簡単な治癒や疲労回復、解毒くらいしか出来なかったのに、今や骨まで到達するような深い傷でも一瞬で治癒できるし、肉体強化やスピードアップ、浄化から呪い解除まで幅広い魔法が使えるようになった。
一番助かるのは、命令しなくても俺がヤバい時は勝手に回復してくれるようになったところだ。
ソロの何が怖いかって、麻痺や酷いダメージで動けなくなってしまった時だ。魔物が目の前にいるのに打つ手もなく殺されるのを待つあの心境ときたら。
もうダメだと思った時、キューが突然ピカッと光って体が自由になった時の感動は忘れられない。なんとか魔物を倒した俺は、キューの事をぐりぐり撫でながら思いっきり褒めまくった。
それからだ。
キューは自分なりに必要だと思った時に、勝手に魔法を使うようになった。俺がちょっとでもダメージを受ければ即回復してくれるし、毒の攻撃を受ければ解毒してくれる。
これは本当に助かる。命令するには俺が、キューがどんな魔法を使えるかを把握しておかないと出来ないわけで、宝の持ち腐れになっている場面も多いと感じていたからだ。
盛大に返り血を浴びた時、勝手に浄化で綺麗にしてくれた時はものすごく感動した。一方で「浄化出来るんならもっと早く知りたかった……!」とも思ったものだ。知っていればこれまでももっと快適に過ごせただろう。
他にも身体能力を底上げする系統の魔法などは、キューが自分で勝手に魔法を使うようになってから「こんな事もできたのか」と驚いたくらいで、今や本当に頼りになる相棒だ。
普段は俺の周りをご機嫌にふよふよと飛び回りつつ付いてくるけれど、魔物を感じる力があるのか、ランクの高い魔物が近づいてくると、途端に怯えて俺に擦り寄ってきたりもする。そういうところはちょっと可愛い。
あと小一時間も歩けば今の拠点としている七階層の宿屋に降りられる階段に着くだろう。
そんな時だった。
脇道の先から、断末魔のような恐ろしい叫び声が聞こえた。
肉を割く音。
凶暴な咆哮。
耳をつんざくような炸裂音。
気がついたら走り出していた。強敵と戦っている者がいる。今ならばまだ、助けられるかも知れない。
けれど脇道を奥へ奥へ進み、辿り着いた先でやっと見えた光景に、俺は自分の判断が誤っていた事を悟った。
既に動いている者などいない。ズタズタに引き裂かれた遺体に脚をかけ、巨大な魔物が勝利の咆哮を上げていた。
初めて見る魔物だった。
獅子のような鬣から、太く曲がりくねった異形の角が突き出ている。四肢は硬そうな鱗で覆われ、恐ろしい鉤爪が遺体に深々と突き刺さっていた。
明らかにこれまで倒してきた魔物よりも強いと分かる、圧倒的な威圧感。
魔物の首がゆっくりとこっちを向いて、視線が俺を捉えたのがはっきりと分かる。らんぐいの牙の間から出てきた分厚い舌でベロリと舌なめずりをして見せた魔物は、よだれをぼたぼたと垂らしながら、俺の方へ一歩踏み出した。
体が竦む。
麻痺を受けたわけでもないのに、足が一歩も動かなかった。
魔法を撃つ音も聞こえていたのに、さほどダメージを受けているようにも見えない。
勝てない。
初めて、戦ってもいないのに絶望した。
あれほど大きな魔物の体が、信じられない身軽さで地を蹴って宙へ浮く。
ああ、喰われる。
そう覚悟した瞬間、急に強烈な光が炸裂した。
「グオオオオオオォォォォ!!!!!」
苦しげな叫び声を上げながら、魔物の巨体が俺の目の前に地響きを立てて落ちてきた。
何が起こった……?
もがき苦しむ魔物の姿を声も出せずに凝視していたら、俺の横に浮かんでいたキューの小さな丸い体が、急にフッと力を無くしたように落ちる。
カラン、と小さな音を立てて床に転がったキューは、ピクリとも動かない。
「キュー!?」
驚きで、やっと体が動いた。
動かないキューを左手で抱き上げて懐に押し込み、俺は起きあがろうともがく魔物の息の根を止める。もはや魔物は動かないと分かっているのに、死体だらけのその場所にいるのが居た堪れなくて見通しの良い大きな通路を通ってその場を離れた。
魔物の気配がない場所で、懐からキューを大切に取り出して、呼びかける。
「キュー、どうしたんだ、キュー」
撫でてもさすっても、何の反応もない。キューからは、生命の力が感じられなくなっていた。
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