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第9話 その後の二人 後編(長めです)
「チカ、俺はずっとチカが好きだよ」
新條の呟きに、そう言って笹井は思わず抱きしめた腕に力を込めた。新條は胸に顔をうずめてしまっているので、その表情を見ることはできない。どうしたのか、と心配になって顔を覗き込もうと腕を緩めた瞬間に、するりと新條は笹井の腕から抜け出して少し離れた。
「腹減ったな!何食う?さっきの温泉蒸し料理の店もう一回見てみねえ?」
何事もなかったかのようにそう言って笹井を見る新條の顔に、鬱屈したところは見られない。
笹井は、少し不安を覚えながらも「うん、行こうか」と言って新條の後についていった。
蒸し料理は美味かったが、高校生男子の食欲を満たすにはあっさり過ぎた。蒸し料理の店の後、温泉地に似つかわしくないコンビニに行き、そこで唐揚げを買って食べる。
その後、街の中に設置されている足湯に浸かってみたり、温泉地の中心街をぐるりと回ってお土産を冷やかしたりした。
「音ちゃんにもお土産買わないとな!」
と言って新條は何かのキャラを微妙にパクったような、あまり可愛くないひよこっぽいキャラクターのキーホルダーを購入していた。
あれはウケ狙いの土産にするとして、自分はちゃんとしたものにしよう‥と笹井は温泉地の銘菓を買っておいた。何のかんの音原には色々と世話になっているのだ。
少し暗くなり始めたので、旅館に一度戻る。部屋に案内されると思っていたより広い和室だった。一番上の階だったので、窓から温泉街の中心にある川が少し見える。
「お布団はもう敷いておきますか?」
と旅館の人(仲居というほどの旅館ではなかった)に聞かれたが、「自分たちで敷きますから大丈夫です」と断った。すると
「ではお食事の間に敷いておきますよ。お食事は、五時からと七時からになりますがどちらの時間帯にしますか?」
と訊かれた。今は四時半で、今からでも食べられなくはなかったが顔を見合わせてう~んと唸り、結局七時からにしてもらった。
少し部屋で話をした後「温泉に先に入ろう」ということになって二人で向かった。
笹井は、葛藤していた。
他の同性カップルはどうしているんだろうか。同性で温泉に入るのは普通だ。おかしくない。だが、新條の裸を他の男に見られたくないという笹井なりの独占欲はある。
だが、温泉を選んだのは新條なのできっと新條は温泉を楽しみにしているに違いない。自分の嫉妬心や独占欲だけで、新條の望みを叶えないほど狭量な男にはなりたくない。
‥‥しかし‥!
脱衣所で躊躇いもなくどんどん衣服を脱ぎ去っていく新條の姿をチラ見する。
今は幸いにも、夕方の時間帯ということもあり他に客はいない。
新條の白い裸身が笹井の目には眩しい。ああ、あの筋肉がしっかりのった腹筋からの腰のライン。笹井の欲情をいつもピンポイントで刺激してくる絶妙な腰骨の辺りを見た途端、笹井は自分が臨戦態勢になったのを感じた。
やばい。新條の裸を見せたくないの前に、公衆浴場で自分の欲情を見せたくないのミッションが先に来た‥。
からら、と引き戸を開けながら「先行くぞ〜」と新條が言っている。
「お、おう」と答えつつ、笹井はやや前かがみになり股間をさりげなくタオルで隠して洗い場に入っていった。
浴場にも客はいなかった。そもそも今日は他の客の姿をあまり見ていない。
小さな旅館だからお風呂もそこまで広くはない。身体を洗えるカランは六つほどしかなかった。ただし笹井にありがたいことには、カランの間は仕切りがあって隣が見えないようになっていた。
(よかった…!)
天に感謝しつつ、股間に冷たいシャワーを浴びせて物理的に抑え込んだ。そして無心になって身体を洗い出す。隣で新條も身体を洗っているようだった。
新條の方が先に洗い終わって風呂の方へ行く。ふとその姿を目にした時、後ろ姿の引き締まった臀部に思わず目を惹かれた。
やばい。やばいかなりやばい。
笹井はもう一度冷水シャワーを股間にお見舞いした。ぎょっとするほど冷たかったが仕方がない。ふーーと深く呼吸を繰り返してから、あまり新條の姿を目に入れないようにして風呂に向かう。
ゆっくりと湯船に浸かれば、あ〜と心からの声が出た。
「きもちいいな」
新條が振り返ってにっと笑った。
いつも目の上までかぶさっている前髪は、洗い終わりでかきあげられたのか全開だ。少し小さめの新條の目がはっきり見える。先に浸かっていた分温まっていたのか、頬は薔薇色に染まっていて艶めかしかった。薄いそばかすまではっきり見えた。
笹井の身体は考える前に動いていた。目の前の新條をぐいっと抱き寄せ、水分を含んでぷるぷるになっている薄い唇に噛みつくようなキスをした。そのままぐいぐい舌で新條の唇をこじ開け中にねじ込んでいく。
そうしながら右手で新條の尻を触った。弾力のある小ぶりな尻の半分がちょうど笹井の大きな掌におさまる。湯の中でもわかる滑らかな尻の感触を味わいながら、笹井は舌で新條の上顎をぐりぐりとなぞった。
「あ、ん、ふっ・・」
少し開いた唇の隙間から洩れ出す新條の喘ぎ声に、笹井の股間はすぐさま臨戦態勢をとった。三度目の臨戦態勢が新條の薄く割れた腹筋に押しつけられる。それを察して新條は目を瞠った。ぐっと笹井の胸を押して唇を離す。
「シュウ、風呂だぞ、ココ」
「ん‥」
生返事をしながら笹井は新條の首筋に唇をつけた。思いきり吸いつきたいが、ここはさすがに外から見える場所だから痕を残せない。その代わり、軽くちゅ、ちゅと音を立てながら唇で愛撫し、時々舌先で舐めていく。抱きしめている新條の身体が、そのたびにぴくぴく震えるのも愛おしかった。
「シュウ、だめ、ちんこ勃つ」
「俺もう勃ってる」
「知ってる当たってるし」
「チカ‥」
笹井はもう一度新條の顔を両手で押さえ込んで深くキスをした。舌を絡めながらその表面を舌先を辿る。唾液すら甘いような気がしてくる。止められない。
湯舟の中で新條の身体を抱きしめる。自分の中にすっぽりと嵌まるようなその抱き心地が気持ちいい。
すぐさまセックスがしたい。
だが、身体が目的と思われないだろうか。
昼間の、新條の切ない呟きが笹井の頭に甦る。何が新條をそんなに不安にさせているのか、笹井にはわからなかった。一つ、思い当たるとすれば自分のこの欲情だろうか。新條に会えば愛おしさが増してしまう。いつでも触れていたいし抱きしめたい。本当は自分以外の人に触れてほしくない。自分だけを目に入れていてほしい。
こんな醜い独占欲が自分の中にあるとは思っていなかった。独占欲は、欲情となって笹井を襲う。快楽に堕として悦がらせて感じさせて、新條を自分がいないとだめにしてしまいたい。
こんな醜い自分の感情に気づかれてしまっているのだろうか。
笹井はますますきつく抱きしめる。臨戦態勢の息子は新條に当たったままだ。
その時、脱衣場の方で人の話し声がした。はっとして身体を離して立ち上がり、新條の手を引いて立ち上がらせようとした。
「上がろう」
「え、まだ来たばっかだぞ」
新條がそう言って笹井を見上げた。笹井は強引に腕を引いて立ち上がらせた。
「他の奴に、チカの裸見せたくない」
そう言って湯船から引きあげる。その言葉を聞いた新條は、首元まで赤くしながら「うん」と呟いて素直に笹井に従った。
脱衣所にいた観光客と入れ違うようにして身体を拭いて着替えた。そのまま風呂場を出ると、夕食まではまだ一時間ほどあった。
中途半端な時間なので、とりあえず部屋に戻ることにした。
自動販売機で飲み物を買う。こんな温泉地の旅館にしては、値段も普通で良心的だった。あまり見たことのない、ラムネ味の飲み物があって二人ともそれを買った。
部屋に戻ってエアコンをつけ、座ってからラムネ飲料を飲んだ。舌の上をぱちぱちと甘く炭酸が転がっていく。温泉で火照った身体に、その刺激が心地よかった。
新條はぼんやりとしながら、機械的にラムネ飲料を時々傾けていた。浴衣姿の胸元はまだほんのりと赤らんでいて艶めかしかった。
それを見た笹井の息子が、また硬さを取り戻し始める。さすがにもうすぐ夕食の時間だというのに今盛るわけにはいかない。笹井は目をつぶってラムネ飲料をぐっと飲み込み、脳内ヒーリング音楽を再生させて心を落ち着けた。
ゆっくりと目を開けると、思いのほか近い距離に新條の顔があって驚いた。
「うわ」
「シュウ」
新條が口を開いた。瞳が濡れたように輝いてこちらを見ている。笹井は思わずごくりと生唾を飲み込んだ。
「‥‥抜いてやろうか?」
「は?」
「勃ってんだろ、ココ」
新條はそう言って笹井の浴衣の合わせから手を突っ込んで下着越しに少し硬さを残す息子に触れた。新條の手の感触でその硬さがぐんと増した。
「やっぱり」
「チ、チカ、いいよそんな」
「風呂場でも勃ってただろ?いいから」
新條はそう言うと、そのまま頭を下げて笹井の股間に近づけた。下着がずらされて笹井の怒張が外気に晒される。その時には完全に勃起していた。
「‥ふ」
新條は小さな口を開けて笹井のそれに舌を這わせた。鋭い快感が股間から脳髄に走り抜ける。
「う、ああっ、チカっ」
「‥んむ、」
新條は優しく笹井の怒張の根元をさすりながらべろりと舐めあげた。そしてちゅくちゅくと音を立てながら舐めしゃぶっていく。亀頭の先を軽く口の中に含み、柔らかいところを吸うようにして愛撫されると、たまらない快感が全身を襲う。思わず新條の頭を押さえる手に力が入る。
「チ、カ、」
新條は小さな口を精一杯開けて笹井自身を咥えこみ、頭を上下させて唇で扱くようにする。腰の奥からぐわっと快楽がせり上がってきて、弾けそうになる。
「あ、でる、からっ」
新條の頭を押しのけようとする笹井の腕に逆らうようにして、新條は笹井の陰茎を口から離さず、ずろおっと吸い上げた。
「んん!」
弾けてびゅるびゅると飛び出した精液を、少しむせながらごくりと飲み下した新條を笹井は茫然として見つめた。
「ん、やっぱ不味いな」
そう言って手の甲で唇を拭った新條に、はっとして笹井は新條にラムネ飲料のペットボトルを差し出した。
「なっ、なんで飲むんだよ!不味いに決まってるだろ、ほらこれ、あ、いや、うがい!うがいしてこい!」
あわあわしながらそういう笹井を見て、新條はにっと笑った。
「‥ヨかった?」
その顔を見て思わず先ほどの扇情的な新條の様子を思い出し、笹井は顔を赤くしながら頷いた。新條はほっとしたような顔をして言った。
「そっかあ、勉強した甲斐があったわ」
‥‥勉強?
何を?
胸にずくりと刺さった何かを確かめるために新條に問い質そうとした時、新條が時計を見て慌てた様子で言った。
「やば、シュウ飯の時間!食堂に行かないと」
そう言ってすぐに立ち上がり、洗面所に向かっていった。べとべとになった手を洗いに行ったのだろう。笹井は、喉にひっかかった疑問を飲み込みながら仕方なく浴衣を整え、立ち上がった。
食事は、やはり温泉を使った蒸し料理が出た。かぶっちゃったな、と顔を見合わせ笑いながら食べ進めていけば他にも小さなステーキや副菜も出てきたので、食べ終わってみれば結構満足できる内容だった。
アイスが食べたいな、と旅館の小さな売店を覗いてみる。特産品らしき柑橘系を使ったシャーベットが売られていて、やや割高だったが旅行だし、ということで購入してから部屋に戻った。
二人で黙々とシャーベットを食べる。爽やかな柑橘の香りが舌先をすっきりさせてくれるようだった。小さな木の匙でシャーベットを口に運ぶ新條の口元を見ると、先ほどの口淫が思い出され笹井は思わず目を逸らした。
そして、さっきは飲み込んだ疑問がまた浮かび上がってくる。笹井は、迷った挙句に切り出した。
「チカ、さっきの」
「ん?」
木の匙を口に咥えたまま、新條が笹井を見た。
「勉強した、甲斐があった、って」
「ああ」
「‥どういうこと‥?勉強って」
新條は大きくシャーベットを掬って口の中に入れるとそれを味わってから飲み下し、笹井の方を見た。
「やっぱシュウに気持ちよくなってほしいからさ。‥でも俺はあんま経験値も知識もないから」
「‥‥ないから?」
「フェラ動画とか色々見て勉強したんだよ」
なるほど、と思いながらも笹井はこの一言をどうしても付け加えずにはいられなかった。
「‥まさか、他のやつ、で、練習、とか」
その言葉を聞いた瞬間、新條の顔色がさっと変わった。その顔から表情が消える。すっと新條の身体が笹井から距離を取った。
その新條の動きを見て、笹井は自分の失言に気づいた。だが、さっきの言葉を取り消すことはできないし仮に言わなかったとしても、その疑念はどうしても笹井の心の中に沈殿するだろう。
だから言ったことには後悔していなかったが、言い方はもっと違うものにできたはずだった。それを謝ろうと思って新條に向かって声をかけようとした。
「チカ、ごめ」
「シュウは、俺が他のやつのちんこ咥えるようなやつだと思ってんのか」
いつもなら、軽く、少し高い新條の声が、別人のもののように聞こえる。笹井はその声を聞きぞくっとすると同時に、焦った。
「思ってない、ないけど、あんましチカが、あの」
上手かったから、と言おうとした言葉は新條の鋭い言葉で遮られる。
「シュウは‥俺のことそういうふうに思うんだな」
「違う、チカごめん、そんなこと思ってない、ただ」
「ただ、何だよ」
チカの目は、いつかのからんできた男たちに対峙したときのように底光りしている。獣のような鋭い目だ。笹井はごく、と息を呑んで答えた。
「あんまり‥気持ち、よかったから、あの、実践、したのかって‥」
笹井のその回答を聞いた新條は一度目を瞑ってからもう一度ぎろりと笹井を睨んで、立てた膝の上に頭を落とした。
「チカ‥」
「‥‥俺なんて、それくらいしかねえじゃん」
新條のくぐもった声が聞こえた。笹井は思わず「え?」と訊き返した。新條は膝から顔を上げないまま、話し続けた。
「俺なんか、オタクの陰キャで何の取柄もねえし顔がいいわけでもねえし。‥シュウみたいなやつに好かれる、理由ない」
「そんなことない!チカ」
「あるよ!」
新條はばっと顔を上げた。その黒い瞳はうっすらと涙を滲ませていた。その顔を見て笹井は胸を衝かれたような気持ちになった。新條はなおも続けた。
「俺とシュウが、つるんでたら‥謎だって、変だよねってクラスのやつも言ってた!俺だってそう思うよ、なんでシュウが俺なんか好きなのかって、そんなわけないって」
怒りなのか悲しみなのか、触れる感情に紅潮した頬に涙が滴り落ちる。なおも新條は続けた。
「何にも持ってない、俺がシュウにあげられるのなんて、身体しかねえよ!‥だから、ちょっとでも気持ちよくなってもらえればって、俺は、」
新條が俯いて、ぐいと浴衣の袖で顔を乱暴に拭った。
「‥‥そもそも、俺がシュウを好きだってことも、信じてもらってなかったんだな」
新條はそう呟いてゆっくり立ち上がった。つられて思わず笹井も立ち上がる。新條はそのまま笹井に背を向けると、荷物を置いていたところに行って浴衣を脱ぎ始めた。驚いた笹井は、そのままじっと新條を見つめる。手早く浴衣を脱いで自分の服に着替えた新條は、荷物の入ったバッグを肩にかけ、財布を取り出して何枚かの札を抜いて低い机の上に置いた。
「足らなかったらまた教えて」
短くそう告げると、そのまま部屋を出ていこうとする。出入り口の襖を開けた新條に、それまで茫然としていた笹井がはっとしてすぐさま駆け寄り、その腕を掴んだ。
「どういうつもりだよ、チカ」
「帰る、一緒にいる意味・・ねえみてえだし」
「そんなことない!‥とにかく、話をしたいから座ってくれよ、頼むから!」
新條は自分の腕を掴んだ笹井の顔をじっと見た。笹井は必死に新條の腕を掴んだ手に力を込める。
「‥いてえから離せ」
「ごめん」
すぐに手を離した笹井は、一度新條を見つめてその身体にしがみついてきた。両腕で思いきり抱き締められる、その力が愛おしいのに新條はそこに身を預けられない。ぐい、と腕を突っ張って笹井から身体をもぎ離す。
「やめろ」
「チカ」
それでも笹井は、新條の手を取って握りしめた。新條は、その掌を振り払うことはできなかった。新條より一回り大きな笹井の掌がすっぽりと自分のそれを包み込んでいる。そこから伝わってくる笹井の熱が嬉しくて、そして悲しかった。
笹井には、自分の気持ちは伝わらない。
新條はそう思うとまた瞼の裏に何かが滲みそうになるのがわかった。奥歯を噛みしめてそれが外に出るのを抑える。
付き合ったのは、間違いだったのだ。
とりあえずセックスしてみよう、などと言ったあの時の自分をボコボコに殴りたい。あの頃の自分は、恋というものの威力をわかっていなかった。
こんなにも、心が締め付けられるものだとは知らなかった。
こんなにも、色々な事に自信がなくなって拠りどころがわからなくなるとは思わなかった。
目の前の男に、拒否されるのが、否定されるような言葉を言われるのが、顔面に打撃を受けるよりもおそろしくなってしまうなんて、思いもよらなかった。
こんな感情を知らなければ苦しまずに済んだのに、と新條は思った。
だが、すぐにその思いは消えた。
だって、幸せだった。
笹井の腕に抱かれて快楽を与えられている時も、お互いの唇を触れ合わせ舌を絡め会っている時も、ただお互いの身体を確かめ合うように抱き合っている時でさえも。
今までに味わったことのない、幸福感に包まれていた。
日々が、輝いていた。
今、胸が苦しくても張り裂けるように辛くても。
あの時の幸福には代えられない。あの時の幸福感を、忘れたくない。
だから‥‥恋をして、恋を知ってよかったんだ。
新條はそう考えて、きゅっと唇を噛みしめた。
「チカ、聞いてくれ」
笹井は新條の手をぎゅっと握りしめながら新條の顔を覗き込む。切れ長の目が、新條の目をまっすぐに射抜く。
「俺はチカが好きだ。愛してるよ、すごく」
「‥なん、で」
「聞いてくれ」
笹井はしっかりとした声で言った。
「チカが好きだ。ずっと目が離せなかった。見ているだけで楽しかったけど、好きだと思ってからは触れたかったしエロいことしたかった」
元々笹井は饒舌な方ではない。訥々と話す笹井の言葉を、新條は身体を固くしながら聞いていた。
「チカとセックスして、つき合うってなって。幸せ過ぎて死ぬかと思った」
「‥そんなこと」
「俺はそう思ったんだよ、チカ」
新條は、その笹井の言葉を聞いて強張っていた身体から緊張が抜けていくのがわかった。
「でも、チカは時々なんか寂しそうな顔してるときあるし、俺がエロいことばっか考えてるのがバレててチカに嫌がられてるのかもとか思ってた」
新條は笹井の顔を正面から見つめた。真面目な顔はそのままに、瞳の奥には熱がある。
新條はぽろりと呟いた。
「そんな、こと、思ってなかった」
「チカ、俺は」
「俺なんて、‥セックスくらいしかシュウにやれるもんないから、せめてそれくらいはって思って」
笹井は握っていた手をぐっと引いて新條の身体を自分の腕の中に囲い込んだ。そして優しく抱きしめた。
「チカ、チカの身体は最高だけど、俺が好きなのはチカの身体だけじゃなくてチカの全部だ、だから、みっともない嫉妬までした」
「‥シュウ、」
「ごめん、チカ。チカが他のやつに身体を許すことなんてないって、ちょっと考えればわかることなのにな」
「シュウ、俺のことで‥嫉妬したのか?」
笹井は腕の中の新條の顔を覗き込んで言った。
「するよ!ずっとしてる!クラスのやつにだって本当はチカを見せたくない、ずっと俺の腕の中におさまってればいいのにって思ってる。体育の時俺は絶対チカの横から離れてないの気づいてなかったのか?」
新條は全く気づいていなかった。言われてみれば着替える時、笹井の方が壁側の席なのに必ず自分に壁側に移動するように言ってきていた。ひょっとしたら、
「え、まさかと思うけど‥俺の裸が見えないようにしてた?」
笹井は新條の顔を見つめたまま頷いた。初めて知った事実に、顔が赤らむのを感じる。笹井はなおも続けた。
「チカが何かに一生懸命になって目をきらきらさせてるのが好きだ。考え込んでるときの顔も好きだ。勉強してる時の真剣な顔も、好きなアニメの話してる時の笑顔も」
「シュウ、もういい」
「毒舌なところも、こっそり困ったやつの手伝いしてるところも、落ちてるゴミ拾ってるところも、自分の考えをしっかり持ってるところも全部好きだ」
新條はもう顔を上げていられなくなり、笹井の腕の中で身をよじってうつむいた。
「もういいって」
「セックスしてる時の最高に色っぽいチカも、いつもいつも俺の理性を試してくるようにエロいチカも、全部好きだ」
笹井は一気にそう言って、うつむいたままの新條をまたぎゅうっと抱きしめた。
「俺の方こそ、チカに見合わないって思うことある」
「そんなことない!」
「ある。頭も悪いし別に運動もできねえし、気も利かないしエロいことばっか考えちまうし」
「シュウ」
新條がおずおずと腕を笹井の身体に回してきゅっと力を入れた。新條から伝わってくるその力に、笹井は心がほどけていくのを感じた。
「だから、嫉妬しちゃって、変なこと言ってチカを傷つけて、ごめん」
「シュウ、もういい」
新條はそう言って顔を上げた。そして両手で笹井の顔を挟んで、にっと笑った。そのまま顔を寄せるようにしてちゅっと口づける。笹井は離れようとした新條の顔をぐっと引き込んでその唇を貪った。舌を挿し込んで並びのいい歯を辿り、上顎を舌先でするっと撫でる。ふは、と新條の口から甘い吐息が洩れた。笹井はそのまま新條の鼻先にもちゅっと口づけた。新條はふふっと笑った。
「ありがと、シュウ」
そう言って笹井の胸に顔をすりつける。
「いっぱい、好きって言ってくれて‥すげえ嬉しい」
新條の腕がぎゅうっと笹井を抱きしめる。笹井もぎゅっと抱きしめ返した。
「でも、俺はシュウのどこが好きとかわからない」
え、と思った笹井は思わず腕の力を抜いて胸にある新條の頭を見た。新條はそっと顔を上げて悪戯っぽく笑った。
「シュウの事、愛してるけどどこがいいとかわかんねえ。とにかくシュウが好きで、ずっと傍にいたくて、‥ずっと抱き合っていたいしいっぱいセックスしたい。俺はそれしかわかんねえけど、それでもいい?俺だけ‥‥好きでいてくれるか?」
笹井は新條の薄い唇に噛みつくようにしてむしゃぶりついた。唇を何度も挟み込むようにしてちゅ、ちゅと音を立てて吸い、その中に舌を入れて新條の小さな舌に絡みつけ唾液を啜る。新條もそれに応えて笹井の頭に腕を回し、自分に引きつけるようにして唇と舌を吸い合った。
お互いにふうふうと荒い息を吐きながら、何とか顔を離して見つめ合い、ふふっと笑い合う。
「シュウ、セックスしようぜ」
新條はそう言って、既に敷いてある布団の方を顎でくいっと指した。
「ああ、あんっ、ん、あふうぅ、」
「‥キツイ?チカ、大丈夫か?」
「‥‥莫迦、シュ、ウ、ああ、もっと擦って‥ああ、いいっ」
「チカ、チカ、おれも、いい、よっ」
ばちゅばちゅと何度も肉の当たる音がする。湿った淫らな音が二人の脳髄を溶かすようだった。猛った笹井の陰茎は何度も何度も新條の奥の快楽を突いて、新條をひどく悦がらせた。新條は身体を突っ張らせながらも、足先を空にだらんと投げ出し、笹井の律動に動かされるままにしていた。硬く熱い笹井の怒張は萎えることなく、何度も何度も新條のいいところを擦り上げ、快楽の更にその上へと押し上げていく。新條はずっと口を開けたまま、「ああ、あ、あ、いい、いいっ」と法悦の極みに喘ぐばかりで、どんどん咥内が乾いていくのを感じた。
二人の間で、柔く勃起した新條の陰茎がゆらゆらと揺れながら、白い雫を零し続けている。
きもちい、きもちいい、ああ、下半身が溶けていくようだ。
「シュウぅ、あああ、ずっとぉ、イッてる、イッてるから、ああ、あ、いいよぉぉ」
「っ、チカ、俺も、はあ、いい、あッ、締まって、う、」
どく、どくと薄いゴムを通してさえも笹井の欲望が自分の中に吐き出されたのを感じる。これを直接感じられたらもっときもちいいのではないか、とぼんやり新條は考えた。
ずるり、と笹井が少し萎えた陰茎を新條のナカから引きずり出す。その刺激でさえも快楽を呼び起こす。びくっと跳ねた新條の首筋に、笹井はちゅっと音を立てて吸い付いた。それから素早くゴムの始末をして新しいものを装着した。
「チカ‥まだ、いい?」
とろ、と蕩けた目で笹井の顔を見上げた新條は、へら、と笑った。頬は紅潮して唇も赤くなり、少し腫れているように見えて淫靡だった。
「‥もっと、おれのナカ、掻き回して擦って‥?」
そう言って妖艶に笑う新條を見た笹井は、ものも言わずに猛り狂った欲棒をずぶりと新條の蕾に突き刺した。
「ひああああ、あっ」
新條はびくびくっと身体をのけ反らせて身体を突っ張らせた。そのままびくびくと身体を震わせている。それに合わせて新條のナカはひくひくとうねって笹井の陰茎を擦り上げる。
「う、お、チカ、すげ、え、ああ」
「あ、あ、あ、いい、いいぃ」
新條は目を半開きにして小さな舌を口の中でぴくぴくさせている。無意識だろうか、腰もへこへこと小さく動かされている。きゅうきゅうと陰茎を絞り上げるその肉璧の動きに、たまらず笹井は激しく腰を打ちつけ始めた。ばちゅっばちゅっと淫靡な音が響き渡る。
ゆらゆらゆれる新條の陰茎をぎゅっと握りこんで、親指ですべらかな亀頭をぐりっと擦り上げた。
「ああ、いいっ、いいよぉ、しゅうぅっ、ああ、んっ、もっとぉ」
「いっぱ、い、して、やるっ」
笹井はもう片方の手で新條の足首を掴み、ぐっと腰を前に押しつけ結合を深くした。ごぷ、と新條の奥の壁が音を立てた。さわさわと肉襞が笹井の亀頭を舐めしゃぶるように刺激してきてたまらなくイイ。その快楽に突き動かされ、細く引き締まった腰を掴んで笹井は腰を振りたくった。
「チカ、チカ好きだ、好き、好きだよッ」
「ああ、あ、しゅう、おれ、も、ああ、すき、すきぃ、」
甘い新條の声は、いつもとは違う調子で笹井の耳に入り込み、脳を莫迦にする。笹井は新條のナカに陰茎をぐっと挿し入れたまま身体を前に倒して、新條の腕を掬い取り自分の方へ引っ張った。引き締まった腹筋が少し曲がって笹井の方に新條の快楽に蕩けた顔が近づく。笹井はそのまま新條の唇に吸い付いた。
「ん、んむ、」
口のナカをぞろぞろと舌先でなぞりながら腰は止めずに律動を繰り返す。柔らかい腸壁が笹井の陰茎に絡みついてきて快楽を引き出している。ぐちゅっぐちゅっと淫らな音を立てながら、結合部からはローションが少し泡立って垂れてきている。
「んんっ、んっ」
新條は笹井の舌に自分のそれを絡めとられながらも何か呻いている。小さな舌は熱く存在を主張しながら笹井の舌に懸命に吸い付いてきた。
かわいい、かわいい。好きだ。
気持ちが溢れる。自分のこの腕の中におさまって、細く引き締まった身体を揺さぶられている新條がたまらなく愛おしい。快楽に身を悶えさせているその姿をずっと見ていたい。ずっと|悦《よ》がらせていたい。
そう思いながら唇を貪る。咥内全てに舌を這い回らせる。特に新條が感じる上顎と下の歯の内側は丁寧に舌先で撫でてやる。
新條は、「んっ、んんっ、」と喘ぎながらも自分の腕を笹井の首に回し、笹井の唇に縋りつく。
触れあっているところから溶けて一つになれたらいいのに。
そう思いながら、腰を動かして激しく新條を揺さぶった。
どくん、とまた新條のナカで笹井の熱が弾けた。ゆるゆるとまだ余韻を楽しむように、笹井は緩やかに腰を振った。身体の中でくすぶる快楽の種火をつつかれて、新條は腰を浮かせる。
笹井から与えられるすべてがきもちよくて、どうにかなってしまいそうだ。笹井にせめて肉体での快楽を与えたい、と思っていたのに、これでは自分が気持ちいいばかりのような気さえする。
そんなことを考えながら新條は薄く目と口を開けて、はあはあと荒く短い息を吐いている。唾液に彩られた唇の端が濡れていて、艶めかしかった。
ずるり、と陰茎を抜いてゴムを外す。引くほど精液がたっぷり入っているそれに驚きつつ始末をして、ごみ箱に捨てるとまだ荒い呼吸の新條の隣に横たわり、後ろからその裸身を抱きしめた。
「ひあああ!」
まだ深い快楽の波に揺られていた新條は、そうして抱きしめられただけでびくんびくんと身体を震わせた。
「あ、あ、シュウ‥きもちい、から、だめ‥」
ぎゅっと抱きしめたままにしていると少しは収まったのか、からだの震えが小さくなった新條の首筋に笹井はちゅっと唇を押し当てた。
「ああ!」
またびくっと身体を跳ねさせる新條が愛おしい。‥‥そして愚息は今日はやる気だ、またもや元気に立ち上がってきた。
立ち上がった陰茎をごりりと新條の引き締まった尻に押しつける。すべすべした尻は汗がにじんでしっとりとしていた。その質感さえ気持ちよくて愛おしい。
だが、新條は少しかすれた声で言った。
「シュウ‥‥マジで、もう、無理‥」
「そっか」
「ごめん、な」
「大丈夫、好きだよチカ」
くったりしている新條の首や肩口にちゅ、ちゅと口づけを繰り返す。左手で新條の腹筋を撫で、右手の指先で新條の乳首をそっと引っ掻いた。
「んんんっ!シュウ!」
身をよじってこちらを向き、小さな目を見開いて怒ったような顔を見せる新條が愛しくて、笹井はまた新條に深いキスをした。
その後は疲れ切った新條の身体を笹井が丁寧にタオルで拭ってやって眠りについた。というか新條はほぼ気絶していた。笹井は元気いっぱいの息子を、新條を抱きしめながら一回慰めて寝た。
そして朝方、六時ごろに目が覚めてしまった笹井はすぴすぴ寝ている新條にむらっとしてそのまま新條の陰茎を咥えてイカせてしまった。陰茎への刺激で目覚めた新條は一瞬獣のような険しい目をしたが、笹井の欲情にかられた顔を見ると、ふにゃりと笑って「‥いいよ、シュウ‥挿れて」と囁いてくれた。
昨夜、あれほど貪っただけあって新條の後ろはまだ柔らかかった。ローションをつぎ足しながらそれでも優しくほぐしていく。ナカの柔らかい襞が指に絡みついてくる。その中で新條のイイところを探る。
少し膨らんでいるそこをゆびでぐっと押し込むと、新條の腰が跳ねた。
「ああっ!」
「チカ‥ここ、好き?もっと‥してもいい?」
笹井はそう囁いて後ろから新條の身体を左腕で抱き込んだ。滑らかな肌はいつまでも触れていたい触り心地だ。首筋に鼻先を埋めて新條の匂いを吸いこむ。汗と、新條の甘い香りがする。それから唇でゆっくり首から肩へたどっていく。
唇を肌に這わせながらも、新條のイイところへの刺激は続けている。押すようにしながらぐりりと擦り上げると新條が白い首を反らして喘いだ。
「ああ、あ、あ、シュウだめ、そこばっか、ああ」
「チカ、好き」
「しゅう、しゅう、おれも、すき」
びくんびくんと身体を震わせているのがかわいい。快楽を追って唇が開いているのもいやらしくてかわいい。
首を少しこちらに向けさせてちゅっとキスをした。それから身体を離してゴムをつける。すぐに新條の傍に行ってもう一度キスをする。
新條は、ふあ、と変な息を洩らして笑った。
「シュウのキス‥きもちいい、な」
「‥っ、チカ!」
たまらず笹井はぐるりと新條の身体を仰向けにして腰を膝上に抱え上げ、剥き出しになった新條の後孔にずぶりと陰茎を挿し入れた。
「ああ!」
いきなりの挿入に、また新條は嬌声をあげる。新條のナカは笹井の陰茎をきゅうきゅうと絞めつけながら肉璧をうねらせてくる。すぐにも達しそうになるのをこらえて、笹井は新條の身体を抱きしめた。
「チカ、今のはチカが悪い、」
「あっ、だっ、て、ああ、」
「チカのナカもすっげえきもちいい」
笹井はそう言って新條を抱きしめたままゆっくりグラインドを始める。笹井の陰茎が新條のいいところを擦り上げながら奥を突く。
膨らんだ前立腺を擦られるのも奥をがつがつ突かれるのも、笹井の陰茎が腸壁を何度も擦っていくのも何もかもがきもちよかった。
新條は呼吸も忘れそうなほどに喘いだ。
「あ、あ、きもち、い、いい、ああ、くる、くるから、きちゃうぅ」
「チカ、チカ」
少しずつグラインドを激しくしながら、目の前にある新條の乳首をちゅっと吸った。赤く腫れたそれはそんな軽い刺激にも快感を拾う。乳首と後孔と、二か所からの刺激に新條は身体の中からこみあげる快感に溺れた。
気持ちよすぎて、もう滅茶苦茶にしてほしかった。
「いいぃ、シュウ、きもちいいからぁ、ああ、いっぱい、ほしぃ、」
自分の口から洩れる淫らな強請る言葉に、頭の奥の方にいる自分が驚いている。でも、強請る声が止められない。自然と腰を笹井にすり寄せ、胸を突き出すようにしてしまう。
「俺も、いいよ、チカ」
そう言って笹井は、目の前に突き出された新條の乳首に吸い付いて舌先でれるれると細かく乳頭をつついた。
「ああっ、あん、~~っ、」
びくびくと全身を痙攣させながら快楽に沈むその姿を見ているだけで射精しそうだ。かりっと乳首に歯を立てながら、がつがつと奥を穿った。
「ひ、ひんっ、あ、あ、あ、イク、いくぅぅ」
がくんがくんと激しい振動が新條の身体を駆け抜けて、全身が快楽の波に浸される。同じタイミングで笹井もびゅくびゅくと新條のナカに吐精した。たまらない解放感と快感に包まれた笹井は新條の身体の上にぴったりと身体をのせた。
お互い息も荒く、からだはじっとりと汗ばんでいる。笹井は、最後にじゅっと乳首を吸ってから新條を抱きしめた。
息が少しずつ整ってきたころに、新條が腕の中で言った。
「‥‥‥シュウって‥絶倫‥?」
笹井は少し考えてから返した。
「わかんねええけど、まだヤれるとは思う」
新條がそっと笹井の腕の中から抜け出そうとするので、ぎゅっと抱きしめる。
「いや、さすがに、もう無理、帰れなくなるから」
「チカ、忘れてない?」
珍しく笹井が、意地悪そうな顔を作って新條の顔を覗き込んだ。
「え?」
「今日、ラブホ予約してるよ?」
「‥‥」
そうだった。せめて身体だけでもいいと思ってもらおうと、二泊目はラブホにしたんだった。
新條はもぞりと腰を動かしてみた。
痛い。いわゆる「鈍痛」がある。
「シュウ、俺今日は無理かも‥」
眉を下げてそう呟いた新條の顔に、笹井はぶはっと吹き出した。
「くくっ、わかってる、っ、だいじょぶ、広い部屋でゆっくりしよう?」
笹井はそう言ってまた新條の頬に頬をすりつけてぎゅうぎゅうとその身体を抱きしめた。
どうしても朝風呂に入りたい、と主張する新條に笹井は根負けして大浴場に二人で向かった。さすがに朝風呂目当ての客はそこそこ多くて、他に四、五人ほどの客が入っていた。笹井はかなり不審な動きをしながら、できうる限り他の客の目に新條が入らないようにガードしていた。
ようやく湯船に浸かった時、ぼそりと「‥‥死ぬほどキスマークつければよかったのか‥」と呟いた笹井に、新條はややぞっとした顔を見せていた。
朝食を食べ、荷物の整理をしてチェックアウトする。天気のいい川沿いを歩いて温泉まんじゅうを食べた。時々、腰をかばう動きをする新條に、笹井は「ごめん」と言いながら腕を貸した。
そんなにたくさん話さなくても、ただ二人で同じ空間にいることが楽しい。
バスを待って乗り込み、駅に向かう。バスの中で座ったまま手を繋ぐ。少し汗ばんだお互いの手は、触れているだけで幸せを感じた。
電車を待っている間、新條が言った。
「シュウ、将来ってどんな風になりたいとか考えてるか?」
あまり何も考えていなかった笹井は口ごもった。
「いやあ‥あんま、考えてないな」
新條は眼鏡の奥からきらきらした目で笹井を見上げた。
「俺は、将来もシュウと一緒にいたい」
笹井は思わず息を呑んで新條の目を見つめた。真剣な顔だ。
自分とのことを、そこまで考えてくれているのだ。
腹の奥底からじわじわと嬉しさがこみあげてくる。自然と口元が緩むのを感じた。
「‥やば」
「シュウ?」
「嬉しい、マジで」
新條は、笹井の顔を覗き込んでにっと笑った。
「よかった」
笹井は新條の頭を撫でた。
「ありがと、チカ」
「それで、同性って日本じゃ結婚できねえじゃん」
「‥おう」
まさか「結婚」のキーワードが出てくると思っていなかった笹井は少し驚きながらその言葉を聞いた。
「だから、どこかのタイミングで同性婚が合法の国に行きたい。一回でもいいからちゃんとシュウと結婚した事実が欲しい」
「‥チカ」
ホームにはほかの観光客もたくさんいた。だが、笹井は新條を抱きしめた。そうせずにはいられなかった。
「嬉しい、チカ。俺もそうしたい。そうするためにどんな進路を取ればいいか考えるよ」
「ん。まだ二年だし、時間はあるから色々考えようぜ。‥だからシュウ。旅行が終わったらお前は俺が補習してやる。もう少し順位上げろ」
「う‥‥わかった」
抱きしめられながら新條は笹井の胸に頭を預けた。
「俺たちの将来のためだから、な?」
「‥‥がんばる」
その後のラブホ宿泊の夜には、一回だけセックスした。新條は、こんなにいつも自分ばかりきもちよくていいのか、できたら自分も挿入してやるから笹井も後ろの気持ちよさを知った方がいいんじゃないかと提案してくれたが、笹井は丁重にお断りをした。
もう、自分が新條に挿れて喘がせることの喜びを知ってしまったらそれを譲ることはできなかった。
ゆびくらい挿れてみるかと迫る新條を躱すのに、笹井は苦労した。
夏休みが明けて、学校で会った音原に旅行の土産を渡すと音原は笹井の方を見てにやにや笑いながら「へええ、旅行行ったんだああ、よかったねええ」と棒読みの言葉をかけてきた。色々と音原には迷惑もかけた気がするので、そのうち何か奢るべきかもしれない。
二学期になって、新條はスパルタで笹井に勉強を教え始めた。そのうち、できたらセックスするというご褒美方式になって、随分と笹井のやる気は促進されていった。
何気ないときにでも、お互いの気持ちを確認し合う。好きだと伝え、不安になったらちゃんと相手に伝えるようになった。そうすることで、不安を一人で抱えることは無くなっていった。
笹井には来年、妹か弟ができるらしい。どう接したらいいか今から悩むわ、と言った笹井に、新條はバンバン背中を叩きながら、かわいがってりゃいいんだよ、と言ってくれた。
同性に恋に落ちて、どうなるかと思ったが幸せだな、と笹井は思っている。好きな相手が自分を好きになってくれることは奇跡だ。それをもたらしてくれた新條には感謝しかない。
世の中のマジョリティではないから、これから先苦労することも出てくるだろうけど、きっと新條と一緒なら何とかなる、と思っている。
いや、多分男前の新條が何とかしそうだ。
横を歩く新條の頭を見ながら笹井はそう思った。
新條が視線を感じたのか、ん?と言った感じで顔を見上げてくる。
「好きだよ、チカ」
新條はにっと笑った。
「俺も」
バカップルって幸せだ。
笹井はそう思って新條の手をぎゅっと握りしめた。
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