10 / 27
第10話 あの日の痛み、今夜の恐怖
顔を見た瞬間、体が固まる。
明るい髪、形のいい鼻、整った目――でも、どこか見覚えのある顔だ。
まさか……
「輝!?」
思わず声が出てしまい、慌てて口を押さえる。
「お、やっぱり圭だ」
目の前に立つ輝は、昔と変わらない笑顔を向けている。
「久しぶり。さ、入ってよ」
でも、心の中は混乱していた。
告白は冗談だから、と笑い飛ばされ、嘘だと言われて傷ついたあの日の記憶――何年経っても癒えなかった痛みが、胸の奥でざわつく。
しかも今――俺を指名してきた「起業家」が、輝だという。
あの動画を見たんだよな。自分の体を晒した、あの屈辱的な瞬間を。
「な……いや……」
言葉が詰まり、視線を逸らす。
心拍数が上がり、どう反応すればいいのか分からない。
それでも輝は変わらず笑顔で、手を差し伸べる。
「とりあえず入れよ」
その軽やかな声が、俺の心をさらに揺さぶる。
「……なんで、輝が……」
怒りとも悲しみともつかない感情が入り混じる。
昔の傷が、今も鮮明に痛む。
「まさか、こんな形でまた会えるなんてな」
その言葉に、言葉にならない苛立ちが胸を締めつける。
「ほら、早く入って」
有無を言わせず腕を取られ、スイートルームに引き入れられる。
「っ……」
息をのむ。広くて綺麗な部屋。俺のアパートの三部屋分はありそうだ。
「……うわ……」
窓の外には、宝石のように輝く夜景。最上階って、こういう場所なのか。
「驚いた?」
「……あ、当たり前だろ。こんな部屋、初めて見る」
「まあ、特別な時にしか使わないけどね」
――特別な時。
まさか俺との再会を“特別”と呼ぶなんて。
素直に喜べるはずもなかった。
輝はソファーに腰を下ろし、隣を手で示す。
促されるままそこに座る。
深く沈み込むソファーの感触だけで、緊張が増してしまう。
「飲み物、何がいい? シャンパンとかワインとか……」
「いや、いい」
頭を整理できず、酒なんか飲む気にはなれなかった。
「会いたかったよ、圭」
真っ直ぐに向けられたその言葉に、胸の奥がぎゅっと掴まれる。昔と同じ声。
でも――あの日、俺に“嘘”だと言ったその口から、この言葉が出るなんて。
「輝、あのさ」
「なに?」
「……お前……俺の動画、見たんだよな?」
「うん。見た」
あっさり、悪びれもせずに。
「……マジかよ……」
穏やかな声が「マジだよ」と耳に届く。
よりによって、輝に――。
一番見られたくなかった相手に、すべて見られたなんて。
顔が熱くなる。あの映像を思い出すたび、胃の奥がきりきり痛む。
「……輝は……なんで俺なんかを……」
視線を向けると、輝は穏やかに笑うだけで何も答えない。沈黙が余計に怖い。
まさか……脅す気なのか?
あの動画、周りにバラされたらどうする……。
頭をよぎる恐怖に、全身が冷たくなる。
一度信じて、傷ついた相手――だからこそ、また裏切られるのが怖かった。
ともだちにシェアしよう!

