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第22話 死に近づく時

「キュー……!」 訳もわからないまま、俺はその場から全速力で走り出した。 まさか、死んでしまうのか。 さっきの魔物が急に苦しみ出したのは、キューが何かしたからなのか? 何が起こっているのか分からない。けれど、一刻でも早く何とかしないと、キューを失ってしまうような気がして、焦燥感に駆られるままに俺は走っていた。 宿屋をスルーして、聖龍様に会えるだろう最奥の袋小路へと急ぐ。 内へ内へと曲っていく曲がり角の多いこの場所では流石に警戒を怠る事はできないが、一秒でも早くと気が急いて仕方なかった。無事に袋小路の奥まで辿り着き、聖龍様を呼び出す天井の石を連打すると、いつものごとく眩い光が辺りを照らす。 光の中に浮いた丸い球体が光に融けて聖龍様が現れる、いつもは心静かに待つその時間さえ今は惜しい。 「聖龍様! 聖龍様!!!」 必死に呼びかける俺の気持ちに応えるように、いつもよりもあっさりと聖龍様が姿を現した。 「ライア……何があった、そんなに慌てて」 「それが……!」 俺は息をするのも忘れて事のあらましを聖龍様に伝える。何が起こっているのかは分からないが、この塔を司る聖龍様なら何か手が打てるのではと思っていた。 「キューから生命の気配を感じないんです! 俺、キューが死んでしまうんじゃないかと心配で……!」 「うむ、確かに今は仮死状態ではあるな」 「仮死状態……!」 生命が尽きたわけではないと分かっただけで、希望の灯が俺の胸に灯る。俺の肺にようやく空気が入ってきたのが分かった。 「余程強大な魔物に出会ったのだね。おぬしの命が危ないと思ったのだろう、自分の生命力を注ぎ込んで攻撃魔法として敵にぶつけたのだよ。今のこの子が使える唯一の攻撃方法だ」 俺にそう説明しながら、聖龍様はキューの丸い体を愛しげに撫でた。 「もうそんな魔法を使えるようになっていたとは、おぬしとこの子は、随分とたくさんの戦いを共に乗り越え、信頼関係を築いてきたのだな」 聖龍様がキューを可愛がってくれている事をひしひしと感じて、さらに希望が大きくなる。聖龍様なら、きっとキューを助けてくれるに違いない。 俺は全力で土下座した。 「聖龍様! 俺に出来ることなら何でもします、どうか……どうか、キューを助けてください!」 「落ち着きなさい。確かにこの子の仮死状態を解く事はできるが……代償が必要だ」 「覚悟は出来ています」 俺を守るためにまさに命をかけてくれたキューのためだ。惜しむものなど何もない。 「この子はね、聖力を原動力に生きているのだよ。ライア、おぬしが貯めた聖力をこの子に注ぎ込むことになるが」 「全部使って構いません」 聖力で済むなら安いものだ。俺は聖力メーターを聖龍様に手渡した。満タンが近いところまで溜まっているから、これならきっとキューを救う事が出来るだろう。地道に貯め続けてきて本当に良かった。 「ふふ、こんなに注ぎ込んだらこの子がパンクしてしまう」 聖龍様はすごく優しい顔になって、俺の頭をよしよしと撫でた。幼い子供にするような仕草だった。 「いいだろう。ライアの気持ちはよく分かった。この子に聖力を注いであげよう」 目を瞑って聖龍様は何か小さな声で呟いている。どこか旋律を感じる響きが美しい。 左手に聖力メーターとキューの体を掲げ、優しい白い光に包まれた聖龍様は、神様か何かのように神々しかった。 *** 「はは、くすぐったいよ」 丸い体をスリスリと擦り付けて、猫のように甘えてくるキューを抱きしめたり撫でたりしてたっぷりと甘やかす。 言葉の通り、あの後聖龍様はキューを仮死状態から回復させてくれた。もちろん聖力は目減りしたが、それは貯めた分の1/4程度で、全てを注ぎ込むつもりになっていた俺にとってはダメージといえる程のものでもない。また貯めれば済む事だ。 それよりも、一時は死んでしまったかとまで思ったキューがこうして生きていてくれる事が何よりも嬉しい。散々甘えて満足したらしいキューにいつものように布をかけてから、俺もベッドに潜り込んだ。 七階層は宿代も高いがベッドの質もいい。ふんわりと柔らかいベッドに身を横たえると、ようやく気持ちが落ち着いてきたのか、あの魔物との遭遇を思い返す余裕が出てきた。 あの名も知らぬ魔物と対峙した時の、恐ろしいまでの絶望感。 八階層で出てきていた魔物たちも、俺たちが以前ダンジョン中層で相手にしていたような魔物達とは比べるべくもない強さと凶暴さだったが、それよりも桁を外れた魔物だった。 一撃すら喰らっていないから本当のところは分からないわけだが、戦う前からあんなに絶望したのは初めてだ。 あの魔物がいたポイントはモンスタートラップがあった場所だ。俺の時はあれほど強力な魔物ではなかったから、きっとランダムで彼らは運悪く特級クラスの魔物に当たってしまったのかも知れなかった。 あの恐怖を思い出して、ふるりと体を震わせた。 「……っ」 今日は本当に、一番死に近付いた。

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