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第3話
そして新條 の痴態を妄想して抜くのも、やめられなかった。
男同士のセックスの仕方をググって少し後悔した。なんだあれ‥濡れないところ、入れるべきじゃないところに入れるってあんなに大変なのか‥。手間も時間もすごくかかる。でも、それでも好きなやつと繋がりたい、という気持ちだけは理解できた。
俺は新條に挿れたいのか挿れられたいのかどっちなんだろう。想像してみて、まあ新條が望むならどっちもイケるな、と思った。正直、新條をかわいいとも思っちゃっているので挿れたい気持ちがやや強い。だがあのかっこいい新條にもし「俺のちんこを挿れさせろ」と言われたら、多分俺は喜んで尻を洗う。
俺って、結構変態みがあったのかもしれない。
いずれにせよ新條での妄想はどんどんはかどって幾らでも抜けた。
新條たちと話すようになって三週間くらい過ぎた時、新條は登校してくるなり長いため息をついた。そんなことは今までになかったので、俺はすぐに尋ねた。
「新條、なんかあった?」
新條ははっと俺を見て、少し何かを考えてからもう一度ふっと息を吐いて答えた。
「いや‥ちょっと狙ってるものがなかなか手に入らなくて落ち込んでるだけ。悪いな、朝から」
俺はそう言われて、あ、と思い出した。三週間前、新條に助けてもらった時、車道に転がって潰されていた、丸い何か。
「‥新條、その欲しいものって何?」
新條は眼鏡越しに黒い目で俺を見たが、ふいっと顔を反らした。
「笹井には関係ないから。別に笹井が興味があるものでもないし」
「新條が興味あるものは俺も興味ある。何?教えて」
俺はぐっと身体を椅子ごと新條の方に近づけて顔を覗き込んだ。新條はちょっと嫌そうに顔を背けながらため息をついた。
「‥‥ガチャガチャの景品。『ザンガレン戦記』のルルイのキーチャーム」
「やっぱりそれ、あの時に潰れちまったやつだろ」
俺が間髪入れずにそう言っても、新條は顔を反らしたまま返事をしない。
新條は、どこまでかっこいいんだ。
もっと俺に怒ったっていいのに。
俺に文句や愚痴を言ったっていいはずなのに、何も言わずにまた欲しいものを探していたんだ。自分だけで。
あーーーーーーーー。
好きだ。
すっげえ、好きだ。
今すぐぶち犯したい。あの薄い唇が腫れるまで吸いまくってやりたい。制服を全部むしり取って裸にして、あの前髪も全部押し上げて顔を見ながらぶち込みたい。
俺がそんなとんでもなく不埒なことを考えているとも知らず、新條はまたごそごそと荷物から本を取り出して読もうとしている。全然俺と話す気がない。
‥ちょっとイラっとした。
「新條」
「‥何」
「俺、今日からお前のストーカーになる」
「はああああ?!」
新條は今までで一番のデカい声を上げ、一番のびっくり顔をして俺の方を見てきた。
絶対、あの潰れたガチャガチャの景品を手に入れよう。強く、心の中で決める。
その日、初めておれは新條と一緒に帰った。正確に言うと、下校しようとしている新條に無理やり付いて行った。音原は美術部に入っていて、今日は週に二日ある活動日だったからいなかった。
「‥なんでついてくんの」
嫌そうな顔をしながら新條は下駄箱から靴を出した。隣で俺も靴を履き替えながら答えた。
「ストーカーだから」
「いやだからそれおかしいって‥」
珍しく新條が、弱ったような焦ったような声を上げた。本当に嫌がってんのかな、と心配になって靴ひもを結ぶふりをしながらこっそり新條の顔を見上げた。
新條は嫌がっている様子ではなく、本当にちょっと弱ったな、という感じで眉尻を下げていた。下からのアングルで初めてちゃんと新條の眉毛を見た気がする。
初めて見る表情に、俺はぞくりとした。‥ちょっと、勃った。
新條と一緒にいると、順調に俺の変態みが育てられていくような気がする。
「新條の家まで、ついていきたい」
「なんで?!」
今度こそ新條が驚いて大声を出した。本日二度目の新條の大声だ。レアだなあと顔を見つめていたら、また大きなため息をつかれた。
「笹井さあ‥何考えてるのか、さっぱりわかんねえな」
「新條のことだけど」
「‥‥だからさ‥」
歩き始めていた新條が立ち止まってがっくりと首を下げた。そんなに困らせてしまっていただろうか。あまり深い友達付き合いをしてこなかった俺には、程よい距離感というのがわかっていないのかもしれない。今まで自分から、積極的に誰かを誘ったり話しかけたりしたこともなかった。
そんな必要性も感じていなかったのだ。俺にとって、世間とのつながりはそのくらいの薄っぺらくて希薄なものだった。
それなのに、新條がいきなり俺の世界を変えてきた。俺の視界を染めてきた。奪ってきた。
「俺は新條が好きだから、いつも新條のことを考えてる」
別にそんなことを言おうとも思っていなかったのに、またするりと言葉がこぼれ出た。新條と一緒にいると、俺は思ってもいない言動をしてしまうようだ。
新條は俺の顔を見たまま、ピシ、と固まってしまった。大きな眼鏡とぼさぼさの前髪で表情がわかりづらい。眼鏡の奥の少し小さな瞳は、大きく見開かれているようではあった。
長い沈黙の後、新條は何も言わずに歩きだした。
最寄り駅までの道中、新條はずっと黙ったままだった。俺は普段、自分から話しかける方でもないので話のきっかけを掴みかねていた。
サクサクと歩く新條の後ろについていく。学生服の襟から、少し俯き加減の新條のうなじがちらちら見える。
エロい。
気づけばそんな事ばかり考えている。これでは新條に気持ち悪がられるのもしょうがないか、と苦笑した。
そんな俺の雰囲気を感じ取ったのか、新條がぴた、と立ち止まって俺を見た。
「‥何、笑ってんの」
「あ、え、」
急に話しかけられて俺はどぎまぎした。こんな時にうまくごまかせるほどの話術を、俺は持ち合わせていなかった。
「‥俺、すぐエロいこと考えちまうから、新條にキモがられても仕方ねえなって思ったら、なんか、莫迦みたいで、さ‥」
素直に思ったことをそのまま吐き出してしまった俺に、新條は「は?」と間抜けな声を出した。
「お、前、そういう、意味で俺のこと好き、なわけ‥?」
新條も珍しく、焦ったような声で俺に問いかけてきた。俺は、もう誤魔化しようがないなと観念してコクリと頷いた。
新條は一言
「そうか‥」
と言って、下を向いた。そのままじっとしているので、俺も何を言えばいいかわからずそのまま立ち尽くしていた。
‥期せずして、告白してしまった流れじゃないか?俺。
そう思い至って、急にドキドキしてきた。そっと新條の方を伺うが、俺の目線からは新條の顔は見えなかった。
新條はゆっくりと顔をあげた。そして俺の顔をまっすぐに見てくれた。
「笹井」
「‥うん?」
「‥俺、恋愛ってしたことないんだ」
「‥‥俺も、新條が、初めて好きになった人だ」
「そうか‥」
「うん」
新條は、また少し困った顔をして眉を下げた。
「別に、笹井が男だから嫌とか、そういうのは俺はない」
「へ、あ、そうなんだ‥」
「ただ、恋愛ってのがよくわからない。小説でも漫画でもよく出てくるけど、自分のこととして思うとちょっとまだわかんなくて」
「‥うん」
「だからなんて返事すればいいか、わからない」
「おう‥」
新條、今の俺もお前になんて返せばいいのかわかんねえよ。
新條は俺の頼りない返事を聞いて、また考えこみ、しばらくしてじっと俺の顔を見つめてきた。
「笹井は、俺でどんなエロいこと考えてんの?」
「へっ!?」
「キスしたいとか?」
いやもっとえげつないこと考えてます、とはさすがの俺も言えずに固まった。するとそんな俺の様子を見て何を考えたのか、新條は少し俺に近づいてきて俺の学生服の胸のあたりを握ってぐいと引き寄せた。
されるがままになった俺は少し前のめりになり、新條の顔の前に俺の顔が来てしまった。
そのまま新條は自分の唇をおれの唇に押しつけた。
すぐに離れてしまったが、俺の唇の上には薄くて柔い新條の唇の感触が生々しく残っている。俺は正直、生まれて初めてと言っていいくらい頭の中がパニックになっておろおろした。
「え?お、あ?に、新條、なん、え?」
「うーん、キスしてみたら何かわかるかと思ったけど‥」
新條は少し考える様子を見せてから俺の顔を見て、にっと笑った。
「すまん!わかんねえわ。でも、そんなに嫌じゃなかった」
そう言ってまた新條は駅に向かってすたすた歩きだした。
どんどん歩いていく新條の後ろ姿を見ながら俺はぼけっと立っていた。
え?
キス、されたな。
そんなに嫌じゃなかった、って言った。
いやいや、まず、何でキス?
‥‥少女漫画のヒーローでもあるまいしあの思い切りは何だ‥?
うわその前にここ通学路じゃん!
俺はやっとその事に思い至り、今になって辺りをきょろきょろ見回したが同じ学校のやつは前と後ろの離れたところにいるだけで見られてはいないようだった。
なんで新條はあんなに思い切りがいいんだ!?
しかも、恋愛感情わかんねえって言ってんのに、急に、キ、キス‥。
俺は、そっと人差し指で自分の唇に触れた。
そこだけ、すごく熱くなってじんじんしているような気がした。
ふと顔をあげれば新條の姿は結構小さくなっていて、俺は慌てて後を追った。
駅についてどこで降りるか話を聞けば、何と利用している駅は同じだった。俺は結構早めに登校していたので、今まで新條と時間がかぶらなかったらしい。
「意外と近いのか?新條はどの辺りに住んでるんだ?」
俺はそう訊きながらも新條の顔を見ることはできなかった。今新條の顔を見れば唇をガン見してしまう自信があった。
新條は、先ほど俺にキスしたとも思えないようないつも通りの態度だった。
「俺は駅から五分くらいのとこだな。倉見町だから」
「そうか‥俺は、沢岸の方だ」
そう答えると、新條は「へえ、ぎりぎりで学区が違ってたんだなあ」と呟いた。そうか、もう少し近かったら中学も同じだったかもしれなかったのか。
何だかそれは惜しい気がした。
倉見駅から五分ほど歩いた雑居ビルが新條の家だった。五階建ての小さなビルだが、上の方が住居になっているらしい。
「じゃあな。もうここでいいだろ?」
新條はビルの階段入り口でそう言った。だが俺は次の約束が欲しかった。だからずっと電車の中で考えていたことを口にした。
「新條、今度の休み、一緒にガチャガチャ回ろう。お前の欲しいやつ、一緒に探したい」
新條は、俺の顔を見上げて少し黙った。それから小さく頷いて言った。
「まあ、いいけど」
「‥連絡先教えてくれるか?」
何とか俺はその一言を絞り出し、いそいそと携帯を出した。新條はちょっとだけ眉をしかめてから自分の携帯を出した。
「いいけど俺、SNSとかあんまやってないから‥番号でいいか?」
「うん、ショートメッセージ送る」
新條の番号を聞いてから、その番号にメッセージを送る。新條がそれを確認してから携帯をしまった。
「じゃな」
そう言って新條はビルの階段を上がっていった。
携帯番号をゲットしてしまった‥!
俺は顔がへらつくのを押さえきれず、家につくまでずっと顔の下半分を片手で覆っていた。
この日の夜は、新條の唇の感触を思い出して、すっげえ抜いた。
死ぬかと思った。
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