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第14話 触れられたら、抗えなくて
side 圭
「圭……」
名前を呼ばれた瞬間、肩を掴まれる。
そのまま強く引き寄せられ、距離が一気に近づいた。
「手、見せろ」
「え……」
何のことかと思う間もなく、輝の指が俺の手首を掴んだ。
「ちょっ……離せってば」
視線がそこに落ちた瞬間、彼の表情がわずかに曇る。
「……自傷か、これ」
「っ……、別にいいだろ、ほっとけよ」
情けなさが喉の奥につかえる。
見られたくなかった。慌てて袖を引こうとしても、輝の手は離れない。
「理由はなんだよ」
「お前には関係ないから」
「金? それとも仕事?」
「うっさいな、関係ないって言ってるだろ!」
声を荒げても、苦しさは消えない。
ただの八つ当たりだってわかってる。でも、どうしようもなかった。
「関係なくない。理由が知りたいんだ」
「知ってどうすんだよ。お前に何がわかるんだ」
輝は手を離し、少し距離を置いた。
「……俺はお前に会うために、大金積んで仲介してもらったんだよ」
「じゃあ何、まさか輝は本気で俺と関係持つために、ここに呼んだのか……?」
「ああ」
即答。
頭が真っ白になる。思考が追いつかない。
「……ふざけんな。俺なんかに――」
「“なんか”って言うなよ」
その声が、やけに優しかった。
否定しようとした言葉を奪われ、喉が詰まった。
「お前を買うよ」
「は?」
買う……? 俺を買う?
「今、なんて……」
「俺がお前を買う。月50万……いや100万でもいい」
「えっ……」
何を言ってるのか、一瞬理解できなかった。
正気か? それにこいつ、男は無理なんじゃなかったのか。
「俺は圭が欲しいんだ」
でもその一言が、妙に静かに胸に落ちた。
ふざけているわけでも、遊びでもない――本気の声だった。
「ちょ、何言って……」
「圭は金が必要なんじゃねぇの?」
「そうだとしても、俺を買うとか……おかしくね?」
元親友に買われるなんて、想像したこともなかった。
「自分でも狡猾だとは思ってるよ。でもさ、金で割り切れることもあるだろ?」
「……お前、」
喉の奥で言葉が途切れる。
“割り切る”なんて簡単に言うけど――そんなこと、できるわけがない。
「圭は男性経験なしなんだよな?」
「……だったら何だよ」
恥ずかしさで顔が熱くなる。
「優しくするよ」
声が急に柔らかくなる。
「待て、俺はまだOKとは……」
「圭は相手が俺じゃなくても、こういう関係になるために来たんじゃないの?」
その一言で、現実を突きつけられる。
……そうだ。俺は今、そういう立場にいる。
輝が相手でも、特別扱いなんてされない。
輝は立ち上がり、鞄から札の束を取り出して押し付けてくる。
「ほら、報酬。先払い」
「えっ……」
ざっと見ただけでも、かなりの大金。
先に報酬を渡す――その気遣いが、どこか輝らしいと思ってしまった。
「……俺の好きにしていい?」
低い声が過去の記憶を呼び起こす。
――高校のとき。
俺を一番傷つけたのも、この声だった。
よりによって、初めての相手が――輝だなんて。
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