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第31話 二人の旅立ち

side 圭 翌朝。目が覚めると、キッチンからコーヒーの香りが漂ってくる。 「おはよう」 「……おはよう」 リビングに行くと、輝がソファに座って資料を読んでいた。 スーツ姿じゃない、ラフな格好。 今日は休みなのに仕事のことを考えているんだろう。 「圭、コーヒー淹れたよ」 「……ありがとう」 カップを受け取って、隣に座る。 温かいコーヒーの香りに、少しだけ気持ちが落ち着く。 「昨日の話、考えてくれた?」 「……まだ、迷ってる」 正直に答えた。 「そっか」 輝が、資料を閉じて俺を見る。 「何が不安?」 「……色々」 「色々って?」 「輝と一緒に行けるのは嬉しいけどさ……」 言葉が、詰まる。 「でも?」 「……また、輝に依存することになる気がして」 その言葉を口にした瞬間、胸が苦しくなった。 輝が、少し困ったような顔をする。 「圭はさ、“依存”って言葉、好きじゃないよね」 「……うん」 「なんで?」 「だってさ……」 どう説明すればいいのか、わからない。 「……自分で何もできない人間になりたくねぇから」 本音だった。 輝に頼りっぱなしで、何もできない自分。 それが、怖い。 「でもさ、依存って悪いことじゃないよ」 「……え?」 「人は誰かに頼って生きていくもんだよ。一人じゃ、何もできない」 輝が、俺の手を握る。 「俺だって、圭に依存してるんだから」 「……輝が?」 「うん。圭がいないと、俺、仕事に集中できないもん。だから、お互い様だよ」 「……そうなのかな」 「そうだよ」 輝が、俺を抱きしめる。 「圭が俺に頼ってくれるの、嬉しいんだ」 「……っ」 涙が、出そうになる。 こんなに真剣に、俺のことを考えてくれてる。 「だから、本音を言えば……一緒に来て」 輝の声が、少し震えている。 「圭がいないと、俺、寂しいから」 その言葉に心が動いた。 輝が、俺を必要としてくれている。 それが――嬉しかった。 「……わかった。行く」 「本当に?」 「……ああ」 「ありがとう」 輝が、嬉しそうに笑う。 「パスポート持ってる?」 「……持ってない」 「じゃあ、今日申請しに行こう」 「……うん」 輝の腕の中で、俺は安心した。 これでいいんだ。 輝と一緒なら、大丈夫。 そう思えた。 パスポートの申請を終えて、準備が進んでいく。 スーツケースを買って、服を買って。 輝が、全部用意してくれる。 「圭、これ似合うと思う」 「……ありがとう」 「あ、これも買おうか」 「……そんなに買わなくても」 「いいの。圭のためだから」 輝が、嬉しそうに買い物をしてくれる。 その姿を見ていると、自然と笑顔になる。 「輝、楽しそうだな」 「うん。圭と一緒に旅行するの、初めてだから」 「……そうだな」 高校の時は、一緒に遊びに行ったことはあった。 でも、旅行は初めてだ。 しかも――海外。 「楽しみだな」 輝が、俺の手を握る。 「圭と、色々な場所に行きたい」 「……うん」 胸が、ドキドキする。 高校時代も、こうして輝のペースに任せていた。それが幸せだった。 「あ、水着も買おうか」 「水着?」 「うん。ホテルにプールあるから」 「……わかった」 輝と一緒に、水着を選ぶ。 こういう些細な時間が、やっぱり幸せだと思った。 ――出発の日。 空港に着くと、人の多さに圧倒された。 「すごい人……」 「うん。でも、ビジネスクラスだから、ラウンジで待てるよ」 「ビジネスクラス?」 「当たり前だろ。圭に、エコノミーは狭すぎる」 また、輝の優しさに触れる。 ラウンジに入ると、静かで落ち着いた空間だった。 「ここで、搭乗まで待とう」 「……うん」 ソファに座って、コーヒーを飲む。 「緊張してる?」 「……ちょっとだけ」 「大丈夫。俺がいるから」 輝が、俺の手を握る。 その手が、温かい。 「……ありがとう」 「どういたしまして」 しばらくすると、搭乗のアナウンスが流れた。 「行こうか」 飛行機に乗り込むと、広々としたビジネスクラスの座席。 「すごい……」 「気に入った?」 「……ああ」 座席に座ると、フルフラットになるシート。 「圭、疲れたら寝ていいからね」 「……ありがとう」 飛行機が離陸する。 窓の外を見ると、日本がどんどん小さくなっていく。 「……行くんだな」 小さく呟くと、輝が笑った。 これから、どんな旅になるんだろう。 楽しみで、少しだけ怖くて。 でも――輝と一緒なら、大丈夫。 飛行機の中で輝に寄り添いながら、俺は目を閉じた。

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