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第28話 混乱
聖龍様から色んな聖魔法をみっちりと教わって塔から出た俺が、門番の人たちにお礼を兼ねた報告をしていた時だった。
「うわっ!?」
上から人が降ってきて、突然目の前に着地したもんだから、さすがに驚かずにはいられない。完全に虚をつかれた俺の前で、降ってきた人は勢いよく立ち上がって俺の顔を覗き込む。
「ライア!!!」
「えっ、あっ、カーマイン!?」
「やっぱりライアだ!!! この野郎、勝手な事しやがって!!!」
いきなり渾身の力で抱きつかれ、中身が出るかと思うくらい締め上げられた。
一瞬しか顔が見えなかったけど、あのツンツンした真っ赤なくせっ毛と真っ赤な瞳は間違いなくカーマインだった。二年前より随分と背が伸びて俺より高くなってるし、体も分厚くなって印象が変わってるけど、それでも長年一緒に成長してきたんだ、分からないわけがない。
でも、手紙に「待ってる」とは書いてあったけど、まさかこんな塔から出た直後に、こんなにいきなり顔を合わせるなんて思ってなくて、驚きすぎた俺は完全に思考停止してしまっていた。
ボタボタと俺の鎖骨のあたりに水が落ちてきた刺激で、真っ白になっていた頭がようやく働き出す。それでやっと俺の鎖骨を濡らしているのがカーマインの涙だと理解できた。
カーマインが泣いてる。
よく泣くのは知ってたけど、それでもこんなにも泣いているのは初めてだった。
俺をギリギリと締め上げながら、首に顔を押しつけて泣いている。声を殺して泣いているのが、余計に俺の胸に刺さった。
手紙ひとつで納得して貰えるだろうなんて思っていた俺は大馬鹿だったんだと思い知る。俺の背に回った腕がぶるぶる震えていて、カーマインの心情を如実に伝えていた。
俺の身勝手な行動は、こんなにもカーマインを傷つけていたのか。泣くほど心配させてしまっていたのか。申し訳なくて自分が不甲斐なくて、詫びる事しかできない。
「ごめん……ごめん、カーマイン」
抱きしめ返そうとして、そんな資格があるのかと自問する。
塔を出たら会えるんだろうか、どう謝ればいい……とあれほど逡巡したというのに、いざカーマインを目の前にすると、ごめん、以外の言葉が出てこない。こんなに泣いてるカーマインに、何を言えば、何をすればいいのか分からなくて、俺は途方にくれた。
「おいおい、もう。しょうがねーなぁ」
「二年だぞ。そりゃあ泣くって」
門番たちの言葉に、さらに胸が痛む。
もう二年も経っていたのか。俺が二年もカーマインを待たせて、縛り付けていたというのか。
「カーマイン。ちょっと落ち着けって」
「だなぁ。お前のライアはギルドに報告に行かなきゃなんねぇ。行って戻ってくるまで詰所で待ってた方がいいんじゃねぇか? すげぇ顔になってるぞ」
随分とカーマインと懇意になっていたらしい塔の門番たちがそう提案してくれたけれど、カーマインはすごい勢いで首を横に振った。
さらにぎゅうっと抱きつかれ、締め付けがさらにキツくなってそろそろ本当に内臓が出そうだ。背をかがめて俺の首から鎖骨のあたりに泣きながら顔を埋めるカーマインからは、絶対に離れないという強い意志が感じられた。
「駄々っ子か! ああもう、しょーがねぇ。ホントしょーがねーな、お前は!」
門番からビシッと音がするくらい頭に手刀を入れられても、カーマインは顔を埋めたままで、あったかい涙が首筋に流れていくのを俺もどうする事もできずにいた。
カーマインがこんなに泣いてるのは間違いなくオレのせいだから。
「……っふ、ご、めん、でも、むり……」
「あの、すみません、ちょっとだけでも話す時間を貰えませんか」
ダメもとで聞いてみる。門番たちは顔を見合わせたあと一人は天を仰ぎ、もう一人は手を腰に当ててため息をついた。
「ああもう! 分かった分かった! 今日の宵の鐘までにはちゃんとギルドに行けよ」
「あ……ありがとうございます!」
門番たちの温情に感謝する。
「うわ、笑顔まぶしー。こりゃ惚れるわ」
「なんならそこの詰所使うかぁ? 中ではサカるなよ」
「その心配はないんで、大丈夫です」
門番達の軽口に苦笑して、軽く否定した。恋人たちの再会だと思われてるようだが、実際は俺の片想いで別にそんな間柄じゃない。変な誤解をされるとカーマインも今度彼らと会う時に気まずいだろう。
……貰った手紙の文面で、ちょっと期待してしまった自分はもちろんいるけれど、長い長い片想い期間を経て諦めようと誓ったくらいだ。そう簡単に楽観視なんか出来ない事はこれまでの経験で嫌と言うほど分かっている。
カーマインはそもそも友情に篤い男で、喜怒哀楽も激しいタイプだ。生死さえあやふやで長らく会わなかった、家族にも等しい俺と久しぶりに会えたという反応として、これはきっと充分にあり得る。
「すみませんが詰所、お借りします。カーマイン、歩けるか?」
背中をポンポンと叩くと、カーマインからグスっという、鼻をすする音が聞こえてきた。さっきよりは落ち着いてきたのかも知れない。
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