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第17話 まだ言えない好きのかわりに

side 輝 圭は、頬を赤くして視線を逸らしていた。 その仕草がどうしようもなく愛しくて、胸が締めつけられる。 ――好きだったし、今でも好きだ。 ずっと、こうして触れたいと思っていた。 でも、今の圭に想いを告げたところで、混乱させるだけだ。 彼は疲れていて、心も身体も限界の中にいる。 「圭、シャワー浴びる?」 「ああ……」 ゆっくりと身体を起こす圭。 顔をしかめて痛みに耐える様子に、胸の奥がきゅっと痛んだ。 「一人で大丈夫か?」 「多分……」 それ以上は踏み込まない。 プライドの強い圭だから、今は見守るしかない。 バスルームから流れる水音を聞きながら、俺はソファーに腰を下ろした。 ――十年分の想いが、ようやく形になった。 けれど、それは本当に圭が望んだことだったのか? 金で繋がった関係。 そう言い切ってしまうには、胸の奥があまりにも痛む。 シャワーの音が止み、バスルームの扉が開く。 湯気の中から現れた圭は、髪を濡らしたまま、少し俯き加減でタオルを肩にかけていた。 白いシャツを羽織っただけの姿が妙に無防備で、思わず目が離せなくなる。 「今日は……ありがとう」 「いや、ちゃんと拭けよ、髪」 俺がそう言ってバスタオルを取ると、圭はわずかに目を見開いた。 そのまま俺は立ち上がり、そっと圭の髪にタオルを当てて拭いてやる。 「自分でできるから……」 「いい。濡れたままだと風邪ひく」 圭は抵抗しようとしたが、結局何も言わずに身を委ねてきた。 タオル越しに伝わる体温と、濡れた髪の感触が、やけに心に沁みる。 顔を近づければ、まだ微かにシャンプーの香りが残っていた。 「……そんな優しくすんなよ」 圭が小さく呟く。俺は拭いていた手を止め、一瞬、言葉を失う。 「……ごめん。でも、放っておけない」 圭はため息をついて、俺からタオルを奪い取るように受け取った。 「もういい。自分でやる」 そう言いながら、赤くなった頬を隠すように顔を背ける。 時計を見ると、もう日付が変わっていた。 「もう12時過ぎてるのか……俺、帰るわ」 「え? 泊まっていけばいいのに」 「いや……帰る」 その表情を見て、無理に引き止めるのをやめた。 また距離を置かれたくはなかった。 「わかった。タクシー呼ぶよ」 「ありがとう」 電話を終えて、俺はもう一度圭の方を見た。 「圭」 「なに?」 「また……会える?」 少しの沈黙のあと、圭は静かに言った。 「わからない」 その言葉が、胸の奥に深く刺さる。 けれど、無理に繋ぎとめようとは思わなかった。 タクシーの到着を告げる連絡が入り、圭は小さく会釈して部屋を出ていった。 ドアの向こうに消えていく足音が遠ざかる。 部屋には、まだ圭の温もりが残っている。 ベッドに目をやると、あいつの気配がそこに確かにあった。 「……圭」 思わず、名前を呼ぶ。 もう二度と、見失いたくない。 十年前、どうしても伝えられなかった気持ち。 今度こそ、形にする。 「待ってろよ、圭」 静かな部屋に、自分の声だけが響いた。 圭の笑った顔が、瞼の裏に焼きついて離れなかった。

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