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第三話「昼・味わって」
12:30
美容院から出て、原宿駅に向かって表参道を歩きながら、僕はまだマコトを凝視できずにいた。
ついマコト本体ではなく、ショーウインドウのガラスに映った彼を見てしまう。
うん、やっぱり格好いい。毛先に意図的につけられた艶のある束感で、髪に動きが出て、お洒落度が増している。
ただ、その隣に映る同じ制服を着た僕も、いつもよりはいい感じに見えた。
「お似合い」と自分で言うのはおこがましいけれど、彼の横にいることを肯定できるのは、この新しい髪型のおかげだろう。
「カナタ、お腹空いた?」
「うん、ペコペコ」
「原宿駅の近くで、豚骨ラーメン食べたいんだけど、それでいい?」
「いいね!ラーメン。賛成」
同意を伝えようと、マコトを見上げると近距離でビジュの良さが目に入り、また狼狽える。
ダメだ、ダメだ。今日一日、一緒にいるのだから早くこの見た目に慣れなければ……。
「ちょっといいですか?」
ラーメン屋に向かっていると、いきなり知らない口髭のおじさんに声を掛けられ、足を止めた。
「君たち、もうどこかの事務所に所属してる?」
僕らが顔を見合わせて首を傾げると、おじさんは名刺を出してきた。
「芸能界とか興味ないかな。よかったら少し話を聞きたいんだけど」
ほら、やっぱり。マコトはスカウトの人から見ても、突然声を掛けたくなるほど格好いいのだ。
僕は興奮して「マコトはすごい!」と浮かれそうになったけど、彼は毅然した態度でおじさんに断りを入れる。
「結構です」
「いや、君だけじゃないよ。こっちの彼も。興味ないかな?」
「僕も?」
「いや、もっと結構です。行くよ、カナタ」
マコトは僕の手を握って、おじさんから逃げるように走り出す。
「え?」
引っ張られるような形で、僕も走った。
表参道のケヤキ並木を、お洒落なショップが立ち並ぶ歩道を、僕はマコトと手を繋ぎ、走っている。車道からの視線も、すれ違う人たちの騒めきも全く気にならない。
マコトの髪が、一歩進むごとにフワフワと揺れていて、綺麗だということしか、目に入らなかった。
大きな交差点に到着し、彼はようやく足を止める。
ハァハァと息を整えながら、なぜだか僕に怒っていた。
「ダメだよ、カナタ。もっと自分がイケてるって自覚しなきゃ」
「へ?」
「芸能界なんて、絶対ダメ。分かった?」
「いや、あのおじさんにとって、きっと僕はついでだったし、そもそも詐欺かなんかだったんじゃない?」
「とにかく、カナタは自覚が足りない!」
そこでようやく、僕と手を繋いでいることに気が付いたマコトが、慌ててほどき、離れる。
「ラーメン屋、すぐそこだから」
気まずそうに、そう呟いた顔は、走ったからなのか赤くなっていた。
12:45
レジで食券を購入し、カウンター席に座ってそれを渡す。店内には、食欲をそそる匂いが充満している。
二人とも一番オーソドックなマイルド豚骨を頼み、マコトはそれに明太子ご飯をプラスした。
湯気の立ち上ったラーメンが運ばれてきて、まずはレンゲでスープを一口飲む。
さっきの会話で少しギクシャクとした僕らだったけれど、顔を見合わせて「美味しい」「美味い」と微笑み合うことができた。
ラーメンは正義だ。
マコトと手を繋いだこと。その感触は指先に残ったままだ。
でも、それを振り返っている場合ではない。今はまだ旅の途中だから。
13:15
店外へ出ると、ケヤキ並木はさっきより混雑していた。
「このお店にしてよかったね」
「ホント、美味かった」
そんなタイミングで、マコトのポケットに入っているスマホが、メッセージの着信を知らせる。しかも続けざまに何通も。
スマホを取り出し、画面を見たマコトが苦笑いをしていた。
「どうかした?大丈夫?」
心配になってそう尋ねると、マコトはメッセージの画面をこちらに向けて見せてくれる。
『サッカー、バスケ、バレー、全て午前中で敗退』
『エース不在は痛手すぎ』
『マコト、ズル休みだったら許さん笑』
『ま、午後はゆっくりできるから、みんな喜んでるけどな』
『風邪、早く治せよ』
最後に、熊が両手を上げている変なスタンプが送られてきていた。
「そっか今、球技大会の真っ最中なんだね」
「なんだか遠い世界の話みたいだけどな」
「不思議な気分」
「あぁ、俺もそう思う」
13:31
原宿駅に戻って山手線に乗り、今度は二つ先の新宿駅に向かうつもりらしい。
「カナタ、いよいよメロンパフェだよ」
「うん。すごく楽しみ!」
マコトと食べる高級パフェなんて、さぞかし美味しいだろう。
「パフェが好きなんて知らなかったな」
「誰にも言ったことなかったし……。それにパフェ好きって言ってもさ、今はバイト終わりに一人でファミレス行って食べるくらいだよ」
「一人でファミレス……。だったら俺のこと、誘ってくれればいいのに」
窓の外の流れる景色を見ながら、マコトが口を尖らせ、そう呟く。
何度か誘おうとしたことはあった。でも、隣の店でバイトしている同じ高校の先輩という枠の僕が、バイト後に「ファミレス行かない?」なんて誘うのは、ハードルが高かった。
僕の下心が透けて見えてしまうことも、心配だった。
それに彼はいつも、バイトが終わると急いで帰っていく。毎晩、犬を散歩に連れて行く係らしい。
マコトは僕が声をかけたら、飼い犬より僕を優先して、一緒にファミレスに行ってくれたのだろうか。
そもそも今日は、どうして僕を「駆け落ち」に誘ってくれたのだろうか。何か期待をしても、いいのだろうか。
13:36
『次は新宿、新宿。お出口は左側です』
人波に押し出されるように電車からホームへ降り、その波に乗ったまま近くにあった階段を降りる。
人々は脇目もふらず駅構内を歩いていた。マコトも僕も立ち止まることはできず、流されるように地下通路を歩き、目の前に現れた改札から交通系ICをタッチして、外へ出た。
「中央西改札……。どこだここは?」
マコトがスマホの地図を睨みつけている。
「で、新南改札っていうのはどっちだ?」
初めて行くフルーツパーラーに気を取られていたせいで、新宿駅というダンジョンの洗礼に合うこととなった。
僕らはぐるぐると歩き回り、案内板を見上げ、また歩く。そして戻る。大きな改修工事をしているから、より分かりにくいのだろう。
「誰かに聞いてみようか」
僕が提案すると、マコトは首を振って「大丈夫だから」と言う。
しかし、いくら歩いても、ダンジョンから抜け出すことはできない。
「やっぱり、聞いてみるよ」
とはいえ、駅構内からは出ているので、駅員さんがいるわけでもなく、通りすがりのおばさんに勇気を出して声をかけた。
「すみません。新南改札っていうのは、どう行けばいいのですか?」
母親と同い年くらいのおばさんは親切に立ち止まって、身振り手振りで教えてくれた。
「ありがとうございます」
僕が頭を下げれば、横にいたマコトも、深々と頭を下げた。
「よかったね、辿り着けて」
ここまで来れば、目的のデパートはすぐ近くだ。
「ごめん……」
マコトは口数も少なく、しょんぼりしてしまった。
「カナタのこと、俺がちゃんとエスコートしたかったのに。頼りなくてごめん……」
「どうして謝るの?さぁ、パフェ食べ行こう。ね」
14:10
マコトが調べてくれていたデパートの5階にあるフルーツパーラーに着くと、行列が出来ていた。
店員さんに聞くと30分程待つという。
僕としては想定内だったから、列の一番後ろに並ぶ。サンプルとして飾られた美しいパフェを見ただけで、テンションは上がっていく。
なのに、まだ落ち込んでいるマコトは、また謝ってきた。
「ごめん。駅で30分ロスしなければ、今頃もう食べれてたのに……」
僕は少し腹が立って、強い口調で、彼に言う。
「ねぇ、マコト。僕は今から、絶対美味しい憧れのメロンパフェを食べるんだ。もしかすると一生に一度のことかもしれない。しかもその一度を、マコトと食べれるんだよ。だから本当に楽しみなんだ」
「俺と」
「そう。だからね、反省会はまた今度。バイト終わりにファミレスでしよ」
マコトはうつむき気味だった顔をあげ、キラキラした目で僕を見る。なんだか大きな犬みたいだ。
「今度こそ俺をファミレスに誘ってくれる?カナタが夏期講習でバイト辞めちゃう前にだよ。約束だよ」
まるで大きな犬が、散歩の約束に喜んでるかのようで、堪らなく可愛い。
「もちろん」
僕は彼が元気になるのならばとその目を見て、伝えた。
14:35
ようやく席に案内される。店内は明るく、窓の外には新宿の街が見えた。
お客さんのほとんどは女性で、制服姿の男子高校生は少し浮いていたけれど、皆がパフェに夢中で僕らのことなど気にならないだろう。
メニューを見なくとも、店頭のサンプルを見て決めてあったから、水とおしぼりを運んできてくれた店員さんにすぐ注文する。
「メロンパフェで」
「俺はマンゴーパフェで」
「かしこまりました」
僕はおしぼりで手を拭きながら、小さな声でマコトに頼み事をする。
「一口ちょうだいね、マンゴーパフェ」
マコトはクスクスと笑う。
「カナタ、本当にうれしそう。まだ食べる前なのに」
ピコン。テーブルに置いていたマコトのスマホが、メッセージの着信を知らせる。
「クラスの人?球技大会終わったって?」
「あ、ううん。これは違うんだ」
彼は短く返信を打ち込んでから、スマホをポケットにしまった。
定員さんがトレイにメロンパフェと、マンゴーパフェをのせて真っ直ぐこちらに歩いてくるのを見ただけで、興奮してきた。
「メロンパフェの方は」
そう問われ、僕より先にマコトが僕の方を手で指し示してくれる。
僕の前に置かれたパフェは、細身で背の高いグラスに、美しく配置されたメロンがこれでもかと乗っていた。黄緑色がとても綺麗だ。
マコトの前には、オレンジ色の瑞々しいマンゴーが、零れ落ちそうなくらい乗っているグラスが置かれた。
「写真撮ろ、カナタ」
「うん」
僕は鞄からスマホを取り出し、パフェを撮影しようとする。
「違うよ、カナタ。こっち向いて」
マコトは二つのパフェと、僕と彼、さらには窓の向こうの新宿の街が入るようにスマホを構え、自撮りしてくれる。僕らの頬は触れ合いそうなくらい近い。
「見て。上手く撮れてるでしょ?」
撮った写真をこちらに向けて見せてくれる。そこにいる僕は、本当にうれしそうな顔をしていた。
「では、いただきます」
あぁ、美味しい。
マコトには申し訳ないけれど、ただただ黙って、噛みしめるように味わってスプーンを口に運んだ。
「どうぞ」
そう言われ、手を伸ばしてマコトのパフェも、口に運ぶ。
「美味しい?」
ごめん。言葉なんて出ないんだ。コクリと深く頷くのが精いっぱい。
それでも、自然と口角が上がってしまう僕の顔を見れば、マコトにも伝わるだろう。
「メロンパフェ、一口ちょうだい」
彼はごく自然に「あーん」と口を開ける。
美味しすぎて思考回路が鈍っている僕は、スプーンでマコトに食べさせてやった。
「来てよかった」
彼は満面の笑みになったけれど、僕は急にその行為の恥ずかしさに気がついて、顔を赤くした。
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