25 / 27

第25話 暗闇で繋いだ手

仕事を終えて、待ち合わせの映画館へ急いだ。 駅から出ると、夕暮れの街が少しオレンジ色に染まっている。 スマホを見ると、輝からメッセージが届いていた。 『もう着いた?』 『今向かってる』 『了解。待ってるね』 その短いやり取りだけで、胸が温かくなる。 毎日顔を合わせているのに、こうやってメッセージをもらうだけでドキドキする。 映画館の前に着くと、輝がすでに待っていた。 ネイビーのシャツと黒いスラックス。 スーツ姿もかっこいいけど、こういうラフな格好も似合う。 「お疲れ様」 「……ああ、お疲れ様」 「この映画、前から見たかったんだ」 輝が、軽く笑いながら言う。 俺も久しぶりに映画館に来た気がする。 最後に来たのは、いつだっただろう。 「じゃあ、行こうか」 歩き出そうとすると、輝が俺の手を掴んだ。 「待って、圭」 「……なに?」 「映画館に来たら、ポップコーンでしょ」 「……輝、そういうタイプだったっけ?」 「昔からそうだよ。覚えてない?」 そういえば――高校の頃も、輝はポップコーンを買っていた。 文化祭で映画を見た時も、休日に遊びに行った時も。 「あー、そうだったな。じゃあ、買おうか」 「うん。圭は何がいい? 塩? キャラメル?」 「……塩で」 「了解。じゃあ、コーラも買おうか」 「……うん」 輝が、ポップコーンとコーラを二つずつ買ってくれる。 「ほら」 「……ありがとう」 受け取ると、輝が嬉しそうに笑った。 こういう些細なことでも、輝は喜んでくれる。 それが、不思議と嬉しい。 シアターに入ると、暗闇に包まれた。 座席に座って、輝が隣にいる。 肘掛けに置いた手が、時々輝の手に触れそうになって――ドキドキする。 映画が始まり、輝がポップコーンを食べている。 その仕草を、ちらりと横目で見てしまう。 そして――視線が合った。 慌てて、スクリーンに目を戻す。 顔が、熱い。バレてないよな……? しばらくして、輝が小声で話しかけてきた。 「圭、大丈夫?」 「……大丈夫」 嘘だった。全然大丈夫じゃない。 「本当に? なんか、ぼーっとしてるけど」 「……映画、見てるよ」 「そっか」 輝がまた前を向く。 でも、その手が――そっと、俺の手に触れた。 「……っ」 心臓が、跳ねる。 輝の手が、俺の手を優しく包む。 暗闇の中だから、誰にも見えない。 でも――この手の温もりが、やけにリアルで。 「……輝」 「ん?」 「……手」 「嫌?」 「……嫌じゃない」 小さく答えると、輝がふっと笑った気配がした。 そのまま、映画を見続ける。 でも、もう映画の内容なんて、全く頭に入ってこなかった。 映画が終わって、外に出る。 夜風が、少し心地いい。 「どうだった?」 「……面白かったよ」 「嘘だ」 「え?」 「圭、途中でぼーっとしてただろ」 バレてた。 「……まあ、ちょっと疲れてるから」 「そっか」 輝が、心配そうに俺を見る。 「最近、本当に大変そうだな」 「……そんなことねぇよ」 「嘘。顔に出てるよ」 輝が、俺の頬に手を添える。 「圭、本当に退職のこと、考えてみない?」 「……またその話?」 「だって、見てられないもん。圭がそんなに辛そうなの」 輝の真剣な表情に、胸が熱くなる。 本気で心配してくれてるのが、伝わってくる。 そう、本当は――もう限界なのかもしれない。 「俺のところで働きなよ」 「……え?」 「前に言っただろ? ビジネスパートナーになってほしいって」 その言葉に、心臓が跳ねた。 輝のところで――働く? 「でも……」 「でも、何?」 言葉が、詰まる。 息を吸って、勇気を出して言葉にした。 「なんか甘えてるみたいで、嫌なんだ」 「甘えるって?」 「輝に頼って、楽な道を選んでるみたいで」 少しの間、輝は黙って考えていた。 そして――優しく笑った。 「圭はさ、真面目すぎるんだよ」 「……え?」 「頼ったっていいじゃん。俺は、圭の力になりたいよ」 輝が、俺の手を握る。 「高校の頃からずっと、圭のことは放っておけないんだよ」 輝が柔らかく笑う。 その笑顔を見ていると、心の奥がふっと温かくなった。 「俺、ビジネスのこととか、全然わからないし……」 「大丈夫。教えるから」 輝が優しく笑う。 「圭、頭いいし、飲み込み早いだろ? すぐに慣れるよ」 「……でも、迷惑じゃない?」 「迷惑なわけないだろ」 輝が俺を抱き寄せた。 「圭がいてくれるだけで、俺は幸せだから」 「……っ」 涙が出そうになる。 「だから、頼って。俺に、甘えて」 「……輝」 「ん?」 「……ありがとう」 「どういたしまして」 輝が俺の頭を撫でる。 その手が温かかった。

ともだちにシェアしよう!