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第3話 教育開始前夜

 (かなめ)は首輪と白シャツ姿の刹那を、庭内の案内を行なった。   「ここは玲様のL'atelier du Rêve(ラトリエ・デュ・レーヴ ) で、通称アトリエと呼んでいる」 「プライベートな空間だが、時々大切なお客様をお呼びする」 「衣食住を提供し、玲様が作られたプログラムで過ごす」 「基本的に、反抗や脱走は不可。敬語を常に使用し、姿勢を正しく保つ。そのシャツは正しい姿勢をしている限り、性器やアナルは見えない」  淡々と説明する中に、アナルと直接的な言葉が出て、刹那は顔を赤らめた。が、「以上が、玲様がお前に課した、最低限のルールだ」と続いたためすっと背筋を伸ばした。  急に現れて借金を立て替えた上に、自分を飼い始めた男。謎だけが増えるばかりだが、ひとまず窮地を救われたと感謝の気持ちが湧いてこないのは、非日常的なことばかり起きているからだろう。  リビングのテーブルには、5Lほどの液体が入った袋と書類が用意されていた。  要は刹那に用意された液体を全部飲めと命じた。  「明日はお前の健康検査をやる。大腸検査のために、腸の中身を全部出す病院指定のものだ。とにかく飲め」  空腹だった刹那は、スポーツドリンクを薄めたような液体をひたすら飲んだ。その間に要が問診票を埋めていく。半分ほど飲んだところで、要は刹那をトイレに案内した。  「出し切ったら出てこい」  要がトイレから退出すると、次第に刹那の腹はぐるぐると音が鳴った。それでも命令された通りに飲んでいると、はっきりとした便意が現れた。冷や汗もでてきたため、飲むのを中断して、落ち着いたら飲み始める。トイレにこもって一時間半ほどたったころもう腹から何も出てこない状態となった。  あおい顔で出てきた刹那を要は個室へと案内した。狭い縦長の部屋は、天井近くに明かり取りの窓と、壁に全身鏡があるだけ部屋だった。   「服を脱げ」 「は?」    部屋に入って落ち着けると思っていた刹那は油断しており、要に素の反応を返した。  とたんにピシリと鞭で太ももの裏を叩かれた。「痛いっ!」と叫ぶと、さらに叩かれ赤い筋がくっきりと残った。  「反抗は認めない。言われた通りに」    さっき着たシャツを脱ぐと首輪だけの姿になった。要は、刹那を全身鏡の前に立たせる。  やせぎすの特徴の無い体とぶら下がったペニスが恥ずかしく自然と俯いてしまう。  鏡に映っているのは、首輪がついた自分のようで「自分」ではなかった。赤の他人に容赦なく値踏みされるただの痩せた肉体。その事実が、じわじわと、刹那の心を蝕んでいく。   「顔をあげて、自分の体をしっかりと見ろ。――姿勢が悪い。両手をあげて体をそらせろ」    背中を鏡に見せて首だけ振り返る、そのつぎに腰から振り返る。つど、背筋を伸ばす、顎を引く、など細かい注文が入った。最初こそ全裸でのポージングに、刹那は恥ずかしがって要の要求にすぐに反応ができなかった。  だが、容赦なく鞭がふるわれるので、途中からヤケクソのように要求されるポージングを行なった。  両手を挙げる。がにまたでのスクワット、鏡に向かって尻をむけて前屈し、足の間から自分の尻を見るポーズ、よつんばいになり背をそらすポーズなど様々なポーズを指示された。ひたすら屈辱的なポーズをとらされた刹那は、なぜこのポーズをとらされるのかという意味までは考えは及ばず、恥ずかしいことをたださせられているとしか認識していなかった。  三十分ほど経った頃に、要から姿勢を戻すように指示されて「今日はこれで終わりだ」と宣言された。  ――やっと、終わった。刹那は、全身の力が抜けるのを感じた。震える手で、ベッドの上に投げられたシャツに袖を通そうとした、その時。    「個室内は寝る時も含めて首輪だけで過ごすこと」    要の無慈悲な言葉が、刹那のささやかな安堵を、粉々に打ち砕いた。

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