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第29話 ごめん、カーマイン
「宿……目の前だから。四階、三号室」
俺の首に頬をくっつけたまま、カーマインが切れ切れになんとかそれだけを口にする。詰所じゃなくて、宿に行こうと言いたいんだろう。確かに門番たちにこれ以上迷惑をかけるわけにもいかない。
「分かった、じゃあ宿で話そう。すみません、ありがとうございました」
門番たちにお礼を言ってから、習ったばかりの聖魔法で持っていたタオルを浄化して、カーマインの顔にあてる。タオルで顔を覆ったカーマインは、やっと俺から体を離した。それでも不安らしく右手だけは俺の腕をガッチリと握ったままだ。
本当に、俺が勝手にカーマインの前から姿を消した事は、カーマインの心の傷になってしまったようだった。
なかなか涙が止まらないらしいカーマインを連れて、なんとか宿屋四階のカーマインがとっていた部屋へと辿り着く。部屋に入って扉を閉めるなり、カーマインは俺に飛びついて、また泣いた。
「バカ野郎……ホントに、心配、したんだからな」
「うん、ごめん」
「お前が……父ちゃんや母ちゃんみたいに……俺の知らねぇとこで、勝手に死んでるかもって不安で……生きた心地がしなかった」
「……!」
息をのんだ。
自分のした事の残酷さを初めて芯から理解した。
置いていかれて、ある日急に消息も分からず仕舞いになる空虚感は俺が一番分かっていたはずなのに。あんな世界がなくなるみたいな気持ちを、俺はカーマインに抱かせてしまったのか。
「ごめん……ごめん、カーマイン。俺、酷い事した」
胸が痛くて痛くて、知らずカーマインを掻き抱いていた。
カーマインも、俺の背に回した腕にまた強く力を入れる。さっきからカーマインが俺をきつく抱きしめてくる気持ちが理解できる気がした。手を離したら、自分の前から消えて死んでしまうと恐怖していたんだろう。
「お前が隣にいない事がこんなに辛いなんて知らなかった。何しても楽しくなくて」
グスっと鼻を啜り上げて、カーマインはようやく俺の首から顔を上げた。
真っ直ぐに俺を見つめる。
真っ赤な瞳に、呑み込まれてしまいそうだった。
「もう二度とこんな事するなよ。……お前はもう、一生俺の隣にいろ」
激情が俺を襲った。
好きだ。
好きだ。好きだ。
好きだ……!
真っ直ぐで、自分の気持ちをいつも真っ直ぐにぶつけてくれるカーマイン。
ああ、やっぱり、どうしようもなく好きだ……。
あれほど諦めようと誓って塔にまで籠ったのに、懲りない自分のしつこさに目眩がする。こんなに大切に思ってくれているのに、俺はどうして家族のような愛情で返せないんだろう。
体の奥からふつふつと湧き上がる恋情……いや、欲望が、俺をジリジリと焦がしていく。申し訳なくて情けなくて、俺はカーマインから体を離そうと身じろく。これ以上カーマインに触れているのは、それだけで冒涜なような気がした。
「ごめん、カーマイン。やっぱり俺は、お前が好きだ……!」
「なんで謝るんだよ」
「ごめん。オレだってこういう『好き』じゃお前の傍にいられないのは分かってるんだ。できることならちゃんと気持ちを整理して、カーマインのことを兄弟みたいに大切にしたい。邪な感情を捨てたくてわざわざお前から離れたっていうのに」
泣いてしまいたかった。自分の感情すら制御できない自分が憎い。
「……俺、どうしてもお前を好きな……お前への邪な気持ちを捨てられない」
「バカじゃねーの!? 何がヨコシマな気持ち、だ。この期に及んで捨てるなよ」
カーマインの瞳に怒りが浮かんだ。
「で? つまり結局お前は、まだオレの事が好きなんだな?」
頷く。好きすぎて、全然諦められなくて困ってるくらいだ。
「ならいい。聞いてなかったのか? オレは、一生俺の隣にいろって言ったんだ。手紙にも浮気すんなってちゃんと書いただろ」
急に不貞腐れたような顔になったカーマインは、目を逸らして小さく言った。
「言っとくけどオレだって、ライアのこと、好きなんだからな」
思考停止した。
「好き……? カーマインが? 俺を?」
脳が処理してくれなくて、耳に入った言葉をただ反芻する。真っ赤になったカーマインは「悪いかよ……」と呟いて、急に凄んだ声を出した。
「分かってるとは思うけど兄弟の好きじゃねぇからな! チューして、押し倒して、撫で回して突っ込みたい、の色々欲望込みの『好き』なんだからな? 今さら逃げんじゃねーぞ」
俺は目をパチパチと瞬いた。
直接的過ぎる物言いにも驚いたし、なによりカーマインが俺に対してそんな気持ちを向けるという事がどうしても有り得ない事に思えて実感がわかなかったのだと思う。
「なんとか言えよもう!」
「ご、ごめん」
「あー恥ずかしい! 二度と言わねぇからな!」
「待って! 待ってくれ! 本当に!? 本当にその、俺のことを好きなのか? カーマインが……?」
「悪りぃかよ。もうお前じゃねぇと想像でも勃たねぇ」
「……本、当に」
ふはっ、とカーマインが笑みを溢す。
「呆けた顔してんなぁ。本当だって。他の誰でもねぇ、お前と一緒に生きて行くって決めたんだ」
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