18 / 27
第18話 変わる日常、優しさと愛の檻
side 圭
それから、俺の生活は一変した。
輝からの連絡は毎日来る。
“今日、空いてる?”
“夕飯、一緒にどう?”
“会いたい”
最初は無視しようと思った。
けれど、スマホを見るたびに、輝からのメッセージが気になる。既読をつけたら、返信しないわけにはいかない。
気づけば――指が勝手に返信を打っていた。
「……今日は仕事が遅いから、無理」
すぐに返信が来る。
“じゃあ、迎えに行く。何時に終わる?”
「いや、そこまでしなくても……」
“したい。お前に会いたいから”
会いたいと言われて、嬉しくない人間なんていない。
特に――相手が輝なら。
そんなやり取りが毎日続いた。
最初は「こんなの異常だ」と思っていた。
でも、次第に――輝からの連絡がないと、逆に不安になる自分がいた。
そしてある金曜日の夜。
定時を少し過ぎた頃、俺は会社を出た。
「……マジで来たのかよ」
高級車が一台、俺の職場の前に停まっていた。
都内でもそうそう見かけない高級外車。
その横で、颯爽と立つ輝。
まるで、ドラマのワンシーンみたいだった。
通りすがりの社員たちが、ひそひそと囁く。
「あれ、五十嵐さんの知り合い?」
「まさか彼氏?」
「え、すご! イケメン……」
「高級車だし、めっちゃ金持ちっぽい」
恥ずかしくて死にそうだった。
「……悪い、待たせた」
小さな声で言うと、輝が笑顔で振り返った。
「全然。お疲れ様」
輝が自然にドアを開けてくれる。
その仕草だけで、また周囲の視線が集まる。
「さ、乗って」
「……ありがとう」
急いで車に乗り込むと、周りの視線から解放された。
車内に入ると、高級車特有の革の匂いと微かな香水の香り。
「今日、何食べたい?」
「……別に、何でもいい」
「じゃあ、俺が決める」
車が動き出す。窓の外を眺めながら、俺は考えた。
こうやって輝が迎えに来てくれるし、ご飯を奢ってくれるし、優しくしてくれる。
これは何のつもりなのか――もう、よく分からなくなっていた。
そのまま連れて行かれたのは、高級レストラン。
シャンデリアの光。天井の高い店内、白いクロスのテーブル。
俺には、明らかに場違いだった。
「こんなところ……俺、浮いてるだろ」
「そんなことない。お前が一番似合う」
「……嘘つき」
「嘘じゃないよ」
輝が穏やかに笑う。そんな笑顔を見せられたら、何も言えなくなる。
「圭、好きなの頼んでいいからね」
「……でも」
「遠慮すんなって」
輝が俺の手に触れる。
「お前のためなら、いくらでも使う」
その言葉に、胸が苦しくなる。
嬉しいけど――同時に罪悪感もある。
俺は、輝の金で生きている。
「……じゃあ、これ」
適当に選んだコースメニュー。
それでも、きっと数万円するんだろう。
料理が運ばれてくると、想像以上に美味しかった。
一口食べるたびに、幸せな気持ちになる。
「美味しい?」
「……うん。めっちゃ美味い」
「よかった」
輝が嬉しそうに笑う。
俺が幸せそうにしてると、輝も幸せそうになる。
それが、不思議だった。
「圭、口に何かついてる」
「え? どこ?」
慌てて口元を拭おうとすると――。
「ここ」
輝が、俺の唇に触れた。親指で優しく拭う。
「……っ」
心臓が、跳ねる。
周りの客の視線なんて、もう気にならなくなっていた。
「可愛い」
「……やめろ」
顔が、熱い。
「やめない」
輝がいたずらっぽく笑った。その表情ひとつで、また心臓が跳ねる。
――なんで、こいつはこんなにも自然に人を揺さぶるんだろう。
食事のあいだ中、ずっとそんな調子だった。
軽口を交わすたびに、さりげなく距離を詰めてくる。
デザートのチョコをスプーンで差し出された時なんて、視線を逸らすので精一杯だった。
気づけば、会話もリズムも、完全に輝のペース。
俺はただ流れに乗せられているだけだ。
食後、店を出たあとも、輝は何事もない顔で運転席に乗り込む。
夜風が心地いい――そんなふうに思ったのも束の間。
車が止まった先を見て、息を呑んだ。
気づけば、またあのホテルの前にいた。
ともだちにシェアしよう!

