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第27話 溺愛と自立のバランス

ある朝。 輝がコーヒーを淹れながら、ふと笑った。 「今日は何する?」 「……特に予定ない」 「じゃあ、俺の会社についてくる?」 「……ああ」 輝の会社に行くことが、少しずつ増えていた。 最初は居心地が悪かったけれど、今はもう慣れた。 資料をまとめたり、コーヒーを淹れたり。 小さなことでも「助かるよ」と笑ってくれる。 「圭がいてくれると、仕事が捗る」 「……ほんとに?」 「ほんとだよ」 小さな不安を抱えながらも、輝と過ごす時間が、確かに俺の世界になっていた。 彼の笑顔も、触れる手のぬくもりも――全部が、今の俺を形作っている。 そして思う。 こんな日々が、ずっと続けばいい、と。 * 「圭、今日も一緒に会社来る?」 「……ああ」 輝の会社に通うようになって、もう何度目だろう。 初めて見たときから、その空気は俺にとって刺激的だった。 投資の話、企業の戦略、数字の裏側。 どれも未知の世界で――けれど、不思議と惹かれる。 「圭、お茶、お願いしていい?」 「うん」 デスク横で湯を注ぎながら、ふと思う。 俺はいつの間にか、輝の傍で働くのが日常になっていた。 秘書みたいな立場だけど、嫌じゃない。 役に立てている実感がある。 「ありがとう」 カップを受け取った輝が、穏やかに笑う。 その笑顔を見ただけで、胸の奥が少し熱くなる。 「圭、今日の会議、一緒に出てくれる?」 「……いいのか?」 「もちろん。お前の意見、聞きたい」 「……わかった」 会議室に入ると、数人のスーツ姿が並んでいた。 「紹介します。私のパートナーの五十嵐圭です」 その一言に、鼓動が跳ねた。 ――パートナー。 その響きが、胸の奥を優しく震わせる。 「よろしくお願いします」 「どうぞ、よろしく」 会議が始まり、資料が次々とめくられていく。 投資先企業の分析。 聞き慣れない専門用語が飛び交う。 だが輝は時折、俺の方を見て、目で合図を送ってくれた。 ――大丈夫、というように。 「圭、どう思う?」 突然、輝が俺に意見を求めてきた。 「え……えっと……」 緊張する。 でも、正直に思ったことを言った。 「……この企業、伸びしろはあると思います。でも、リスクも高いかなって」 静かな空気の中、輝が口角を上げた。 「なるほど。貴重な意見だね。――みんなはどう思う?」 そこから議論は少しずつ動き出した。 俺の意見が完全じゃなくても、輝が拾ってくれる。 支えられながら、ちゃんと“関われている”感覚があった。 会議が終わると、輝が満足そうに息を吐いた。 「圭、助かったよ。今日の視点、すごく良かった」 「……本当か?」 「当たり前だろ。お前の言葉は、いつも核心を突いてる」 その言葉に、胸がじんわりと温かくなった。 ――夜。 ベッドの中、輝の腕の中で静かに話す。 「輝……俺、もっと勉強したい」 「勉強?」 「ああ。投資とか、ビジネスのこと。……もっと、輝の力になれるように」 言った瞬間、輝が少しだけ目を見開いた。 そして――笑った。 「……圭、そういうとこ、好きだな」 「え?」 「ちゃんと“自分の足で立とう”とする。俺、すげぇ嬉しい」 手が髪を撫でる。 温もりが優しくて、息が詰まりそうだった。 「俺の役に立ちたいなんて言うけどな、圭。お前がそばにいるだけで、もう十分支えられてるよ」 「……でも、俺も何かしたいんだって」 「うん。じゃあ、一緒にやろう」 「……いいのか?」 「もちろん。俺の人生は、お前と一緒に進めたいから」 その言葉に、胸の奥が震えた。 「……ありがとう、輝」 「うん。おやすみ……圭」 静かに抱き寄せられ、目を閉じた。 心の中には、不安もある。 けれどそれ以上に――“信頼したい”という気持ちがあった。 ――数ヶ月後。 輝が買ってくれた専門書のページをめくりながら、俺はノートを取っていた。 セミナーにも一緒に参加して、少しずつ知識を積み上げる。 「圭、この財務資料、見てみてくれる?」 「うん。……この会社、固定費が重いな」 「やっぱり気づくか」 輝が満足そうに頷いた。 「圭の分析、本当に助かってるよ」 「俺なんかまだまだだ」 「いや。お前はちゃんと、俺の隣に立ってる」 その言葉が、まっすぐ心に届く。 俺は微笑んで、静かに答えた。 「……輝、ありがとう」 輝が俺を引き寄せ、唇を触れ合わせる。 深く、穏やかなキス。 幸福が、静かに胸の底から満ちていく。 ――この幸せが、永遠ではないかもしれない。 それでも今は、この瞬間を信じたい。 輝となら、きっと前に進める。 そう思いながら、俺はそっと目を閉じた。

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