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第7話 大量学習 中編

 刹那は、泥のように眠りながらも昨夜の「失敗の烙印」は胸に深く沈澱していた。  しかし、同じ時間に変わらぬ態度で接してくる要に、なんとか気持ちを持ち直した。  朝食後、昨日と同じ4つのモニターと拘束具付きの椅子に座らされた刹那は気持ちに翳りが差した。また失敗するのでは? と懸念が浮かび上がったところで、無線のマウスを渡された。  「昨日のダイジェスト映像を流す。自身で、知識不足だと思う場所を何度も見返しなさい」  要は実際に映像を流しながら、刹那に操作方法を教えた。  わずかばかりだが能動的な行動を起こせることで、刹那は前向きに動画研修と向き合うことができ、いつしか昨夜の失敗について考えず、目の前の映像に意識して集中し始めた。  自分の意思で映像を選択し、反復する。その行為は、自ら望まない情報を得ることだったが、同時に彼の感情を麻痺させていくことでもあった。一度見た映像ということもあり、面白いぐらいに内容を覚えていった。  舌と唇を映像と同じように動かし、感情をトレースする。無垢、懇願、欲望を引き出す方法を、自分がやっていると認識せず、映像に出てきた無数の肉体と同じ教材のように取り扱った。午前の講義を終えた後、昨日と同じディルドでフェラチオを行い、自身の体のコントロールを行い、作業として射精することができた。  1時間の昼食時間。食事のあとは自室で仮眠をとることも許された。  考えることを放棄し、目の前に用意されることを諾として行う。何も考えずとも知識を会得でき、褒美を与えられることはとても心地のいいことだと、刹那は無意識に享受しはじめていた。  午後からは、マウスを撤去され、新しい講義映像を見る内容に戻った。  午前中に講義を受ける土台をつくりあげていた刹那は、同じように動画に集中して情報を得る素地ができていた。 【新人研修プログラム:『基礎技術篇:アナルセックス』】 【第1部:受容のための理論と準備】 【第1章:解剖学 — 身体(プロダクト)の構造理解】  モニターは、医療用CGによる3Dモデルで肛門括約筋と直腸の構造・機能の説明から始まった。  どう考えても、入れる場所じゃないと思いながらも、昨日の射精の講義で快感に染まった何人ものモデルの表情を思い出した。  映像は続き【1-2. 痛みのメカニズム:精神的緊張が引き起こす肉体的硬直について】に入った。    『第1章、解剖学。その2、痛みのメカニズムについて。    アナルセックスにおける痛みの最大の原因は、物理的な摩擦ではありません。    それは、あなたの精神が引き起こす、肉体的な『拒絶』です。 恐怖、不安、屈辱といったネガティブな感情は、自律神経を介して肛門括約筋に収縮せよ、という命令を送ります。これは、外部からの侵入を防ごうとする原始的な防御反応です。しかし我々のビジネスにおいてこの反応は顧客満足度を著しく低下させる『欠陥』であり、あなたが克服すべき最初の課題です。 あなたの体が痛みを感じるということは、あなたがまだ自分の精神を完全にコントロールできていない未熟なプロダクトであることの証明に他なりません。  本講義の目的は、その『欠陥』を修正し、あなたの体をいかなる状況下でも完璧に機能する最高級の『器』へと作り変えることにあります』  刹那は、器という単語が妙に気になったが、講義はどんどん進むために自分の考えを追い出し、映像へと意識を集中した。プロとして、感情ではなくアナルセックスのプロセスを覚えていく。痛みの根源がわかればそれを避ければいいだけだと割り切る考えにもなった。  映像は【1-3. 快感の可能性:前立腺の位置と、その刺激による生理的反応】へと進む。  第2章では、衛生管理をテーマにしており、浣腸の必要性やシャワーヘッドや市販の器具を用いた洗浄技術、潤滑剤の種類と特性について説明があった。どれも実践に即した内容だったことと、病院の検査で看護師がアナルを計測する際にローションを使っていたことを思い出しながら、刹那は一度の視聴で大体の内容を覚えていった。 5分の休憩を挟み【第2部:実践のための技術と応用】に入って、一度講義は終わった。  体の拘束を解かれ、浴室へ行くよう指示をされたところでなぜ、という気持ちと、反射的に湧き上がった答えに戦慄した。  果たして、浴室には動画で見たばかりの浣腸用具やアナルプラグが並んでいた。  背後の要に、シャツを脱ぎ全裸になるよう指示される。  「動画を参考に、自分で洗浄しなさい。1時間後にプラグが入っているか確認する」  要が指す浴室の隅に便器があった。今までそこにその存在に全く気づいていなかった。  一人になって改めて道具を見直す。    高さ80cmほどのステンレスの台に並ぶものは、固定された動画再生用のタブレット、秒単位で制限時間を表すデジタル時計。ポンプボトルにたっぷり入った潤滑剤。「GLYCERIN ENEMA」と書かれた箱と説明書、その横に細長いノズルがついたグリセリン溶液の入った半透明の容器が3個。金属製アナル・シャワーノズル。そして、小ぶりだがずっしりとした涙型のアナルプラグ。刹那の指3本分ぐらいの太さで取っ手とストッパーが兼用されている。その横にペットボトルに入った水が何本か用意されていた。  刹那はグリセリン溶液の入った容器を手にしながらも、どう扱っていいかわからず説明書を手に便器に座った。絵の通りに自身でノズルをアナルへと差し込んだ。しかし、ノズルが肌にひっかかったため、慌てて潤滑剤を使って差し込み直した。  しかし、いざ用意ができたところで、溶液を押し出す勇気がもてず、背中を丸めて逡巡する。  そこで、ピッピッとカウントをする音が鳴り「10分経過」とデジタル時計から男性の声がした。    残りが50分しかないと焦った刹那は勇気を振り絞って容器の中の溶液を注入した。    入れてすぐは特に変化がなかった。    痛みを想定していた刹那が肩透かしをくらって、背筋を伸ばした時だ。    ぐる、と腸が動き、強烈な便意が起こった。    説明書には数分我慢してから排泄することと書いてあったことを思い出し、我慢する。    ところがすぐに便意は去ったため、刹那は思わず便器の蓋に背中を預けて体を弛緩した。そこから断続的に便意が起こり、ついにぐるぐると音と痛みが強まった。我慢できずに排泄したが、固形物は少なく液体だけが流れた。汚れを拭き取り、タブレットをタッチして開くと、Q&Aのように文章が並んでいた。  【浣腸について】という項目を開くと、どうやら、すぐ排泄したため、浣腸液を再度使用する必要があると動画での説明があった。  刹那は感じたことのない腹の痛みと排泄の屈辱に、震えながら2本目の溶液を手にした。    【通常は注入後、3分から10分我慢するのが目安です。便を柔らかくし、直腸の壁を刺激して排便反射を十分に高めるための時間が必要です。浣腸液を入れた後は便器に座るのではなく、立位で便意を我慢してください】  刹那は動画の通りに浴室でしゃがんで浣腸液をアナルに流し込んだ。    今回はすぐにぐるぐると音が鳴り、痛みが始まる。    浴室の壁に手をつき、口を大きく開けて、痛みを放出するように深く呼吸を行う。腸壁が収縮し、放屁が始まるが、もう二度と浣腸液を入れたくないと強く肛門に力を入れて我慢する。    額に脂汗が浮かんできたことがわかるぐらい、腹のことを考えないように、冷たい壁に背中を当てたり呼吸を整えたり、必死に便意と戦った。  デジタル時計が20分経過のアラートを出したことで、排泄衝動が強くなる。漏らさないようによろよろと便器に向かい、そっと腰を下ろす。    決壊したように大量の固形物と液体が排泄された。    激しい音とひどい匂いに包まれるが、痛みに我慢したことと、大量に腹のものが出たことでもう浣腸液を注入しなくてもいいという安堵感に刹那は浸っていた。  マニュアルに書かれているように、腹が軽くなった。次は、シャワーで腸内の残置物を洗い出す処理がある。    シャワーヘッドを付け替える前に、刹那は一度頭から湯をかぶった。汗と汚れを流してから、シャワーヘッドを腸内洗浄用のヘッドに替えた。突起部分が無く、指1本分ぐらいの細いつるんとした10〜15cmほどの細い管。先端は丸みを帯びているが、ステンレス特有の冷たさと硬さがあった。側面には水が出る小さな穴が複数空いており、これを腸に入れて直接洗浄する。    タブレットの説明通りに、潤滑剤をたっぷりつけて、排泄で緩んだアナルに恐る恐る差し込んだ。    潤滑剤の助けを借りて中にするすると入っていった。    どこまで中に入れていいかわからず、不安になりながらそろそろと蛇口をひねった。    アナルの中の感覚がわからず、ゆっくりと流量を増やすが手応えがつかめず、半分ほどひねったところで急に体内を強い水流が叩きつけられ、経験のない激痛がはしった。慌てて水量を減らして、床に座り込む。    シャワー自体が栓となり、少しずつ腹がふくれてきたのがわかった。    異常に恐怖を抱き、急いでシャワーホースを握りしめて引っ張り出すと、ちょろちょろとしゃがんだ足をつたって汚水が流れた。  自分の体が自分の汚物で汚れることに、息をのみ、水量を増やそうとしてさきほどの痛みを思い出した。    すぐに汚水が止まったが、四つん這いでいる姿勢では腹に水が残っていることが顕著にわかる。  刹那は汚れた足を洗うこともできず、シャワーヘッドをアナルへと差し込む。    ふと、頬を涙が伝った。    もうだめだった。    悔しい、悲しい、辛い、どうして自分が。  自分を裏切った友人の顔、新宿のホテルで知らない男のペニスをくわえたこと、饐えた匂い、ペニスの味、感触が次々と蘇る。    刹那はシャワーヘッドを中途半端に差し込んだまま、声を上げずに泣いた。    後から、後から涙が込み上げてくる。    本来ならば、バイトをかけもちしながら将来を考えようとしていたのに、なぜ、自分は汚物に塗れて、尻をいじっている。こんな屈辱的なことを、悲しいことをしなければならないと刹那は憤った。    今すぐにでもこんなものを投げつけて、大声で泣き叫びたい。    それらを押し込めて刹那は、泣きながら床を拳で殴ることしかできなかった。 「30分経過」  アラートに、我に返った。    悲しい気持ちは変わらないが、借金を返すために自分はなんでもやると覚悟を決めたはずだった。    涙はそのままに、刹那は膝立ちになった。    後ろに回した手で、腹の奥までシャワーヘッドを押し込み、もう片方の手で蛇口をひねった。    体内に、温水がたまっていく。ある程度溜めないと汚れがとれないと気づき、ひたすら我慢する。    浣腸液とは違い、穏やかな刺激だが、はるかに浣腸液を超えた量が腹にたまっていく。体の重心が変わっていくようで、ついた膝が痛みを訴え始める。そろそろと足を崩し、横坐りになるとたぷん、と体内の水が移動する様子がわかった。  刹那は、ためいきをついて顔を上げた時、醜悪なものがそこにあった。    濡れ髪が乱れ、涙の跡が残った顔。虚脱した目で、裸で横坐りになり、異様に膨らんだ腹。股間のペニスは縮こまり、尻には銀色のシャワーをつっこんでいる自分の姿が映っていた。  叫びそうになるが、動いた拍子に、たぷんと腹の水が揺れた。    驚いて、弛緩したアナルから、しょろしょろと湯が溢れ始めた。  「あ……」      我慢した後の、排泄の気持ちよさがあった。    鏡の中の男は漏らしながら緩んだ表情をしていた。    足元は汚れた水が排水溝へと流れていく。  ――最悪だ。  刹那はそう思いながらも、排泄の快感に囚われてしまった。    歪に腰を上げてシャワーホースを抜き、中のものを出す。    今度は立ち上がり自分で潤滑剤をぬりこみ、シャワーヘッドを再挿入した。    少し強めに温水を入れる。    腹のかたちがかわる。体内のお湯が移動するのが面白く、また、動いた方が汚れが多くとれるかもしれない、と鏡の前で腰を大きく回す。    得体の知れない「重さ」がたまっていき、腹の皮が内側から張り詰めていく。内臓が押し上げられる圧迫感が強まり、ただの革袋か水風船になったような、無機質な感覚が芽生えてきた。    腰を動かすたびに、アナルから湯が溢れていく。    刹那は、鏡をみながらシャワーホースをゆっくり引き抜く。    ゴトンとシャワーヘッドが床に落ちるよりも早く、ぷしゃあと汚水が流れ始めた。  腹の重さが一気になくなることを気持ちよく感じた。    目を閉じて、手探りで作業を行えるようになり、何度もシャワー浣腸を繰り返した結果、透明な温水だけが流れ出るようになった。  シャワーヘッドを取り替え、シャンプーとボディソープをつかい全身を洗い、浴室の床もきれいに流し洗った。    清潔な状態に戻ったのに、刹那はなにかを無くした気がして、排水溝へと流れる泡の中にそのなにかを探してしまった。  欠落した気持ちを抱えた、どこかぼんやりした状態で、刹那はとうとうアナルプラグを手にした。    ずっしりとした重さのあるステンレス製のそれは、刹那の手のひらより少し大きいサイズだった。鏡面仕上げの表面に歪んだ自分が映る。思わず、同じような太さの自分の指を3本まとめてアナルに当ててみるが、到底入るとは思えなかった。  「50分経過」      しかし、刹那はプラグを挿入する以外の選択はなかった。    潤滑剤をプラグとアナルに塗布する。    最初は背中側を鏡に映しながら入れようとしたが、無理だった。    尻に力が入らないようなポーズを探して、結局便座に座った。    無理だと思ったが、排泄と洗浄で緩んだアナルは冷たいプラグを難なく飲み込んだ。熱を持った内部に、金属の冷たさがぬるりと食い込む。最も太い部分が括約筋を押し広げ、最後に底部のストッパーが「カチリ」と音を立てるような感覚で尻の割れ目に収まった。    冷たく硬いそれは、そこがアナルであること。    そして、それ以上の太さのものを受け入れる準備をしていることを否が応でも刹那に思い知らせた。  刹那は立ち上がった。    プラグが常に内側から穴を広げており、下に引っ張られている感覚があった。    足が震え、自然と内股になる。 異物が落ちないように、無意識に尻の穴を締め、その度に金属の硬さが尻穴を拡張していることを認識させる。  「60分経過」  アラートと同時に要が入室してくる。その手には小型のカメラがあった。 「手はおろしてカメラを見なさい」  刹那は泣きはらした目で、カメラを見つめた。    全裸で尻には銀色の栓がされている自分はもう、まともな人間ではなくなった。    これからプロダクトとして生きていく。    その絶望的な自覚だけが、奇妙に鮮明だった。

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